山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

‘12年 北海道くるま旅くらしレポート <40回>

2012-08-10 04:31:57 | くるま旅くらしの話

【昨日(8月9日)のレポート】      

≪行程≫                                                                 

別海町ふれあいキャンプ場に滞在  (日中根室車石まで観光往復)   <147km>

≪レポート≫

 昨日と同じような霧の深い朝だった。それでも少し暖かく感ずるのは救いの様な気がした。10kmほどの朝の散歩を終えて、朝食を済ます頃には時折雲が薄くなって、少し明るさを増したようなので、今日は気分転換に根室まで行ってみることにした。根室はここからは比較的近いし、花咲港近くに車石という名所があると聞いている。そこにはまだ一度も行っていない。それに花咲ガニも今は漁の最盛期の様だし、又うまくゆけば新サンマも手に入るかもしれない。もし天気が回復したら納沙布岬やその近くの北方原生花園も覗いてみたい。とまあ、いろいろ目的があるのである。

 9時半頃出発。先ずは本別海に向かう。別海町のキャンプ場を訪れるようになって10年以上も経っているのに、まだ一度も行ったことが無いこのエリアに寄りながら行くことにした。本別海は西別川の河口付近にあって、元々別海町はここから出発しているのである。江戸時代からアイヌの人たちとの交易のあった場所で、鮭の捕獲では献上鮭の獲れる場所としても名のある場所だったとか。現在の役場のあるエリアは1933年までは西別と呼ばれていた所であり、それまでは本別海の方が中心だったとのこと。キャンプ場からは別海の市街地を通り抜け、海の方に向かって造られている道路を両側に幾つかの牧場と樹林を見ながら15kmほど走ると、本別海を通っている国道244にぶつかった。直ぐ傍が別海港である。港の中をざっと走って、国道の方へ出ると、道脇に「別海村発祥之地」と刻まれた碑が経っていた。恐らくこの辺りが往時の中心街だったのであろうか。現在は別海町の役場のある市街地に比べれば居住者はかなり少ないようである。ここは内陸よりも更に大粒の霧が立ち込め、車の外に出ると濡れるほどだった。今日の根室地方は、やはり青空を期待するのは無理の様である。

    

別海町本別海に建つ「別海村発祥之地」の碑。がっしりとした石組の礎石に建つ碑は、先人の労苦を静かに誇らしく讃えているように見えた。

 霧雨の中を左手に風連湖を囲む樹林を見ながら厚床に向かう。途中国道243号線に合流し、少し行くと厚床で、そこからは国道44号線を左に行けば根室に向かうことになる。根室市エリアに入って、風連湖の傍に道の駅:スワン44ねむろがある。ここは何度も訪れている場所だ。少し休憩して、一息入れてから根室市街に向かう。ずっと霧の中の走行で、遠くは霞んでしか見えない。昨日よりもひどい天の機嫌の様だ。市街地に入り、根室駅への入り口を通過して、先ずは花咲港の方へ行くことにした。花咲の方へはまだ一度も行ったことが無い。

 根室線の踏切を渡って少し走ると、花咲港へ行く手前に「花咲灯台・車石」への案内板があった。それに従って2kmほど行くとそこが目的地だった。霧の中に小さな灯台が霞んでいた。車を降りて灯台の傍の道を行くと、そこは切り立った断崖となっており、霧の中に白波が断崖を目指してぶち当たって砕けていた。凄まじい景観である。何が車石なのだろうと見ていたのだが、何しろ霧がひどくて霞んでよく見えないのである。案内板の説明に、柱状節理のことが書かれていたので、そうか、層雲峡などの岩肌と同じあれなのかと思った。よく見ると確かに同じような岩石が崖をつくっていた。所々それが円状になっているのが判り、なるほどこれが車石の由来なのかと思った。霧が晴れて日が輝いていたら、この景観は豪快に映るのになあ、と天気を恨めしく思った。

   

切り立った崖の上から眼下に見下ろす車石の景観。霧がかかっており、よく見えないのが残念である。

 灯台の立つ断崖の右下にはスケールの大きな花咲港が広がっていた。半島の反対側には根室港があり、元々はそちらの方が中心あったようだけど、現在ではこの花咲港の方が発展している様である。北方領土の返還が実現すれば、根室市の存在はもっと大きく浮かび上がるだろうし、そうなればこの港も益々大きくなってゆくことであろう。しかし、国情は少しも前進していない様である。大事を唱えながら足を引っ張り合っての政争に明け暮れている今の政治からは、根室市の発展を期待するのは難しいなと思った。

   

霧にかすむ花咲灯台。思ったよりも小さな灯台だったけど、霧の多いこの地では船の航行には不可欠の存在であるに違いない。

 崖上の散策路の脇には、馴染みの野草たちが楚々たる花を咲かせていた。ひと際ツリガネニンジンの濃紺の花が目立った。カワラなでしこやチシマフウロの花の風情も、心を慰めてくれるものがある。マルバダケフキ、ミシマサイコ、ヤマハハコ、ナンテンハギ、シオガマ等など、どの花も鮮明な色をしているのは、この厳しい環境の中での生命の逞しさを表現している姿なのだなと思った。

 車に戻り、昼食は根室駅付近でと考えて、駅近くに車を留めて店を探したのだったが、どうも適当な店が見つからない。カニを食べさせてくれる店もあるけど、カニだけなのである。ご飯や魚の食べられる所はないかと探したのだが、見当たらなかった。外に行ってみようかとも思ったけど、今日は何やら街のお祭りでもあるらしく、賑やかに飾りを付けた車が何台も街角に止まっていて、笛太鼓の音を鳴らしており、なんだか落ち着かないので動くのは止め、カニを買って基地に戻ることにした。カニは相棒の好物であり、自分としては酒の肴にほんの一口あれば充分である。しかし、腹が空いたので、それは途中の道の駅で満たすことにした。帰途も相変わらずの霧雨の世界だった。

 キャンプ場に戻り、一休みの後風呂へ。たっぷり汗を流して車に戻って、カニづくしの夕食。このように書くと豪勢のようだけど実際は質素。久しぶりに150km近くを走り、程よく疲れて、そのまま寝床の中へ。深夜に目覚めて、レスリング女子の吉田君の金メダルを確認してからこれを書いているという次第。しかし、女子のレスリングというのは、サッカーとはまた違った、とんでもなく大した人材を揃えたものである。日本人は当分の間女類には脱帽を続けるしかない。オリンピックは明らかにそれを証明しているなと思った。

【今日(8/10)の予定】 

終日別海町ふれあいキャンプ場に滞在

コメント
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