馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

慢性蹄葉炎の評価

2013-06-25 | 蹄病学

P6234506 もう3年くらい前から蹄が痛いという繁殖雌馬14歳。

この4月の分娩後にひどく痛くなったが、それまではそうでもなかった。とのこと。

そんなはずはないと思うが・・・・

何とか歩けるとのことで来院してもらった。

P6234507 右前肢はこんな感じ。

サラブレッドの場合、幅の細い魔法使いの靴とか、アラビアの靴のようにならず、このような「ホタテ」状態になるのが慢性蹄葉炎のなれの果てかもしれない。

P6234508 左は装蹄して、アドバンスドクッションサポート ACSも入れてある。

しかし、1ヶ月近く前に装蹄してもらったが、楽にはならなかった。と飼い主さんの弁。

こういう蹄を観ても、蹄の中で蹄骨がどれくらいローテーションしているか外見から判断することは装蹄師さんにも、獣医師にもできない。

だから、蹄葉炎の評価にはX線撮影が必要になる。MRIが使えるなら別だけど。

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14 右。

蹄骨は著しくローテーションしている。

蹄骨の先は蹄底からの圧迫で磨り減っている。

蹄尖部の蹄角度は寝過ぎていて、蹄尖部は伸び過ぎている。

もはや蹄尖部は負重の役に立ってはおらず浮いてしまっている。

蹄踵部も伸びすぎで、蹄支も前へ出すぎていて、このままでは負重しにくい。

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11 左。

こちらも同じだが、こちらの方が程度がひどい。

蹄骨の背側壁はほとんど垂直に立っている。

蹄骨の磨耗もこちらの方がひどい。

装蹄師さんも苦心してくれたのだろう。

反回ポイントを少しでも後へ下げようと特殊な蹄鉄を着けてくれているが、蹄骨の先端ははるかに後。

もっとも装蹄したのは1ヶ月近く前だからそれからさらにローテーションが進んだ可能性もある。

(実際にはそうは思わない。蹄底の膨隆部の様子や蹄骨の磨耗の仕方、蹄骨内の空洞がさほどないことから見て、この馬はひどくローテーションしてからの時間が長い。)

右前も左前も深屈腱を切断すれば蹄骨はデ・ローテーションできる。

左前のこの蹄鉄ははずして蹄尖部は大きく切除して、蹄踵部で負重できるようにすれば、蹄葉が剥がされる痛み、蹄骨の先端が蹄底から圧迫される痛み、過長な蹄尖部が反回時に蹄冠部に食い込む痛み、などを減らせるはずだ。

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15 12 正面からのX線撮影と評価も忘れてはいけません。

右も左も蹄側部もつぶれて伸び過ぎている。

左前は、蹄骨は内側へ落ちている。

内側の蹄葉ももう蹄骨を支えらないのだろう。

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この繁殖雌馬は5月に交配され受胎確認されている。

このまま諦めるというわけにはいかないのだろう。

来年、お産をしたら乳母をつけても良いとのこと。

やれるだけのことをやってみることにする。

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P6234517 緑の絨毯を維持するのも実はたいへんだ。

すぐに好ましくない草が生えてくるし、

収穫適期に牧草作業をしなければならないが、乾草を作るのに適した天候が続くとは限らない。

今、牧草作業真っ盛り。

馬の診療どころではない。という牧場も多いが・・・・

それでは手遅れになる馬も多い。


馬は裸足が一番

2013-01-08 | 蹄病学

何度かこのブログで書いてきたが、

馬は蹄鉄を履いていた方が良いというのは間違えている。

馬は本来、跣蹄(はだし)の動物だ。

人が使役に使うとどうしても蹄が磨耗しすぎるので、蹄鉄を打つようになった。

しかし、装蹄にはデメリットが付きまとう。

蹄が広がったり閉じたりする蹄機を妨げる。

釘で装蹄すれば蹄鉄の上で蹄は蹄機作用できるが、それでも蹄機は制限される。

そして、釘の穴は蹄にダメージを与える。

蹄鉄を接着すれば釘を使わずに済むが、蹄は蹄鉄に完全に固定されるので、蹄機は期待できなくなる。

装蹄すれば蹄は磨耗しなくなる。

(これが装蹄する目的であり、最も大きなメリットであり、そして最も大きなデメリットでもあるのだろう)

