弁理士の日々

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政府系金融機関の民営化、与謝野氏が「間違いだった」

2009-03-15 20:22:01 | 歴史・社会
政府系金融機関の民営化、与謝野氏が「間違いだった」
2009年3月10日(火)22:57
「与謝野財務・金融相は10日の参院予算委員会で、小泉内閣時代に政府系金融機関の統廃合や民営化を進めた政策金融改革について、「(改革)当時は世界が順調に成長していくという前提の経済学で、世界が同時に不況になることをまったく想定していなかった。間違いだった」と述べ、改革に誤りがあったとの認識を示した。自民党の西田昌司氏の質問に答えた。
 政策金融改革では小泉政権時代の05年、八つの政府系機関の統廃合などを閣議決定。08年10月、国民生活金融公庫など4機関が統合して日本政策金融公庫が発足した。」

与謝野さんがとうとう逆襲に出てきたのでしょうか。
政府系金融機関の統廃合に関連して、小泉政権の竹中平蔵氏と高橋洋一氏の陣営 vs 与謝野馨氏のバトルについては、このブログで1年ちょっと前に書いてきました。高橋洋一氏と埋蔵金高橋洋一氏と小泉構造改革(2)などです。

政府系金融機関というのは、そのトップが高級官僚の天下り先としてもっとも価値のあるものでした。そのため、8つもの政府系金融機関が乱立していました。

2005年9月の郵政選挙で小泉与党が大勝します。
高橋洋一氏は竹中さんから「熱の冷めないうちに政策金融をやろう」と言われ、わずか二ヶ月で案を仕上げます。
どの国にも政策金融機関はありますが、ひとつくらいです。だから「ほとんど民営化して最後に一つでも残ればいい」という方針を出したところ、財務省と経産省の逆鱗に触れます。
高橋氏と与謝野氏との対立のきっかけはこのときからです。経済財政諮問会議で高橋氏が廃止を主張すると、与謝野氏から「財務省の了解を得ているか」聞かれ、高橋氏が「当然していません。これから戦うんです」といったら、「それじゃ、だめだね」と。
与謝野馨氏は、「財務省の守護神」だったそうです。

しかし小泉総理と竹中さんの力で押し切ったので、財務省も経産省も最後は手も足も出なかった。ある雑誌に某財務省高官のコメントとして「高橋は3回殺しても殺し足りない」という談話が載ったそうです。


高橋氏は、小泉政権では竹中平蔵氏とのコンビで存分に力を発揮しました。
しかし安倍政権時代、内閣改造で与謝野氏が官房長官になると、高橋氏は経済社会総合研究所に出向を命じられます。高橋氏の当時の職場は、研究所の倉庫だったところに机を置かれ、財務省の“社史編纂”のようなことをやらされていたそうです。その後、高橋氏は財務省を辞め、東洋大学の教授に就任しました。


今になって、上述のニュースのように、与謝野財務・金融相は、小泉内閣時代に政府系金融機関の統廃合や民営化を進めた政策金融改革について、改革に誤りがあったとの認識を示しました。
私の印象では、政府系金融機関の数を減らしたことは問題にはならないはずです。政府系金融機関を一つだけ持っていれば、必要な政策はその金融機関が行えばいいのです。金融機関の数が多くないと対応できないという主張はよくわかりません。

ぜひここは、高橋洋一氏に登場願い、与謝野 vs 高橋のバトルを再開して欲しいものです。


なお、現政権が財源として特にあてにしている「霞が関の埋蔵金」、その名付け親が実は与謝野馨氏でした。
2007年11月、与謝野馨・前官房長官が会長を務める自民党財政改革研究会が出した報告書に“特別会計の余剰金の話をしている人がいるが、埋蔵金伝説のようなものだ”と書いたのが最初です。これに逆に奮起した高橋洋一氏が夜な夜な資料を調べ、その埋蔵金を発掘したのです。
これ以降、「埋蔵金」というフレーズの新鮮さが受け、すっかり熟語として定着しました。
コメント (1)
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