弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

レカネマブはなぜ成功したか

2023-09-01 19:19:52 | 歴史・社会
アルツハイマー病の治療薬として、まずはアデュカヌマブが登場しましたがあえなく崩壊してしまいました。次いでレカネマブが登場し、こちらは治験の結果、病気を遅らせる効果が27%認められ、最近日本で承認されました。アデュカヌマブもレカネマブも、日本のエーザイとアメリカのバイオジェンが共同開発してきた新薬です。

アルツハイマー病と闘う歴史について、山下進さんが「アルツハイマー征服」として書籍にしていました。このブログでも、『山下進著「アルツハイマー征服」から 2023-01-10』として紹介しました。この本は、今から2年半前に刊行され、アルツハイマー病と闘う人たちの過去からの活動をトレースし、アデュカヌマブの米国での迅速承認とそれに対する批判が爆発したところまでを詳細に描いたものです。

今回、上記前回の本に新しい章を追加する形で、文庫本が登場しました。
アルツハイマー征服 (角川文庫)下山 進 (著)

『文庫版書き下ろし新章「レカネマブ開発秘話」400字×80枚を加筆!
アデュカヌマブの崩壊から、レカネマブ執念の承認まで。両者の死命を分けたのは2012年から始まったフェーズ2の設計にあった──。当事者たちの証言によって壮大な物語が完結。』

アデュカヌマブとレカネマブは両方ともエーザイとバイオジェンの共同開発ですが、共同開発が始まった2014年、アデュカヌマブはバイオジェンの持ち駒、レカネマブはエーザイの持ち駒でした。従って、現時点では、バイオジェンの持ち駒だったアデュカヌマブが失敗に帰した一方、エーザイの持ち駒だったレカネマブが大成功を収めた、という図式になります。

それでは、上記増補本で、レカネマブの開発経緯をひもといていきます。
世の中には、遺伝性のアルツハイマー病に悩む一族があります。日本では青森にそのような家系があり、「アルツハイマー征服」初版でも紹介されていました。この家系に属する人は、50%の確率で子孫に受け継がれ、受け継いだ人は100%の確率で若年性のアルツハイマー病を発症します。
ストックホルムにあるウプサラ大学の研究者だったラース・ランフェルトは、スウェーデンの2つの家系に共通する新たなアルツハイマー病遺伝子を特定し、「スウェーデン変異」と名付けて発表しました。
スウェーデンの街ウメオにも、そのような家系がありました。1997年、ウメオの街の医者から手紙が届きました。調べてみると、代々、半数の人々がアルツハイマー病を発症していることがわかりました。人々を集めて血液を採取し調べたところ、新しい突然変異が発見され、「北極圏変異」と名付けられました。
その一族のアルツハイマー病は変わっていました。死亡した患者の脳には、はっきりとしたアミロイド斑がなく、ぼんやりとしたプロトフィブリルという状態でした。ランスフェルトは、このプロトフィブリルをターゲットとした治療法を編み出したようです。
2003年、ランスフェルトはこの治療法を商用化するため、パー・ゲレルフォースとともに、バイオアークティック社を立ち上げました。しかし大学発ベンチャーでお金がありません。
ランスフェルトは、「アリセプト」という最初の抗アルツハイマー病薬をつくった日本のエーザイに連絡をとることを思いつきます。彼がエーザイのロンドン研究所に連絡を取ったのが2003年6月でした。これが、2023年7月のレカネマブに至る最初の一歩でした。

ランスフェルトがエーザイとコンタクトを取り、共同研究の契約を結んだのが2005年8月でした。それから2年近くかけて、マウスでつくった抗体mAb158を人に投与できるようにしたヒト化抗体が完成したのは2007年1月です。この抗体は「BAN2401」と名付けられました。のちのレカネマブです。

2012年6月、ショバ・ダダというインド人女性統計学者がエーザイに入社しました。入社のきっかけは、やはりエーザイが「アリセプト」の会社だから、ということにあったようです。
ショバ・ダダは、レカネマブのフェーズ2の治験に、新しいベイズ統計を使った手法を取り入れました。その結果、レカネマブはフェーズ2で、10mg隔週投与が最適用量とわかり、フェーズ3での治験を進めることができました。しかしフェーズ2には時間がかかり、結果が出たのは2017年11月でした。
2019年3月にはじめたフェーズ3において、いかなる中間解析も行わないことが決められていました。結果が出るのは2022年9月末です。

エーザイの米国の本拠地、ショバ・ダダの自宅いずれも、ニュージャージー州のナトリーにあります。フェーズ3の治験結果がコードブレークされ、解析してみると、出てきた数字は文句のないものでした。18ヶ月時点で進行を27%抑制したことになります。

こうしてたどってみると、エーザイのレカネマブの成功は以下の要素に依っているようです。
1.スウェーデンのランスフェルトが、家族性アルツハイマー病の遺伝子研究から新しい治療法を見いだした。
2.ランスフェルトが日本のエーザイに声をかけ、共同研究をスタートした。
3.インド人女性統計学者ショバ・ダダがエーザイに入社し、フェーズ2,3の治験の最適設計を行った。

ランスフェルトやショバ・ダダがエーザイに招き寄せられたのは、アリセプトの存在が大きかったようです。
こうしてみると、製薬会社で世界トップ20にも入っていないエーザイが、アルツハイマー病治療薬でビッグ2(アリセプトとレカネマブ)を生み出し得たのは、何か必然があるようです。

葬り去られたアデュカヌマブですが、私は「アルツハイマー征服」の初版を読んだとき、「用量を適切量に絞った上で治験をやり直せば、効果が認められるのではないか」との印象を受けました。しかし、現時点で、アデュカヌマブ推進者はバイオジェンから消え去っており、レカネマブも完成していることから、もう復活の可能性はゼロなのでしょうね。
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