真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「憧れの英語の先生 ‐監禁バイブ地獄‐」(1997/製作:旦々舎/配給:大蔵映画/脚本・監督:山邦紀/撮影:小山田勝治・村雨右京/照明:上妻敏厚・荻久保則男/編集:フィルム・クラフト/音楽:中空龍/制作:鈴木静夫/助監督:松岡誠・長野正太郎/スチール:岡崎一隆/録音:シネキャビン/現像:東映化学/出演:桜井亜純・工藤翔子・甲斐太郎・MASA・中村和彦・紀伊正志・長野正太郎・青木こずえ)。照明部セカンドの荻久保則男は、まんたのりおと同一人物、変名感の爆裂する撮影部セカンドは誰なのか。
 高校生の一群に主演女優が紛れ込んでゐるのだが、華がないゆゑ殆ど埋没してゐるファースト・カット。ともあれ、見るからに怪しげなサングラスの中村和彦が、車の中から女を狙つてビデオカメラを回す。正直よく判らない流れで、予備校的な建物から出て来たななえ(桜井)が、勤務先の高校に入りタイトル・イン。多分旦々舎は最初で最後の工藤翔子が、ブルーベリーソースをかけたヨーグルトに舌鼓を打つ。出勤する父親の甲斐太郎と、何てことない会話を交す。青木こずえがゴーグル型のモニターで、自らがマスクを被つた男とセックスするビデオを見る。細かく刻み時折危険な球を放り込んで来るイントロダクションは、山邦紀が得意とする戦法。借金苦のダフ屋(中村)がガード下で下校中のななえを襲撃、三太(MASA)に運転させたライトバンで青木こずえが濃厚な自慰に耽る、バイト先の不動産屋で鍵をコピーした空家、といふ設定の旧旦々舎に拉致する。中村和彦と三太がななえを担ぎ居間に飛び込むと、青木こずえはオナニーの真最中。「何やつてんだこんな時に!」といふ中村和彦の一喝は、一体どんな時だといふ話である。兎も角、三人の目的は、女教師の強姦ビデオ撮影。ところが実際に犯されるななえは、あらうことか陳腐と笑ひだす。殺して呉れと姉(工藤)共々父親(甲斐)に性的虐待を受け続けて来たといふななえの告白を受け、青木こずえと中村和彦は方針転換。会社役員である父親の脅迫を思ひつくも、電話口の甲斐太郎は軽やかに一笑に付す。チャイルド・アビウス云々は、ななえの妄想だといふのだ。果たして真相は如何に、どうやら厄介ぽい女を抱へ込む羽目になつた、青木こずえと中村和彦は困惑する。配役残り紀伊正志と長野正太郎は、高校の門を出るななえと軽く絡むジョギング君二名。
 甲斐太郎の口を介して、稲村博の「嵐の乙女」シンドロームから想を得た旨が明確に語られる山邦紀1997年最終第五作―薔薇族がもう一本―は、個人的には史上最大級のニアミス作。妄想・虚言癖のある女が、首が回らなくなつた三人組に拉致・監禁される。脅迫ないしは身代金を要求する電話に対する女の家族の反応は分かれ事態が膠着する中、一味の内最も格下の寡黙な小男が、女と手と手を取り逃走する。大体似たやうなお話で、青木こずえが姿を消した二人に「あの二人つたら、勘違ひボニーと思ひ込みクライドね」と思ひきりハクい台詞を投げる、ピンクを観始めた頃に出会つたウルトラ・ロマンティックな一作をそこだけ覚えてゐた。回復可能な記憶とさうでないものとを峻別し得るつもりなので、タイトルは絶対に思ひださないことを断言出来る。ちやうど尺が折り返す、一回目の電話の辺りで遂にあの思ひ出の一作と再会か!?とハートに火が点き、後半戦は俄然前のめりに、殊に終盤は今か今かと固唾を呑んでゐたものの、結局その映画ではなかつた。悔しくて―村上ゆう含め―DMMのピンク映画chを一通り探してみたが、それらしきストーリーは見当たらない。雲を掴むつもりでjmdbにも目を通してみたが、結構観るなり見てゐるもので、臭ふ出演作は見当たらない。確かに青木こずえ―か村上ゆう―で勘違ひボニーと思ひ込みクライドの筈なのだけれど、詰まるところ勘違ひした俺が思ひ込んでゐるに過ぎないのかも。
 そんなこんなな至極パーソナルな次第で空振つた感が否応なく勝りつつ、今作自体に見所が何もない訳では決してない。三本柱の濡れ場をじつくり消化する前半は展開の腰がなかなか重く見せ、虚実が揺らぎ始めるや、物語が動き始める構成は裸映画的に何気に秀逸で、平素の妹のパターンと違ふ不穏さを案じる工藤翔子と、娘に疲れた甲斐太郎。一方素直に動揺する中村和彦と、腰の据わつた青木こずえ、攻守双方二つの対照も出色。何より重要視したいのは、サングラス越しの無表情を上手く切り取つた、徐々に変化する三太の心境の描写にはダメ人間の琴線を直撃するエモーションがある。最終的にはエクセスライク薫る桜井亜純の決定力不足が否めなくもないとはいへ、旦々舎常連の青木こずえと中村和彦が爽やか且つユーモラスに締め括るエピローグは磐石。


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