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Jonson, "Echo's Song"

ベン・ジョンソン(1572-1637)
「こだま」の歌

透明な泉……ゆっくり……ゆっくり……わたしの塩の涙と同じ速さで。
もっとゆっくり、お願い、弱く、優しい、泉のような涙、
静かな、沈んだ曲にあわせて。
〈悲しみ〉も泣きながら歌を重ねてくれるから。
うなだれて、草花。
降ってきて、嘆きの雨。
美しいものはみな消えていく。
ああ、わたし、
(岩の丘で溶ける雪のように)
ぽとり……ぽとり……ぽとり……と、滴って消えたい。
この世で一番きれいな人は、今はもう、枯れた水仙。

*****
(20110521)

ゆっくり……ゆっくり……澄んだ泉よ、
塩辛いわたしの涙とリズムをあわせて。
もっとゆっくり、お願い、
弱々しく、穏やかな泉のように流れる涙よ。
この曲の静かな、沈んだ旋律をよく聴いて。
「悲痛」も泣きながらメロディを重ねるから。

草花よ、うなだれて。
悲しみよ、雨になって降ってきて。
美しいものはみな消えてしまう。

ああ、わたしも、
(けわしい岩の丘で溶ける雪のように)
ポト……ポト……ポト……ポト……と滴って消えてしまいたい。
この世で一番美しかった人が、枯れた水仙になってしまったのだから。

*****
Ben Jonson
"Echo's Song" (from Cynthia's Revels)

Slow, slow, fresh fount, keep time with my salt tears;
Yet slower, yet, O faintly gentle springs:
List to the heavy part the music bears,
Woe weeps out her division, when she sings.
Droop herbs and flowers;
Fall grief in showers;
Our beauties are not ours:
O, I could still
(Like melting snow upon some craggy hill,)
Drop, drop, drop, drop,
Since nature's pride is, now, a wither'd daffodil.

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英文テクストは、Ben Jonson, Cynthias Revels:
Or, The Fountayne of Selfe-Loue
, in
The Workes of Benjamin Jonson (London, 1616) を
ベースに編集。
- スペリングは現代のものに修正。
- コンマ、コロンなどのパンクチュエーションは原文通り。
- 5-7行目の歌を示す二重引用符は削除(ミスプリントと思われる。)
- 行頭のスペースは削除。

これが1616年版の原文。


******
まず、オウィディウスの『変身物語』第3巻から
「こだま」の話を。

もともと「こだま」はニンフのひとりでとてもおしゃべり。
ユピテル(ローマの最高神)とニンフたちの浮気の現場を
彼の妻ユノーがおさえそうなとき、いつも「こだま」はくだらない
おしゃべりで彼女を引きとめてニンフたちに逃げる時間を与えていた。
しかし、このようなトリックもやがてユノーにばれてしまう。
怒った彼女により、「こだま」の話す能力は奪われる。
そして「こだま」は自分から話せないように、他の人の話の
最後の言葉をくり返すいわゆる「こだま」に、なってしまう。

そんな「こだま」はナルキッソスに恋するが相手にされず、
やつれていき、やがて骨と声だけになり、そしてその骨も
石にかわって最終的には声だけの存在になる。

他方、ナルキッソスは泉の水に映る自分の姿を愛し
(ナルシズムの語源)、それに恋い焦がれるあまり
やつれて死んでしまう。そのあとには一輪の水仙が咲いていて……。
この一部始終をを見ていた「こだま」はさらに嘆き悲しむ。

Ovid, Metamorphoses (Penguin Classics, 1955)
Ovid, Metamorphoses, Books I-VIII (LCL 42, 1916)
オウィディウス 『変身物語(上/下)』 中村善也訳 (岩波書店、1981年)

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図版を数点。

ニコラ・プーサン(プッサン、プサン)(1594-1665, フランス)
『エコーとナルキッソス』(1628-30)

http://www.nicolaspoussin.org/Echo-and-Narcissus-1628-30-large.html
岩になった「こだま」の描き方に工夫が。

水仙

http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Narcissus_asturiensis.jpg
By flickr-user Juan_Sanchez (Juan José Sánchez)

*****
以下、解釈例。

1行目 fresh
淡水の。fresh fount と salt tears が対になっている。

1行目 fount
ナルキッソスが自分を見つめて死んだ泉。

2行目 faintly (adj)
弱々しい--流れる涙が、それから1-4行目の音楽の比喩に
そって、涙の奏でる音楽が。

2行目 springs
複数形なので、1行目の塩からい涙があふれる泉としての
「わたし」(「こだま」)の両目。(神話ではこのときすでに
「こだま」にはからだがないはず、などと興ざめなことは考えない。)