改装時に元の蹄形に戻せれば良いが、蹄尖部は伸び、蹄踵部は荷重によりつぶれがちだ。

装蹄した馬ばかり観ている人は、蹄鉄や蹄負面が負重する部位だと誤解しがちだが、

本来、馬の蹄の構造でもっとも荷重がかかるのは蹄踵部だ。

装蹄している馬では、往々にしてその蹄叉や蹄支や蹄球など蹄踵構造がおろそかにされ、壊れてしまっている。

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別に「装蹄」師さんに喧嘩を売るつもりはない。

装蹄などしない方が良いなどと言うつもりもない。

しかし、鉄打ってナンボ。というだけの仕事にとどまるのか、

馬の蹄の技術者、さらには科学者としての専門家となるのか、

そのあたりの理解が境目なんじゃないかと思う。

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馬が蹄に問題を抱えているとき、

除鉄(蹄鉄をはずして)問題の改善を図ったほうがうまく行くことが多い。

競走馬の多くも蹄に問題を抱えている。

休養期間中くらい蹄鉄をはずして、蹄形を改善する機会にした方が良い。

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ただし、跣(はだし)にして放っておけば良いわけではない。

装蹄しておく以上に、こまめな蹄の手入れが必要だ。

そうやっても、蹄形が改善されるにはかなりの時間が必要とされる。

それくらい競走馬(装蹄してある馬)の蹄は崩れてしまっている。

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敬愛するIshihara先生のブログの記事を紹介しておこう。

ハダシは蹄の健康に良い?

オーストラリア獣医師会雑誌か・・・講読していないので読めないがたいへん興味深い内容だ。

壊れた蹄形を跣蹄にすることでどうやって回復させるかのヒント(明快な答え?)も含まれている。

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P2010054 青木先生に見せてもらったアメリカ野良馬(ムスタング)の蹄の模型。

蹄叉は貧弱だが、蹄踵部はとてもよく発達し、頑丈な蹄支をしている。

        -P1170011

獣医師にして蹄病の第一人者Scott Morrisonを迎えての装蹄師さんたちの勉強会で問題提起のために右の写真を見せたことがある。

Scott Morrisonは「悪くない」と言ったが、

「何も手入れしていない蹄じゃないか」との意見もあった。

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さて・・・・・

先は長いな(笑)。


繁殖雌馬にも蹄の手入れを!

2012-11-22 | 蹄病学

2009年に繁殖雌馬も蹄の手入れをしましょう!という記事を書いた。

まったく同じことを書くのは嫌なので、同じことはもう書かない;笑。

鼻孔に腫瘍ができた15歳の空胎馬。

以前から歯も悪い。

腫瘍は大雑把に切り落とすだけなら立位でできるし、歯の方も噛み出しは以前ほどひどくはない。

高齢馬なので、全身麻酔はリスクがある。

しかし、肉付き(Body Condition Score)もいまいちなので、来春受胎させるためにはできるだけのことをした方が良いだろうと判断した。

で、鼻の腫瘍摘出と、臼歯の鑢削は終わったのだが・・・・

あまりに蹄が伸びて変形しているので、削蹄した。

Pb203328 右後、削蹄中。

左後はまだ手を着けていない状態。

伸び過ぎて、蹄壁は剥がれつつある。

蹄踵部も伸びて巻き込んで潰れている。

蹄底は二重蹄底になっているのかとも思ったが・・・・

Pb203329 切ってみると、蹄支が伸びて、蹄底の蹄叉尖以上に達している。

あ~こんなになるまで伸びるんだな・・・・

と感心した。

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以前見たこの蹄(右写真)がどうしてこうなったのか今まで理解できなかった。

が、今回わかった。

P1010010

右の写真の馬は慢性蹄葉炎で削蹄できなかった(しなかった)のだそうだ。

そして蹄底はおかしな角質で覆われているが、実は蹄支がただ伸びたものだったのだ。

いや~勉強になったな~

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繁殖雌馬と言えどもこんなに蹄が伸びてしまうのは運動不足なんだろうと思う。

それは、例えば全身麻酔するときのリスク要因になるだろうし、

来春、受胎させるためにも、無事に分娩するためにも、そして子馬と一緒に駆け回るためにも望ましくない。

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繁殖雌馬にも蹄の手入れを!

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Pb193319オラの肉球は絶好調!

Pb193318 オラにしかできないこのボールテクニック。

とれるもんなら、とってみれ!

