日記

お遍路情報と、日記を綴っております。

大仕事に突入

2015-01-26 22:21:41 | 日記

 

 

 中国野菜のターツァイ、知人からもらった。とても上手にできている。調理すると、見た目より柔らかく、味は特に癖もなく、濃い緑がいかにもビタミンAが豊富ですよとアピールしている。私はこの野菜が好きなので、数年前、種を買ってきて蒔いたことがある。まったくできなかった。ポツポツ芽を出したこもいたけれど、大きく成長しなかった。無残な失敗に終わったので、これっきりつくってはいない。この野菜、スーパーではめったにみないし、産直市でたまに好きな農家さんが売りに出す程度なので、口にはいる機会は多くない。

 

 このあいだ、朝日新聞のお料理記事をみていたら、甘酒カレーが載っていた。冷蔵庫にちょうど甘酒があるし、ひとつやってみよう。お味は、甘い。甘すぎた。次回は甘酒は控えめにしよう。

 いよいよ今日から忙しくなった。年末から打診のあった長期滞在のお客様が泊まることに決定した。市民会館新築工事である。冬の間はまったく暇なので、格安料金で引き受けた。向こうさんも厳しいらしく、金額の合うところを探していたようだ。こちらも厳しいのは同じ、不景気なんだよなあ。引き受けた以上、体調管理を怠らず、最期までやりとげなくてはいけない。


雪山に登る

2015-01-21 21:31:30 | 日記

 今シーズン、雪山の皮切りは伯耆大山である。ほぼ毎年登っている。天気予報は日本海側で大雪注意報である。この間の愛媛国道192号線の大雪立ち往生のことがある。行ったものの、通行止めで帰れなくなったらどうしよう。しかし、これくらいのことで、中止はありえない。行ってみなければ天気のことはわからない。朝起きてテントが雪に埋もれているかも。

 実際は、天気は小雪程度で、良くはないけれどまあまあだった。

 うちの会はいつも、麓の下山駐車場でテント泊する。

 レディーステントとメンズテント、今回の山行は女性6名、男性4名である。夕食が終われば何もすることはない。翌日は4時半起床である。夜中、「あ、車が一台入ってきたな」とか、「誰かがトイレに行った」とか、寝息と鼾は始まるし、おまけにどこかのチャイムが聞こえたり、その夜の一部始終は私が一番知っている、そんな気分だった。やはり、テントはひとりで寝るのがいいかもしれない。

 六合目の避難小屋

 ガスで視界が悪い。吹雪でなくて本当によかった。尾根では、いつもながら、強風だった。

 さて、次の山は徳島からの三嶺である。祖谷の名頃は、本物と見間違えそうな人形をあちこちにおいてあるので有名だが、そこで観光している3人の中国人の親子連れがいてビックリ。テレビでいってたの本当だ。祖谷に、最近外国人観光客が多いのだそうだ。呼び込みに成功しているんだ。彼らは流暢に英語で話しかけてきた。私が中国語を話すととても喜んでくれた。私たちが、海外旅行先で、現地人に日本語で話しかけられると、とてもうれしいのと同じだ。もう少しおしゃべりしたかったが時間がない。家を出たのが遅かった。登山開始は11時になった。登頂は無理かな。

 向こうに見えるは剣山。漸く樹林帯を抜け、素晴らしい景色が展望できた。今日の相棒はH子さん。

 遮るものがなくなって見晴らしがいいのは良いが、斜面はつるんとして、油断したら引っかかるものなく、かなり落ちるぞ。尾根に向かって、先ほどすれ違った下山の二人のトレースが見える。だんだん風はきつくなって、雪が舞いあがって目に入る。冷たくて開けていられない。前方の雪面に亀裂が見えた。ギョッ、あれは雪崩れる場所かな。これはヤバい、撤退することにした。ここまで三時間半かかっている。無理は禁物。

 この間の晴天の日曜日は二ツ岳だ。登山口に7時過ぎについたが、ここでハプニング。道路に浸み出した水が凍ってツルツル、タイヤは空回りして車が動かない。メンバー四人で、ピッケルで氷を割ったり傷をつけたり。三人が車を押して、なんとか脱出した。谷に車ごと落下しなくてよかった。

 空は真っ青、ポカポカ陽気の小春日和、この日の登山は鯛の頭で終了。

 

 

 

 

 

 


