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Dryden (trans.), Horace, Ode I.9

ホラティウス、オード9 (「ごらん、高く、白い山を」)
(『オード集』第1巻より)

(英語訳・翻案 ジョン・ドライデン)

I.
ごらん、高く、白い山を。
新しくつもった雪でますます高くなっている。
ごらん、雪の重さが
下の木を押しつぶそうとしている。
川は、氷の足かせでかたい地面に縛られ、
その足はひきつって、麻痺している。

II.
薪を高く積んで寒さをとかそう。
暖炉に火をつけ、心地よく、あたたかくしよう。
ワインも出してこよう。飲めば気が大きくなるし、
話も楽しく弾む。恋が芽生えたりもする。
今後おこることについては、神がなんとかして
くれればいい。なんとかしよう、という気になってくれるなら。

III.
神がつくったものは神にまかせておこう。
世界を放り投げるなり、ぐるぐる回すなり、好きにさせよう。
神が命じるから嵐が襲い、
神が命じるから風が吹く。
神がうなづいて合図をすれば、嵐も風もやみ、
静けさが戻り、すべて落ち着く。

IV.
明日のこと、明日に何があるかなど、気にするのはやめよう。
今の、この時間をつかんで、逃がさないようにしよう。
過ぎ去っていく楽しみをさっとつかみ、
〈運の女神〉の手から奪ってしまおう。
恋や、恋の楽しみを軽んじてはいけない。
今日手に入れた富は富--たとえ明日それが失われても。

V.
若い黄金の時代のよろこびを、
悲しみを知らない若さが実らせる甘い果実を、ちゃんと手に入れておこう。
時が、病や老いでそれを枯らせ、
壊してしまう前に!
いきいき動いて楽しむのに、気持ちよく休むのに、
まさに今がいちばんいいとき。
いちばんいいものは、いちばんいい季節にしか手に入らない。

VI.
こっそり会う約束をした幸せの時間、
暗がりでの甘いささやき、
半分いやがりつつ、求めてくるキス、
闇のなか君を導く笑い声、
そのとき、やさしい妖精のような女の子は、はずかしいようなふりをして、
そして、隠れたりする--また見つけてほしいから。
これら、まさにこういうこと、神々が若者に与えるよろこびとは。

* * *
Horace, Ode I. 9
("Behold yon Mountains hoary height")

(Trans. John Dryden)

I.
Behold yon Mountains hoary height
Made higher with new Mounts of Snow;
Again behold the Winters weight
Oppress the lab'ring Woods below:
And streams with Icy fetters bound,
Benum'd and crampt to solid ground.

II.
With well heap'd Logs dissolve the cold,
And feed the genial heat with fires;
Produce the Wine, that makes us bold,
And sprightly Wit and Love inspires:
For what hereafter shall betide,
God, if 'tis worth his care, provide.

III.
Let him alone with what he made,
To toss and turn the World below;
At his command the storms invade;
The winds by his Commission blow;
Till with a Nod he bids 'em cease,
And then the Calm returns, and all is peace.

IV.
To morrow and her works defie,
Lay hold upon the present hour,
And snatch the pleasures passing by,
To put them out of Fortunes pow'r:
Nor love, nor love's delights disdain,
What e're thou get'st to day is gain.

V.
Secure those golden early joyes,
That Youth unsowr'd with sorrow bears,
E're with'ring time the taste destroyes,
With sickness and unweildy years!
For active sports, for pleasing rest,
This is the time to be possest;
The best is but in season best.

VI.
The pointed hour of promis'd bliss,
The pleasing whisper in the dark,
The half unwilling willing kiss,
The laugh that guides thee to the mark,
When the kind Nymph wou'd coyness feign,
And hides but to be found again,
These, these are joyes the Gods for Youth ordain.