・・・・って、ほんとに取ったら、足噛むゾ

Pb193315


蹄癌Canker と牛パピローマウィルス

2012-10-30 | 蹄病学

P5220372 蹄癌、英語ではCanker と呼ばれる。

Cancer 癌。から来ているのだろう。

紙縒り(こより)状の異常な組織が蹄底や蹄叉に増殖し、

切除しても、消毒しても治まらず、馬は跛行し、治せない。

それゆえに蹄癌と呼ばれている。

  左の写真は競走馬で、切除と消毒を行ったが良くならなかったので、

Maggot therapy ウジ虫治療を行っている経過中の写真。

蹄癌の組織にはtreponema様の螺旋菌が見つかり、その感染がこの特徴的な病態を作り出すのではないかと考えられている。

できるだけ外科的に異常組織を切除すること。

有効な抗生剤を使うこと。

Maggotに病原菌を食べてもらうこと。

が、現在の最も有効な治療ではないかと考えている。

 しかし、最近、蹄癌が牛パピローマウィルスに関係しているのではないかとの研究発表・報告が行われている。

Franのブログにも紹介されている(とても重いブログなので、ネット環境が良くないなら覗かないほうが良いです。英語ページです。)

馬の皮膚に多い馬類肉腫 Equine Sarcoid は牛パピローマウィルスが引き起こすことがほぼ証明されている。

蹄癌も。となると、頚をかしげてしまう。

 牛でもフリーストール(乳牛をつながず、広いコンクリート床の牛舎で飼う)で、趾間に肉芽を形成する病気が問題になり、螺旋菌の関与が疑われている。

そんなこともあって、馬の蹄癌も螺旋菌が病原体だと思っていたのだが・・・・・

 馬の蹄癌に牛パピローマウィルスが関係していると報告したグループは、馬Sarcoidにも使う化学療法剤を使って、蹄癌に効果があったことも報告している。

蹄癌の治療もまた考え直す必要があるかもしれない。

 馬の蹄癌は、蹄を不潔な状態にしておくと起き易いので、清潔にすることで予防するのが一番なのは間違いない。

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新ひだか町周辺の方は、こちらのHPはぜひ今晩覗いてみていただきたい。

Pa093043


角壁腫 keratoma

2012-04-26 | 蹄病学

P3301924 とても良い本だ。

カラーアトラスなので、簡単に読むことができるし、百聞は一見にしかず。

説明されてもわからないことも、写真で見れば、ああこれかなとわかる。

馬の獣医学の本など皆無に近いのに、日本語訳された馬の蹄病学の本が手に入るなんて奇跡に近い。

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P3301925 馬の蹄の中に、角壁腫とよばれるできものができてしまうことがある。

慢性の跛行と、場合によっては蹄底、蹄冠部の異常として気づくことがある。

X線撮影すると蹄骨が丸く欠損している像が写る。

丸い塊であるタイプと、柱状に蹄壁に沿ってできるタイプとがあるらしい。

これもちゃんとこの本に載っている(右)。

私は今まで数例診たが、全例が蹄尖部の球状タイプだった。

それらは蹄底に穴を開け、摘出した。

                    -

しかし、蹄底に穴を開けるとあとあとの管理がたいへんだ。

とくに春先だと地面はどこもグチャグチャ。

包帯を巻いても、ホスピタルプレートを付けた装蹄をしても、泥水が入ってしまうだろう。

ビニル袋などで覆うと湿ってひどいことにな る。

おまけにこの症例は蹄底からの距離が遠そうだった。

蹄骨の欠損部も丸いだけでなく、指で押さえたように長く抜けている。

P3301922それで、蹄壁からアプローチすることにした。

電動ドリルに円鋸をつけて開窓した。

球状角壁腫はかならず蹄尖部だと思っていたが、実はこの馬の角壁腫はすこし外側へ寄っていた。

開けるとまず膿汁が出てきた。

馬はかなりの跛行をしていたが、角壁腫の痛み異常に化膿してしまった痛みだったのだろう。P3301923

いつもの丸い、角壁腫も取れてきた。

(右)

どうしてこんなものが蹄の中にできるのかわからない。

11 X線撮影で確認する。

アプローチすべき部分はすべて空洞にできたようだ。

普通より蹄骨の欠損部分が大きくなってしまったのは、

摘出が遅れたせいか、あるいは化膿したせいかわからない。

あと1ヶ月で分娩予定日という繁殖雌馬だったが、痛みも強かったので分娩を待たなくて良かったと思う。12_2

立位で手術できないかも考えたが・・・・

蹴る馬だった。

前肢で、蹄底からアプローチするなら立位でも可能だろう。

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今日は、デヴュー前の2歳馬の腕節骨折の関節鏡手術。

当歳馬の顔と眼の大怪我。

2歳馬の喉頭内視鏡検査。

私は午後は獣医師会の会議。

夕方、当歳馬の疝痛。

来院途中のトラックの中で下痢が始まり疝痛は治まった。