弁理士の日々

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「吉田調書」問題の推移

2014-08-24 18:08:37 | サイエンス・パソコン
朝日新聞が、入手した「吉田調書」に基づいて1面記事を最初に出したのが5月20日朝刊、「所長命令に違反、原発撤退 福島第一、所員の9割」でした。
朝日新聞デジタル 5月20日(火)3時0分配信
『東京電力福島第一原発所長で事故対応の責任者だった吉田昌郎(まさお)氏(2013年死去)が、政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」(吉田調書)を朝日新聞は入手した。それによると、東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた。』

私はこの記事に対し、5月26日のブログ記事『「吉田調書」と福島第2原発への退避』で意見を述べました。
角田隆将著「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」と朝日記事を対比しつつ、以下のように述べました。
『「吉田調書」の記述は、「門田著書」の記述とずいぶん異なります。
「誰が残り誰が退避するか」という混乱についてはどちらも共通します。一方で、「どこへ退避するか」について両者で大きな隔たりがあります。
門田著書では、吉田所長の発言の中に避難先についての指示は出てきません。一方、伊沢氏をはじめとして残った人たちの発言では、退避先はいずれも2F(福島第2原発)です。
そもそも、第1原発構内で線量の低いエリアなど存在したのでしょうか。第1原発構内で最も線量が低かったのは免震重要棟の中だったはずです。吉田所長による退避命令は、「重要免震棟からの退避」です。そう考えると、免震重要棟からの退避先として福島第2原発が選ばれたことは理にかなっており、さほど非難されるべきとも思えません。

実際、午前9時前後から構内の線量が急上昇し、11930マイクロシーベルトの最高値を記録したわけですから、このとき、第1原発構内の免震重要棟以外の場所で600人が待機していたら、やばかったんじゃないでしょうか。』

その後、私のブログ記事に対して8月14日にxls-hashimotoさんからコメントをいただき、以来、xls-hashimotoさんと私との間でコメント議論を続けてきました。基本的に、「640人は福島第二に退避して正解だった」という内容です。

ちょうどそのときです。産経新聞が「吉田調書」を入手し、8月18日に記事にしたのは。
産経新聞 2014.8.18 11:02
吉田調書 元所員「誰が逃げるものか」菅元首相の絶叫に反発』(2)
『 ◆第1の環境悪化
 午前6時14分ごろ、2号機の方向から爆発のような音が聞こえ、原子炉圧力抑制室の圧力がゼロになったという報告が入った。格納容器破壊の懸念が現実味を帯び、複数の元所員によると、吉田氏は「各班は最少人数を残して退避」と命じ、班長に残る人員を決めるように指示、約650人が第2原発へ退避した。
 調書によると、吉田氏は「本当は2Fに行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず線量の低いような所に1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」と命令の行き違いがあったことを示唆している。朝日新聞は、吉田氏のこの発言などから「命令違反」と報じたとみられる。
 しかし、調書で吉田氏は「考えてみればみんな全面マスクをしているわけです。(第1原発で)何時間も退避していたら死んでしまうよねとなって、2Fに行った方がはるかに正しいと思った」と、全面マスクを外して休息できる第2原発への退避が適切だったと認識を示している。』

吉田調書の内容について、上記産経新聞記事の記述から「前半」と「後半」に分けます。
朝日新聞の5月20日記事では、このうちの「前半」のみが掲載されています。私はてっきり、朝日新聞は「後半」の存在を知りながらそれを隠蔽し、結論をねじ曲げて捏造したのだと思っていました。

ところが、調べてみると、朝日新聞は紙面には書いていないものの、デジタル版(登録者のみ見られる)にはアップしていたようなのです。6月7日JCASTニュース「吉田所長の命令に違反して福島第二原発へ「撤退」 朝日新聞記事を、ジャーナリスト門田隆将氏が批判」には以下のように記述されています。
『朝日新聞は2014年5月20日に特集企画「吉田調書 福島第一原発事故、吉田昌郎所長の語ったもの」を新聞本紙のほか、デジタル版でも配信している。朝日新聞は、非公開になっている政府事故調の吉田氏へのヒヤリング記録、いわゆる「吉田調書」を入手、それをもとに記事を掲載した。
問題になっているのは、記事の中の以下の部分だ。
「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しようがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」(前半)
これに門田氏が2014年5月31日付けの自身の公式ブログなどで異を唱えている。生前の吉田氏に「ジャーナリストとして唯一、直接、長時間」のインタビューをした人物だ。調書の記述を読んでも「『自分の命令に違反』して『撤退した』とは、吉田氏は発言していない」と指摘する。
デジタル版には、3月15日に2号機が危機に陥り、約650人が退避したときのことを振り返る吉田氏の発言が掲載されている。
「いま、2号機があって、2号機が一番危ないわけですね。放射能というか、放射線量。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです」(後半)』