3行目 heavy
遅い、生き生きしていない / 重苦しい、耐えがたい。
OED, "heavy" a.1, 19, 20)。

3行目 the music
この詩はCynthia's Revelsという劇中で実際に
歌われたものなので、その曲そのもの、またはそのときの
伴奏のこと。(このような背景を無視して、「こだま」の
悲しい気持ちが音楽にたとえられている、と考えてもいい。)

1-3行目
「こだま」は、まず泉に対して、自分の涙とリズムをあわせて、といい、
次に自分の涙(目)に対して、劇中の曲(とそれがあらわす心の
悲しみ)にあわせて、といっている。悲しみと涙と泉の三重奏。

4行目 Woe
女性として擬人化された「悲痛」。

4行目 division
早くて華やかでメロディアスな音楽の一節。
特に、主旋律やシンプルな歌にかぶせられる装飾的な
ものとして(OED 7)。

つまり、静かで遅く沈んだ主旋律に対して、「悲痛」が、悲しくも
装飾的な(おそらく短音階の)副旋律を重ねる、フィルインを入れる、
ということ。たとえば、悲しい気持ちでいるときに、時折特に
強い悲しみがこみあげてきて涙があふれる、ということのたとえ。

5-7, 10行目(+ 8, 11行目)
上記の通り、この詩はCynthia's Revelsという
劇のなかで、登場人物の「こだま」が歌う歌の歌詩だが、
音声から構成を見ると、そのなかでも語りの部分と歌の部分が
わかれている。その歌のなかの歌がこの部分。
(8行目、11行目も歌かも。以下を参照。)

*****
以下、スキャンジョンなど。





1-4
散文的な弱強五歩格で語り口調から入る。特に1行目は、
コンマによる休止やストレスのある音節が多く、また
弱強格がひとつもなく、強強格(spondee)で強調的に、
かつ文字通り、ゆっくり……ゆっくり……静かに……。

5-7
5行目からストレス・ミーター(四拍子)になり、歌のなかの
歌がはじまる。(上のスキャンジョンのB=beatのところで
手拍子を打ちながら読めば、明確なリズムが聞こえてくるはず。)

8
この行は、解釈によっていろいろな扱い方ができるので、
行の下に二種類の拍子を示す。上のBBB(B)のかたちでよめば、
5-7行目と同じリズムで歌うことができる。同時に、このページの
上部にあげた1616年のジョンソン全集における活字の組み方を
見ると、歌の途中に少し休止を入れてこの行を語る、
という読み方をうながしているようにも思われる。
(おそらく、それゆえ5-7行目とは脚韻を踏んでいない。)

9
カッコに入れられていることからも、ここは明らかに
歌の途中に入るつぶやきのような語り。リズムもストレス・
ミーターではなく、より散文的な弱強五歩格に転調。

10
ストレス・ミーターの歌に戻る。水が一滴ずつ
ポト……ポト……と落ちるようすをあらわすように、
コンマを強調して読む。

11
この行も解釈によって複数の扱い方が可能。エンディングで
あることを強調する弱強六歩格(たとえばスペンサー連の
最終行のような)とも考えられるし、Bで示したように、
歌として5-7(+8)行目のリズムを二回くり返しているとも
考えられる。個人的は、後者のようにも聞こえる前者、
という雰囲気かと思う。(上記の通り、これまた微妙な
8行目と脚韻を踏んでいることからも。)

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詩のリズムについては、以下の入門書がおすすめ。

ストレス・ミーターについて
Derek Attridge, Poetic Rhythm (Cambridge, 1995)

古典韻律系
Paul Fussell, Poetic Meter and Poetic Form, Rev. ed.
(New York, 1979)

*****
響きあう母音/子音の重なり各種--

Slow - slow - salt
fresh - fount
slower - O
faintly - gentle (- springs)
Woe - weeps
flowers - Fall - grief
Drop - pride (- daffodil)

(頭韻、行内韻、母音韻、子音韻、パラライムなどの
用語は定義があいまいなので使わない。)

*****
Henry Youll, Canzonets to Three Voices, (1608) に
この曲のスコアがある、ということなど、Oxford Poetry
LibraryシリーズのBen Jonsonに情報があり。
ご参考まで。

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剽窃行為のないようにしてください。


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