真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「人妻のじかん 夫以外と寝る時」(2008/製作:松岡プロダクション/提供:Xces Film/監督:松岡邦彦/脚本:今西守/企画:亀井戸粋人/撮影:村石直人/照明:鳥越正夫/編集:酒井正次/助監督:永井卓爾/監督助手:竹田賢弘・関谷和樹/撮影助手:松宮学・船渡友海/照明助手:越阪部珠生/音楽:山口貴子/出演:山口真里・華沢レモン・小川はるみ・伊庭圭介・サーモン鮭山)。
 電話で菜穂子(山口)が夫・浜田太(サーモン)と諍ふ、結婚して三年、初めての夫婦旅行を計画してゐたのに、太の仕事の都合で反故になつてしまつたのだ。防衛関連の大手に勤める太は仕事仕事に追はれ妻のことを顧みず、菜穂子はそのことに強い不満を抱いてゐた。旅支度のまま家を飛び出してしまふつもりで、電話を叩き切つた菜穂子は一旦は実際に最寄り駅まで向かつたものの、結局踏ん切りがつかずに帰宅する。その夜、太は偶然再会した大学の同級生・石垣保(伊庭)を家に連れて来る。石垣は学生時代には小説の新人賞を取り脚光も浴びたが、現在は本業だけでは食へない脚本家で、カルセンでシナリオ教室を開きどうにか凌いでゐた。読書家の菜穂子に石垣は図書館で見覚えがあり、同じ作家のファンであつたことから俄かに意気投合する。菜穂子は、残して行つたチラシを頼りに、石垣のシナリオ教室を訪ねてみる。シナリオ教室には、計男四名女二名の若い受講生が見切れる。
 主演女優を四番打者に見做すならば、完全無欠、超絶の五番打者ぶりを発揮する華沢レモンは、石垣のシナリオ教室の元生徒・佐藤千佳。かつては石垣と男女の仲にもあつたが、現在は甲斐性の無い石垣にはポップに見切りをつけ、別の男(一切登場しない)に乗り換へてゐた。偶々会つてしまつた流れで未だ猛烈に未練を残す石垣に無理矢理家に連れ込まれ、仕方なく寝る。石垣が果てるや「ハアッ!」とこれ見よがしな溜息を突き、別れ際には「ぢやあね、死んぢやダメよ☆」といふ、風間今日子ばりの突き放された温かさがハクい名台詞を極める。小生の出鱈目な文脈の中では、彼女らの持ち前の距離感は、カウリスマキ映画の登場人物にも通ずる。
 とここまでは、山口真里の悩ましい豊かな胸の膨らみで目を惹きつつ、ギアとしてはいはば慣らし運転。松岡邦彦が恐ろしい急加速と、怒涛の猛突進を炸裂させるのはここから。菜穂子は蔵書の中から、シナリオ化を目指す石垣が読みたがつてゐた小説を、家まで届ける。石垣は葱を背負つて転がり込んで来た鴨を軽い気持ちで抱くが、菜穂子は違つた。初めは形ばかりの抵抗も見せておきながら事後は見事に掌を返し、石垣との出会ひを俄かに運命と勘違へる。目を白黒させる石垣を余所に、菜穂子は急加速も通り越して暴走。どちらかといはなくとも千佳に心を残す石垣は、忽ち困惑させられる。
 鈍感で自分勝手な太との生活を嘆いて菜穂子はいふ、「自分の時間を、無駄にしたくはない」。石垣との逢瀬の後には、「生きてるつて実感と、ちやんと繋がつてる熱い時間」、を取り戻したとか。何が“自分の時間”だ“熱い時間”か、間男と不貞を働いてゐるだけではないか。要はさういふ、潤沢な稼ぎのある亭主が居ながら贅沢極まりない悩みを抱へた、自分探しの勘違ひスイーツ(笑)の物語である。対して石垣の側からいふならば、さういふ、性質の悪い地雷女を踏んでしまつたといふ話にもなるのだが、松岡邦彦は執拗に、サイコパス然とした、といふかそのものの菜穂子の粘着を容赦なく描く。演出の充実に加へ、受けに回る伊庭圭介の、金と力を欠く情けない色男ぶりもジャスト・フィットな適役。
 石垣の部屋に落とした首飾を取りに来た千佳と菜穂子とを鉢合はせさせておいて、放たれる第三の矢・小川はるみは、仕事をちらつかせ若い石垣の肉体を求める映画プロデューサー・新井鈴子。受講生は帰つた後の教室で事を致さうかとしてゐた現場に、菜穂子が闖入する。“物好きなオバサン”と千佳からは馬鹿にされた菜穂子は、今度は鈴子に対し「こんなババアと!」と金切り声を上げる。桃色の威力に豊かな主演女優を挟んで、上下に同じくらゐづつ歳の離れた芸達者を擁する、何と芸術的な配役か。それにつけても、小川はるみを捕まへて「こんなババア」とは・・・・小川はるみが松岡組常連であることも踏まへれば、ある意味、監督と出演者との間で信頼関係が築かれてゐなければ撮り得ないシークエンスではあらう。モノになりさうな仕事がオシャカになつた石垣は、「何てことして呉れたんだ!」と一旦は菜穂子と完全に訣別する。
 ここからの、結局場所は改めて鈴子が石垣を満喫するところからの展開が凄まじい。挫折、絶望、誘惑。誤解、凶行、教唆、翻意、そして情交、陶酔。人間の不善なることをロック・オンした松岡邦彦の、一気呵成の馬力は正しく比類ない。背筋が凍る菜穂子の地雷女ぶりに加へ小金に汲々とする石垣の姿や、クライマックスまんまと騙されてしまつた見事なミス・リーディングにも、確実な演出力が光る。強力無比なエンジンとシャープな足回り、スポーツカー並みの機動性と速力とを具へた、ダンプカーにも譬へられようか。エクセスからの要請か一本調子に明るい撮影のトーンは少々気になるが、2008年も松岡邦彦&今西守コンビには大いに期待させられる、アグレッシブな快作である。


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