弁理士の日々

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知財管理誌「補正・訂正に関する内容的制限が緩和された事例(「除くクレーム事件」以降)」

2009-03-10 21:32:08 | 知的財産権
知財管理誌2009年No.2に、「補正・訂正に関する内容的制限が緩和された事例(「除くクレーム事件」以降)」という記事が掲載されています。今回、この記事を読む機会がありました。

「除くクレーム事件」知財高裁大合議判決では、補正・訂正が「願書に添付した明細書等に記載した事項の範囲内」でなされているか否かについての判断基準が示されました。もう1回復習しましょう。
(1) 補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。(41ページ5行)

(2) 付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり,実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。(41ページ15行)

(3) 明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく,このような訂正も,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。(43ページ8行)
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上記(1) で裁判規範を定立し、その具体的な表れを(2) と(3) で示しています。(2) は「明細書等に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合」とあるように、現在の審査基準を含めた実務の実態を表しています。そして(3) が、現在の審査実務を超えて、補正可能範囲を広げたものと私が解釈している部分です。


知財管理誌によると、「除くクレーム事件」以降、「保形性を有する衣服」事件の判決がなされたといいます。平20行ケ10053です。
こちらの事件では、無効審判において特許請求の範囲の訂正を行い、その訂正が新規事項の追加であるとして審決で却下されました。今回の訂正は「除くクレーム」ではなく、特許請求の範囲についての通常の訂正です。
審決取消訴訟において、原告である特許権者は、「訂正は出願当初明細書等の記載から自明である」と主張しました。

裁判所は、まず一般論として、
「訂正が,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができ,特許請求の範囲の減縮を目的として,特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において,付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができる」
と説示しました。「除くクレーム事件」の上記(1) と(2) です。
ということは、「除くクレーム事件」の裁判規範に準拠しているといっても、具体的には現行の審査基準の判断手法と何ら変わらないということになります。

実際、「訂正は適法である」との結論を導くに当たり、「当業者であれば、本件明細書の記載から自明である事項として認識することができる」としており、現行の審査基準と変わるところがありません。

以上からすると、上記「保形性を有する衣服」事件の意味するところは、「除くクレーム事件」で示された裁判規範が、「除くクレーム」ではない通常の補正についても適用されることが明示された、という点でしょうか。
上記(3) 規範が用いられるか否かについては不明なままです。


ところで、知財管理誌の記事では、さらに以下の事項を述べています。
「(除くクレーム事件の)裁判所の判断には、違和感が残る。・・・・・裁判所の理論に従うと、補正(訂正)前と後とでクレームされた技術的事項の作用効果が同じであるならば、技術的事項の外縁を定義する発明特定事項の記載が明細書等になくとも、出願人・権利者がそれを自由に追加できることとなり、あまりに補正(訂正)の自由度が高くなってしまうからである。例えば明細書等に「1<x<100」の数値範囲が記載されていたときに、補正(訂正)後の作用効果が同じであれば、いかなる時でも、また補正(訂正)により追加する新たな数値範囲の値(発明特定事項)が明細書等に記載されていなくても、出願人・権利者は、その数値範囲を自由に狭めること(「点」で一部を除くこと、および「範囲」で一部を除くことのいずれも)が可能となるかのように読め、あまりに現状の実務からかけ離れてしまうからである。」

そう、私もこの判決からそのように読めてしまいます(こちらこちら)。

知財管理誌の記事では、このように読めてしまう判決は問題であるとします。
「そもそも、「除くクレーム」が適法であることの解釈として、今回の大合議判決のような解釈に無理がある。「除くクレーム」は原則として新規事項追加であると認めた上で、一定条件を課した上で例外的に認めることを特許法上で規定すべきである。」
とのご意見です。

さて、知財高裁大合議判決が最高裁でも認められて、補正可能範囲が実質的に広がっていくのか、そうでないのか、今後の動向を見守るしかありません。
コメント (16)
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