孫の七五三

2015-01-16 19:52:58 | 日記

 五日前、お兄ちゃんのほうの孫にインフルエンザの診断が下った。翌日、弟孫にもうつった。今週は、孫たちはずっと家で安静である。家のなかにはウィルスがウジャウジャいるはずであるから、私は感染しないように、ウガイとマスク着用を必須としている。子供たちの母親が、医者でもらってきたタミフルをわけてもらって、予防として毎日飲んでいる。こういう薬を飲むのはちょっと心配なんだけど。

 そしてなんと、今日は夫まで風邪に倒れた。医者にみてもらったら、インフルエンザではないということであった。インフルと普通の風邪、我が家はウィルスとばい菌が蔓延している。

 去年11月のある日、ドイツの家族が、子供たちの七五三の儀式を平安神宮で行った。衣冠束帯姿の男性はおじいちゃんである。彼は、日本と中国の文化にとても興味をもっている。この衣装が欲しかったらしい。どうせ作るなら着せてもらったら?ということで、孫たちの七五三にあわせて着ることにしたのである。子供の衣装も借り物ではなく、誂えである。お値段は聞かなかったが、相当の物だと思う。

 七五三の行事は、うちのほうの田舎ではあまり盛んでない。秋はなんといっても祭りだ。子供の頃、女の子はみな着物を着せてもらってお宮さんにお参りした。11月15日に晴れ着を着て参拝するなんて知らなかった。七五三は子供の成長を祝う儀式であるが、もともとは宮中でしかおこなわれてなかったらしい。江戸時代の終わはりごろから武家や庶民にひろまった。とはいえ、宮中の装束を着て参拝する人は珍しかろう。儀式が終わって、神殿から出て、玉砂利を歩いて戻るとき、やはり観光客の注目の的となった。子供の出で立ち、連れ添っている人たちが外国人であること、日本の家族も着物で正装、振り返って見ない人はいない。仮装行列の雰囲気である。

 「ワァー、かわいい! 日本人でもこんなにしないよね!」

と見物人。確かに二人の子供たちはとても可愛かった。特に女の子、凪子は着物を着せてもらって大喜び、「可愛い」の言葉を浴びて得意そう。

 装束屋さん、黒田さんとかおっしゃった。このような衣装の専門家だそうだ。二人で着付けしてくださった。

 本物の檜扇、すごい!初めて見た。凪子はおもちゃと思っている。

 ホテルは京都博物館の前、外国人がよく泊まる、「ハイアットリージェンシー京都」をとってくれていた。

 ちょうど鳥獣戯画を展示している。式の翌日、せっかく目の前にあるんだから行かなくっちゃね、と思ったが、開館1時間前既に300メートルの行列ができている。

 すぐ近くに三十三間堂がある。先にそちらを見学して後で博物館にこよう。

 2時間後、戻ってみると、行列はないものの、「200分待ち」と張り紙がしてある。諦めた、ゆっくり四国に帰ろう。夫と私は、荷物がたくさんあったので車できていた。風邪で不調の三女を関空まで送り届けて帰途についたが、やはりナビのない私の車は、神戸の町中で車線を間違えてロスする。

 自宅に帰りついてほっと安堵の息をつく。その年最大のイベントが終わった。私たちは呼ばれていくだけだが、コンセルジュがいるとはいえ、娘は一年以上も前から調査や準備にたいへんだったろう。お疲れ様。

 

 


甘酒をつくる

2015-01-13 20:48:50 | 日記

 以前から少し気になっていた発酵食品、ついに甘酒に挑戦。塩麹は一年くらい前から作っている。冬の時期は、常温ではどうも発酵しないようだ。

 さて、麹がはいっている紙袋の手順でやってみる。米を洗って分量の水をいれ、鍋を火にかけ粥をつくる。60度まで水温を下げる。「温度計、温度計・・・」アレッ? あるあずの温度計が見つからない。仕方ない、昔の人は自分の指の感覚で判断したのだ。なくてもできる。麹をぱらぱらと解しながらいれる。鍋を毛布にくるんでこたつに入れる。

 ウェイ(ネコ)も甘酒といっしょに暖まっている。

 そして7時間後・・・、掬って舐めてみると甘酒だ!