* * *
訳注
(ローマ数字はスタンザ番号)

ホラティウスのオリジナルは4行x6スタンザ。
ドライデンは、足したり引いたり、そこに大幅に
手を加えて英訳している。

(ドライデンは、逐語訳、および原型をあまり
とどめないような完全な翻案、という両極端を嫌い、
原型をとどめつつ自由にいいかえる、という
方法--"paraphrase"--をとっている。)

I
冬の雪山の風景。スタンザIIにつながると同時に、
V-VIに描かれる若さと対照をなすことが後でわかる。

II
ホラティウスのオリジナルでは、神は複数の「神々」
(divis)。ローマ神話だから。これをドライデンは
一神教のキリスト教にあうように翻案。

ほとんどのすべて版は、ここのheatを誤植とみなし、
hearthに修正しているが、heapとの頭韻、heap, feed
との母音韻もあるので、heatがドライデンの意図した
語と思われる。(文脈から、hearth暖炉は自然に頭に
浮かぶ。あえてこの語がなくても。)

II-III
ここにまたがってあらわれているような、
神やこの世のあり方に対する投げやりな姿勢が、
思うにドライデンの特徴のひとつ。

「神に導かれた」兵士たちが戦い、「神に導かれた」
政治家たちが伝統的な国のあり方を壊し、そして
国を大混乱に陥れた内戦期・共和国期に対する反動。

神の意志が自分にはわかる、という思いあがりに
対する抵抗、強い批判。

(ホラティウスのオリジナルにこういうニュアンスはない。)

IV-VI
時のうつりかわり、この世のはかなさ、今という時間を
大切に、という、いわゆるcarpe diemのテーマ。

これを理由に女性を口説く(「若いうちにぼくと恋を
しよう」という)詩を書くケアリ(Carew)やマーヴェル
とは異なり、ここでのホラティウス/ドライデンは一般論
として若い男性に説いている。(その中間が、若い女性に
一般論を説くへリックの "To the Virgins".)

V
Unsoured, bear, tasteなどの語彙から、若い頃の
楽しみが甘い果実にたとえられていることがわかる。

VI
「半分いやがりつつ、求めてくるキス」とか、
「はずかしいようなふりをして、隠れたりする--
また見つけてほしいから」などという表現は
ドライデンの創作。

この手の繊細で甘酸っぱい(少女マンガ的な?)表現を
さりげなく散りばめることができるのがドライデン。

(なんだかんだいって、こういうのをキライでない人は、
少なくないのでは。老若男女を問わず。)

なお、このスタンザVIの内容については、ラテン語
オリジナルの逐語訳的な英訳(Oxford World Classics
シリーズのHorace, Complete Odes and Epodesや、
Loeb Classic Libraryシリーズのものなど)を参照して
意訳。

また、ここでは「神々」。(これはホラティウスには
ない行で、完全にドライデンの創作。ドライデンのなかに
キリスト教的な思考とギリシャ/ローマ的な思考が
混在しているということ。)

* * *
開国以来、日本では、イギリスなど外国の文学が読まれ、
また日本文学にとり入れられてきていた。
(中国のものについていえば、はるか昔からそう。)

より身近なレベルでいえば、音楽や映画など、外国のものが
現在あたりまえのように聴かれ、見られている。

同じように、17世紀のイギリスにおいても、外国の文学が
翻訳されて広まっていた。(特にギリシャ/ローマの古典。)

ドライデンは、そのような翻訳文化に、ひいてはイギリス文学の
発展に、大きな(おそらく最大級の)貢献をしたひとり。

* * *
なお、日本語版Wikipedia「ドライデン」のページにある
次の記述は誤り。英語版WikiのDrydenのページの誤訳。

「ドライデンはホラティウス、ユウェナリス、オウィディウス、
ルクレティウス、テオクリトスらの作品を翻訳したが、これは
劇場用作品の執筆と比べると満足にはほど遠い仕事であると
彼は感じていた。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%
83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%87%
E3%83%B3
(20130208現在)

(ドライデンは、劇場のための劇作よりも、はるかに古典の
翻訳を楽しんでいた。客受けを気にせず、書きたいことが
書けるから。)

* * *
(参考)
「神に導かれて・・・・・・」ということについて
Worden, "Providence and Politics in Cromwellian England"
Past and Present 109.1 (1985): 55-99.
小野、大西編『〈帝国〉化するイギリス』第5章(わたしが担当。)
クリストファー・ヒル評論集1-4 (法政大学叢書「ウニベルシタス」)

* * *
英語テクストは、Sylvae (1685) (Wing D2379) より。
誤植を一箇所修正。

* * *
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