このデジタル版を見れば、650人が福島第二に退避したことは何ら命令違反ではありませんし、最善の選択でした。
前半と後半を通して読めば、吉田所長は「(福島第二ではなく)福島第一とその周辺に退避せよ」とは言っていないし、事後的に「福島第二に行ったことは正しい」と述べているわけです。
朝日がいう「第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた。」などという結論には間違っても到達しません。
後半部分を隠蔽してはじめてなし得る捏造結論です。ところが実は、朝日新聞は紙面では隠していたものの、デジタル版ではこの後半部分をちゃんと公開していたというのです。私はそのことに気づきませんでした。しかし、言論界はもちろん、デジタル版のこの記載に気づいていなければなりません。

ところが、デジタル版のこの公開を根拠にしてその点について反論したのは、この記事にも紹介した角田隆将氏のみのようです。「お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事2014.05.31」

朝日新聞の5月20日記事は、海外でもニュースになったようです。
産経新聞吉田調書 「逃げ出す作業員」「恥ずべき物語」朝日の記事、各国で引用
2014.8.18 11:09によると、
『外国の有力メディアは、「吉田調書」に関する朝日新聞の記事を引用し、相次いで報道した。韓国のセウォル号事故と同一視する報道もあり、「有事に逃げ出した作業員」という印象が植え付けられている。
米紙ニューヨーク・タイムズ(いずれも電子版)は5月20日、「パニックになった作業員が福島第1原発から逃げ出した」と報じた。「朝日新聞によると」という形で、記事では第1原発所員の第2原発への退避を「命令違反」だと報じている。
英紙ガーディアンは5月21日付で「『フクシマ・フィフティーズ(福島の50人)』と呼ばれたわずかな“戦闘員”が原発に残り、ヒーローとしてたたえられた。しかし、朝日新聞が明らかにしたように650人が別の原発に逃げたのだ」と記した。
オーストラリアの有力紙オーストラリアンも「福島のヒーローは、実は怖くて逃げた」と見出しにした上で、「事故に対して自らを犠牲にし果敢に闘った『フクシマ・フィフティーズ』として有名になったが、全く異なる恥ずべき物語が明らかになった」と報じた。
韓国紙・国民日報は「現場責任者の命令を破って脱出したという主張が提起されて、日本版の“セウォル号事件”として注目されている」と報道。韓国で4月に起きた旅客船沈没事故で、船長が真っ先に逃げたことと同一視している。』

朝日新聞の捏造記事は、日本の誇りと国益をどれだけ損なったことでしょう。

「吉田調書」が来週にも公開されるようですね。
原発事故の「吉田調書」、来週にも公開へ
日本テレビ系(NNN) 8月23日(土)1時1分配信

角田隆将さんの最新ブログ
日本人にとって「朝日新聞」とは 2014.08.20」によると、吉田調書には以下のような記述もあるようです。
『吉田調書には、吉田さんが「関係ない人間(門田注=その時、1Fに残っていた現場以外の多くの職員たち)は退避させますからということを言っただけです」「2Fまで退避させようとバスを手配したんです」「バスで退避させました。2Fの方に」とくり返し述べている場面が出てくる。
そして、「本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです」と、危機的な状況で現場に向かっていく職員たちを吉田氏が何度も褒めたたえる場面が出てくる。そこには、「自分の命令に違反して、部下たちは2Fに撤退した」などという証言は出てこない。』

「吉田調書」を非公開としていたことから、朝日新聞が調書のつまみ食いで捏造記事を公表する残念な事態となりました。朝日の捏造記事を受けて、海外の新聞では「原発所員が命令違反で逃げ出した」と紹介されたそうです。
こんなことになるのなら、調書を早く公開すべきだったでしょうね。
コメント (44)
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