 成功!最後の仕上げに火をとおす。

思ったより簡単にできた。

お味見して、まあこんなもんだろう。

 私がときたまランチやお茶をしにいくカフェが近くにある。「花麹」というお名前である。名のとおり、麹でつくったお菓子や飲み物や、有機栽培の食材をつかったお料理をだしている。スイーツは、麹の甘味だけなので、普通のケーキのような甘さはないし、ランチのおかずはほとんど砂糖を使わないので、口に合わないとおっしゃるひともいるだろう。

 私はここでごはんをいただくと、いつも思う。毎日このような食べ物をからだに入れると、体質が改善されて、内側からきれいで健康になるのだろうなと。しかし、健康食品や有機栽培の食品は値段が高い。でも、食べる量的には半分くらいでいい。玄米ごはんは、茶碗軽く一膳で栄養が充分に摂れる。胃袋が拡張した人には辛いもしれない。野菜は肉や魚より断然安価だから、高価な調味料や食材を使ったとしても、野菜中心に、少なく食べれば食費に変動はないと思う。

 私の食生活は、甘いの大好き、いつも満腹するまで胃袋に詰め込む。年取って、肉はあまり欲しなくなった。炊きたての白いご飯は本当においしくて、茶碗二膳は食べてしまう。おかずは甘辛く味付けした方がおいしいし・・・。毎年、特定健康診断とかいう、簡単な検査は受けているが、結果に何も問題はないので、生活習慣は悪くない。私の友人はタバコを吸わないのに肺がんに罹った。死ぬまでタバコを吸い続ける高齢者がいる。どんなにからだに気を付けても病気になる人はなる、無頓着なひとが案外丈夫で長生きする、ヒトのカラダは理屈ではわからないところがある。

 自分ひとりの献立なら「花麹」のようなごはんもできるかもしれない。しかし家族の食生活の根本的改善は、無理かなと思う。我慢できないだろうなあ。せいぜい野菜を多めに食べさせることぐらいかな。

 「花麹」には三人のちいさなお子さんがいる。子供の頃から薄味に慣れていること、とてもいいなと思う。食事の管理をされている奥様に感心する。

 12月のある日、このお店で地元出身の若手歌手のライブがあった。ランチはビュッフェスタイルだった。玄米ごはん、ヒジキの煮物、サラダ、肉もどきの大豆製品のから揚げ、ベトナムのフォー、ポタージュスープ、など。あれもこれも食べたくて、お腹がいっぱいになった。そうそう、肝腎の歌は・・・、やはりプロです。上手でした。生演奏はいいな。ただ、お客さん少なかったんだけど、ギャラは払えたんだろうか、なんて心配する。

 話しかわって、大根をたくさんいただいたので、「干してみよう」と太めに切って屋上で乾かした。カラカラに乾くまで相当時間かかる。そういえば、大根って水ばかりだよね。一回目は失敗した。たらたら乾かしていたら、ベトベトになった。写真の大根、5本は切ったはずなんだけどこんなに減ってしまった。水で戻すときっとふえるんだろうけど。


中国語学科は多趣味

2015-01-06 22:00:49 | 日記

 12月末、中国語を勉強している仲間の交流会があった。先生は50代後半の女性、香川大学で中国語を教えておられるほか、企業や一般人向けの講座も持っておられる。私も仲間に入れてもらったこの交流会の出席者は、30代から70代という御歳、お仕事も様々で、総勢15人が集まった。

 午後2時ごろから、先生の指導の下、肉まん、餃子、花巻作りが始まった。市販のものとは一味違う、手作りの素朴な美味しさがある。皆が揃うのは午後7時くらいだが、肉まんが蒸しあがり、餃子が茹で上がるはしからつまみ食いで、始まりの乾杯のときには既にお腹いっぱい。テーブルには、食べ料として、各自が買ってきたもの、手作りしてきたものなどが処狭しと並ぶ。私はいつものおはぎを作って行った。アップルパイを作ってきた人、多種の漬物を作ってきた人、から揚げ、焼き鳥、シュークリームなど買ってきた人、食べきれないほどのご馳走である。会費は場所代の500円のみ。気さくな集まりである。

 私はクラスが違うので、ほとんどの方が初対面だった。皆さん多趣味で、かつ奥深く追及されている。「ヘぇー、凄いですね」と感心することしきり。中国語をやろうって人は、それ以前に好奇心旺盛で多趣味なのか。

 ところで私はクラスメイトと二胡でデュエットをした。私がポロッと間違えて台無しにしてしまった。申し訳ありません。加えて、ソロでは音程を外すし、アナがあったらはいりたい心境だった。失敗を教訓として、練習に精進しよう。