弁理士の日々

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プロダクト・バイ・プロセス・クレームの記載要件

2012-04-04 20:10:22 | 知的財産権
今年の1月27日、久しぶりに知財高裁の大合議判決がありました。その速報については「知財高裁大合議判決「プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」の解釈」に書きました。
その後、従来の通説と対比してどのような変更がなされたのかあるいはなかったのか、詳細に検討しようと思いながら、多忙のために先延ばしにしてきました。
先日、参加している判例研究会でこのテーマで議論する機会があったので、この際まとめて考えることにしました。

判決の内容については、知財高裁のページ判決の要旨判決の全文が掲載されています。

判決は、プロダクト・バイ・プロセス・クレーム(以下「PbPC」)を2種類に分類しています。

A.真正PbPC=「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っているとき」
B.不真正PbPC=「物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」

そして、
1.特許発明の技術的範囲=侵害判断における発明の権利範囲
2.発明の要旨=進歩性の判断などにおける発明の範囲
の両方に関し、上記A、Bのそれぞれについて、以下のように判示しました。

《1.特許発明の技術的範囲=侵害判断における発明の権利範囲》
A.真正PbPC:その技術的範囲は,特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと解釈され,確定される
B.不真正PbPC:その技術的範囲は,クレームに記載された製造方法によって製造された物に限定される

《2.発明の要旨=進歩性の判断などにおける発明の範囲》
A.真正PbPC:その発明の要旨は,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと認定される
B.不真正PbPC:クレームに記載された製造方法により製造された物に限定して認定される

さて、今回の大合議判決で示された規範は、従来の通説とどのような関係になっているのでしょうか。調べ始めましたが、どうもすっきりとしません。
ここではまず、「特許請求の範囲の記載要件として、どのような場合にプロダクト・バイ・プロセス・クレームとする記述がゆるされるのか」について見ていきます。

たまたま、パテント誌(パテント2011 Vol.64 No.15)にプロダクト・バイ・プロセス・クレームについての考察」という記事が掲載されていたので、この論説も参照します。

上記記事の89ページ左欄で「物質特許制度及び多項制に関する運用基準」(昭和50年10月特許庁策定)が参照され、
『化合物名,化学構造式又は性質のみで十分特定できないときは,更に製造方法を加えることによって特定できる場合に限り,特定手段の一部として製造方法を示してもよいとされた。』
という内容を紹介しています。あたかも、「真正PbPCでないかぎり、特許請求の範囲に製造方法での特定をしてはならない」と言っているようです。
しかしこの基準は、平成6年法改正前の基準です。上記記事では86ページで
『特許請求の範囲の記載要件に関する改正を含む平成6 年の特許法改正(平成7年7月1日施行)により,PBPクレームに対する許容性は大きくなったといわれており,実務を通じて得られた印象としてもPBPクレームを包含する出願が年々増加してきているように見受けられる。』
とあるように、平成6年改正後は特許請求の範囲の記載要件が緩和されました。そこで、現行の特許審査基準(記載要件編の15ページ)を調べてみました。
『2.2.2 第36条第6項第2号
2.2.2.4 請求項が機能・特性等による表現又は製造方法によって生産物を特定しようとする表現を含む場合
(2) 請求項が製造方法によって生産物を特定しようとする表現を含む場合。
①留意が必要な点
()発明の対象となる物の構成を、製造方法と無関係に、物性等により直接的に特定することが、不可能、困難、あるいは何らかの意味で不適切(例えば、不可能でも困難でもないものの、理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるときは、その物の製造方法によって物自体を特定することができる(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)。
(参考:東京高判平14.06.11(平成11(行ケ)437 異議決定取消請求事件「光ディスク用ポリカーボネート形成材料」))』

あれっ、「真正PbPC」のときは記載を許す」とありますが、不真正PbPCの場合に許されるのかどうかがこれではわかりません。
それに、調べたところ、平成11(行ケ)437 異議決定取消請求事件の対象となる特許は、昭和62年年7月29日特許出願であって、平成6年改正前の出願でした。現行特許法の記載要件の説明に用いるのであればその旨の注意が必要です。

平成6年法改正直後の特許庁の説明は、上記のような説明ではなかったはずです。
当時出版された特許庁の指針(平成6年改正法での明細書記載要件)は、本日は手許にないので参照できません。そこで、吉藤著「特許法概説」第12版(1997年12月)を参照しました。その287ページによると、
『(2)製法による物の特定を含む請求項(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)について
生産物、その製造方法によって特定しようとする記載を含む請求項の場合にも、35条6項2号の趣旨を踏まえると、単に製造方法によって物を特定しようとする記載があると言うことのみをもって36条6項2号に違反することは適切でない。
ただし、このような記載がある結果、特許を受けようとする発明を出願時の当業者が明確に把握できないことになる場合は、36条6項2号違反となる。特に、製造方法により生産物を特定しようとする記載がある場合は、発明の外延が不明確な場合に該当するおそれがあるので、注意する必要がある。』
この本のこの部分は、熊谷健一氏が特許庁の指針を丸写しで補注していたはずです。
つまり、平成6年法改正直後は、特許庁は以上のような指針を示していたのです。それがそのまま当時の審査基準に反映されていたと思います。
真正PbPCであろうが不真正PbPCであろうが、記載が不明確にならない限りは記載要件違反にならない、というスタンスでした。
現行の審査基準がなぜ、「真正PbPCならば許す」とのみ記述し、不真正PbPCの場合について言及を避けているのか、その点は不明です。

それでは今回の知財高裁大合議判決は、特許請求の範囲の記載要件についてどのように判断しているのでしょうか。
判決の要旨の2ページには、
『もっとも,本件のような「物の発明」の場合,特許請求の範囲は,物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときには,発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした特許法1条等の趣旨に照らして,その物の製造方法によって物を特定することも許され,特許法36条6項2号にも反しないと解される。』
と記載され、ここでも、「真正PbPCならば特許法36条6項2号にも反しない」という意味合いで記述されています。不真正PbPCの場合は?
知財高裁は、「2 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものかについて」の中で、「不真正PbPCならば特許法36条6項2号に反する」とは一言も言っていません。そうとすると、知財高裁のスタンスは、「真正か不真正かにかかわらず、PbPCは特許法36条6項2号に反しない」ということなのでしょう。
しかし、「反しない」とも言っておらず、現行審査基準と同じように言及を避けていますね。何なんでしょうか。

さて、以上の準備を行った上で、次回は大合議判決の「プロダクト・バイ・プロセス・クレームの技術的範囲」「プロダクト・バイ・プロセス・クレームの要旨の認定」について検討します。

p.s. 4/11 平成7年10月発行の「解説 平成6年改正特許法の運用」を確認した結果、その42ページに、上記吉藤著「特許法概説」第12版(1997年12月)287ページの記載と同じ記載が掲載されていることを確認しました。
コメント (1)
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