shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

Old Boyfriends / Claire Martin

2010-05-13 | Jazz Vocal
 ジャズの女性ヴォーカルというのはインストを受け持つバック・バンドのフォーマットによってかなり雰囲気が違ってくる。私はいくら好きなシンガーであっても、ストリングス・オーケストラをバックに切々と歌い上げるパターン(ジューン・クリスティーのキャピトル盤やクリス・コナーのアトランティック盤の内の何枚か)は苦手なので滅多に聴かない。大好きなアップテンポのものでも、どちらかというとビッグ・バンドを従えてバックの大音量に負けないようにダイナミックな歌唱を聴かせるタイプよりも、スモール・コンボをバックにジャジーにスイングするタイプの盤の方が好きで、そんな “クールに、軽やかに、粋にスイング” するジャズ・ヴォーカル愛聴盤の1枚がイギリスの美人ヴォーカリスト、クレア・マーティンの「オールド・ボーイフレンズ」だ。
 彼女は1992年にイギリスのリン・レーベルから「ザ・ウエイティング・ゲーム」でデビュー、いきなりザ・タイムズ誌から “レコード・オブ・ザ・イヤー” の1枚に選ばれ、翌93年リリースの 2nd アルバム「デヴィル・メイ・ケアー」で早くも “ファースト・レディ・オブ・UKジャズ” の地位を確立、その勢いに乗って94年にリリースしたのがこの「オールド・ボーイフレンズ」なのだ。
 このアルバムの一番の魅力はその圧倒的なスイング感にある。トロンボーンをフィーチャーしたカルテットが弾むようにスイングし、ハスキーな彼女のヴォーカルが冴えわたるという理想的な展開に涙ちょちょぎれる。美人女性ヴォーカル盤の鑑のようなジャケットも雰囲気抜群だ。しかもレーベルはイギリスの超高級オーディオ・メーカーのリンである。そうそう、リンと言えば忘れもしない280万円(!)のCDプレイヤー CD-12を聴かせてもらったことがあるのだが、全く不純物ゼロというか、それはもうどこまでも透明感溢れる美しい音だった。演奏の隅々まで透けて見えそうなそのサウンドはオーディオ的には究極と言えそうな感じ(←私的には同時に聴かせてもらったスチューダーのガッツ溢れる音の方が数段好きだが...)で、リンの音の魅力にハマった人は中々抜け出せないとのことで、オーディオ・マニアの間では “リン病” と呼ばれているらしい(笑) アカン、話がオゲレツな方へと逸れてしまった(>_<) 私はこのアルバムが大好きなので LP と CD の両方持っており、CD のカッティング・レベルがちょっと低いように思うけど、どちらもリンらしい整然としたサウンドだ。
 私がこのアルバムで断トツに好きなのが⑤「ムーン・レイ」だ。スイング時代にベニー・グッドマンと張り合うほどの人気を誇ったクラリネット奏者アーティー・ショウが作曲した心の琴線を揺さぶるマイナー調のメロディーを持った名曲だが、名花ヘレン・フォレストが歌ったこのスローなナンバーを大胆不敵なアレンジでオキテ破りの高速化、実にカッコ良いモダン・ジャズに仕上げているのだ。ワインディングを軽快に飛ばしていく小粋なフランス車(ルノー・アルピーヌとか...)を想わせるその疾走感溢れる演奏は圧巻で、フィリー・ジョーのような瀟洒なブラッシュが炸裂し、ポール・チェンバースみたいによく歌うベースがブンブン唸り、ウイントン・ケリーみたいなピアノが弾けまくり、モダンなジャズ・ヴォーカルの王道と言えるハスキー・ヴォイスが縦横無尽にスイングするという、まさに言うことナシのキラー・チューン。これ以上の名演があったら教えを乞いたいくらいだ。
 ⑤以外ではギターが加わったクインテットでゆったりとスイングする③「パートナーズ・イン・クライム」や歌心溢れるボントロ(←初心者の頃、すしネタのことやと思ってた...笑)とミディアムでスイングするピアノに心を奪われる④「チェイスド・アウト」、モダンなジャズ・ヴォーカルの醍醐味が楽しめる急速調ナンバー⑦「アウト・オブ・コンチネンタル・マインド」、彼女のハスキーな声質が曲想とベストなマッチングを見せる⑨「ザ・ホイーラーズ・アンド・ディーラーズ」,ガーシュウィンの「我が恋はここに」を裏返しにしたような旋律をイギリス流に料理した⑪「ジェントルマン・フレンド」など、聴き所も満載だ。
 クレア・マーティンの数多いアルバムの中でも最もスインギーでジャジーなこのアルバムはバックのインストと彼女のヴォーカルが実に高い次元でバランスされており、彼女の一番の魅力であるリズムへの抜群なノリやドライヴ感溢れるモダンな歌い方が堪能できる、90年代ジャズ・ヴォーカルを代表する1枚だ。

ムーン・レイ