shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

Living Without Friday / 山中千尋

2010-05-08 | Jazz
 ジャズの曲というのは殆どがスタンダード・ナンバーかジャズメン・オリジナルである。スタンダードの素晴らしさは今更言うまでもないが、かと言ってその数にも限りがあり、毎回毎回同じようなスタンダードばかり演るわけにもいかない。そこでオリジナル曲の登場となるのだが、正直言って心に残るようなメロディーは10曲中に1曲あれば良い方で、先日取り上げたミシェル・サダビィ盤のような超名曲に出会える確率は極端に低い。ジャズのオリジナル曲で多いのが、その場でテキトーにデッチ上げたようなテーマから各プレイヤー任せの一発勝負!みたいなノリでソロを回し、最後に又テーマに戻って終り、みたいなパターンだ。もしベニー・ゴルソン級の作曲家があと10人ぐらいいたら(←テナーはやめてね...笑)、ジャズはもっと親しみやすい音楽になっていただろう。
 スタンダードにも限度がある、オリジナルはハズレが多い、となると残るは他ジャンル曲のジャズ化しかない。以前このブログでも取り上げたアイク・ケベックやジョン・ピザレリなど掘り出し物も結構多く、クラシックやポップス、歌謡曲などの必殺のメロディーをジャズ・フォーマットで聴けるのが実に新鮮で面白い。そういえば「ジャズ代官」とか「ルパン・ジャズ」なんていうのもあったなぁ...(笑) これからもこの分野はライフワークの一つにしていきたいと思っているが、そんな私が目からウロコというか、思わず唸ってしまった屈指の名演が山中千尋のデビュー・アルバム「リヴィング・ウイズアウト・フライデイ」に収められた③「ア・サンド・シップ(砂の船)」だった。
 中島みゆきが'82年にリリースした傑作アルバム「寒水魚」に収められていた知る人ぞ知る隠れ名曲を見つけてくる彼女のセンスにも脱帽だが、何よりも感銘を受けたのは、潤んだようなピアノの音色でこの曲の髄を見事に引き出し、オリジナルとは又違った彼女独自の哀愁舞い散る世界を作り出していること。そのメロディーの歌わせ方は聴く者の心の琴線をビンビン震わせる絶妙なもので、原曲を知っていてもまるで彼女のオリジナル曲のように聞こえるところが本当に凄い。私の中ではレイ・ブライアント・トリオの「ゴールデン・イヤリングス」やミシェル・サダビィの「ブルー・サンセット」のような大名演と並んで “哀愁のピアノトリオ” の殿堂入りしているキラー・チューンだ。
 私的にはこの1曲だけでも “買い” なのだが、それ以外のトラックもハンパなく素晴らしい。アルバム冒頭を飾る①「ビヴァリー」は彼女のオリジナルだが、大海原の上をゆったりと飛ぶカモメのイラストが印象的なジャケットのイメージそのもののオープニングで、陽光降り注ぐ地中海の海辺のテラスで聴いているかのような開放的なサウンドが耳に心地良い。ブリリアントな午後(笑)にピッタリの “時が止まった感” が味わえる爽やかなナンバーだ。
 アントニオ・カルロス・ジョビンのボッサ・スタンダード②「イパネマの娘」はノーテンキな原曲を換骨堕胎したかのような大胆なアレンジがめちゃくちゃカッコ良く、音の粒立ちのハッキリしたメリハリの効いたピアノに緩急自在なドラムス(←女性です!)と骨太なベースが絡んでいくという硬派な演奏が楽しめる。こんなカッコ良い「イパネマ」には他ではちょっとお目にかかれない。
 アルバム・タイトル曲の④「リヴィング・ウイズアウト・フライデイ」は哀調の③から一転してスピード感抜群の現代的なピアノトリオ・ジャズが展開されており、トリオが一体となって疾走するようなガッツ溢れるダイナミックな演奏は実にスリリング。小柄で可愛らしい外見からは想像もつかないような彼女のハードボイルドな一面が窺い知れる1曲だ。
 リズム・セクションのレベルの高さが分かる⑤「クライ・ミー・ア・リヴァー」、軽やかなリズムに乗ってメロディアスにスイングする⑥「パブロズ・ワルツ」(←これ大好き!)、エキゾチックなメロディーに涙ちょちょぎれる⑦「バルカン・テイル」、静謐な空間で繰り広げられるインタープレイに聴き入ってしまう⑧「ステラ・バイ・スターライト」、テナーのプレイは苦手やけど作曲家としては素晴らしいウエイン・ショーターの曲をピアノトリオ・フォーマットで魅力的にスイングさせる⑨「ブラック・ナイル」、そしてラース・ヤンソンの⑩「インヴィジブル・フレンズ」でアルバムのクロージングを爽やかにキメるという、今時珍しい(←といってももう9年前の録音だが...)捨て曲ナシのアルバムなのだ。
 彼女はこのデビュー盤を含め、ピアノトリオに定評のある大阪のマイナー・レーベル澤野公房から3枚のアルバムを出した後、大メジャーのユニバーサルへと移籍して6枚のアルバムを出しているが、個人的にはノビノビしたスイング感が感じられる澤野時代の盤の方を愛聴している。特にこのデビュー・アルバムは “山中千尋を聴くならまずはこの1枚から” と自信を持ってオススメできる “メロディー良し、リズム良し、スイング良し” と、まさに言うことナシの1枚なのだ。

ア・サンド・シップ


中島みゆき「砂の船」