転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



昨日、寺島隆吉『英語教育が亡びるとき』(明石書店)を買った。
この本には実は12月31日に梅田の某書店で出会って、
店頭で目次を見てとても心惹かれたのだが、
旅行中だったし荷物が増えるのがいやで、即座には購入しなかったのだ。
(ちなみにその本屋の店先で立ち読みしていたとき、別行動中だった主人が私にメールで
『(三十三間堂での目撃に続き、きょうも)また手を洗わないオッサンをハケーン。しかも
などとわけのわからないことを、わざわざ知らせてきたものだった(--#)。
近くにいた娘にメールの文面を見せてやったら、
「えっ、同じヒト?」
と素っ頓狂なことを彼女が言い、
「京都と大阪だぞ。んなワケねーだろ!!」
と私は呆れた(--#)。)

この本は、世間で信じられている、
「小さい頃から英語をやらなかったから日本人の英語力は貧弱で使い物にならない」
「英語の先生なんだから英語で授業をするのは当然でしょう」
という俗説に、英語教育の各種現場を経験済みの、専門家の立場から反論したものだ。
新高等学校学習指導要領で唱えられている「英語の授業を英語で行う」という部分が、
一般の高校生にとっては、どれほど無意味な、
それどころか、どれほど有害な考え方であるかが検証されており、
またロシアの心理学者レフ·セミョノヴィチ·ヴィゴツキーの近年の論文から、
「母語と外国語の習得過程は逆ベクトル」であるという説得力のある箇所を引用し、
読解や文法を二の次にして「せめて日常会話くらいは英語でできるように」、
というのが、外国語習得過程の本来のあり方に逆らった無茶な発想であることも、
大変きめ細かく述べられている。

さらに、英語を母語とする人がフランス語を習得するのは比較的早いが、
同等の時間数ではロシア語習得は無理で、
日本語となると更に長い学習時間を要する、という事実から、
日本語と英語の言語的な「距離」がかなり遠いことがデータ的に裏付けられており
(日本語より中国語や韓国語のほうが、英語への「距離」はもう少し近い)、
したがって、TOEFLなどにおけるアジア諸外国の実績と比較して、
「日本人に英語力がないのは、英語教育が間違っているから」
と結論づけるのは早計であることも、この本を読めばよくわかる。

私も著者の主張に概ね賛成で、外国語として英語に取り組むときには、
まず読解、それには土台となる「文法」の知識をないがしろには出来ないこと、
次いで英語作文の力を時間をかけて養うのが実用面からも有用であること、
これらは同等以上のことがまず母語(日本語)で出来てから始めるのが良いということ、
読解と作文の力さえ高ければ、英語の口頭表現力はあとから磨けばついて来ること、
等々を、日頃から考えていたので、全く、溜飲の下がる思いだった。
私自身の考えを言うなら、更に理想的には、
日本語と英語の発想の違いも、折に触れて学習すべきだと思うのだが、
こういうことでさえ、対立概念としての日本語が最低限身についていないと始められない。
その意味でも私は、幼児や小学校低学年での英語学習には意義をほとんど見出していない。
むしろ、母語による抽象的思考力が高まる十代前半以降、
具体的には中学入学時、または小学校高学年くらいが、
英語学習の第一歩には適した時期ではないかというのが私の考えだ。

しかし、勿論、山の頂に至る道はたったひとつではないし、
人の能力や適性にも違いがあり、また登りたい山の種類も人によって違うものだろう、
ということも私は想像できる。
母語の習得過程同様に、理屈抜きで英語漬けになるのが有効だ、
天気や買い物の話題で気軽に雑談できる英語力がまず必要だ、
と信じる人が、その道を選択する自由はあって良いだろう。
たがその実現を、公立学校の英語の授業に対して求めるのはかなり無理がある。
私は昔ながらの40人以上が、「学級活動」の場としては適切だという感覚を持っているが、
それは、語学、とくに口頭表現力を磨くときのサイズとして考えるならば不適切だと思う。
先生と1対1で逃げ場もなくイジメ抜かれる(笑)のが、「慣れ」優先の語学習得には最適だ。
生徒が教室に20人もいたら、他の人たちが喋っているときにサボるから、
何時間かけたって「普通の日常会話」など上達しようもない。

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以上、教科教育法としての英語という側面においては、著者の見解に、
私はほぼ同意するし、大いに説得される部分が多々あったのだが、
筆者の主張する「メディア・コントロール」と「ことばの教育」に関する部分には、
必ずしも全面的に賛成できないところがいくつかあった。
平和教育や民族教育、護憲か改憲か、などの問題について、
教育がメディアによる操作から自由になり、生徒には多様な考え方と現状について教え、
最終的には生徒自身が選択できるような土台を与えていく、
という方向性そのものには賛成なのだが、
「多様な考え方を教える」過程で、完全に「メディア操作から自由になること」が、
実態としてどのようなことを指すのか、私にはまだ見えてきていない。

主立ったメディア操作から自由になったあと、
別のマイナーなメディアや主義主張に取り込まれてしまうとしたら、意味がない。
そうなる危険性は教師側にもあるし、若い生徒たちには尚更あると私は思う。
世の中の大勢の人間が騙されているが自分は違う、という発想は、
中身が何であれ、それ自体が若い人にとって魅力的だからだ。
思想信条は自由だから、生徒たちは最終的にはそれでも良いかもしれないが、
公人としての教師は、そうならないよう自分を戒める必要があるだろう。
コントロールするメディアが入れ替わっただけ、というのでは何も改善していない。

また、誰しも自分の学び得た範囲で自分なりの正しさに辿り着いているのだから、
生徒や子供たちに、世の中の多様性について、なんら偏向することなく、
純粋な知識としてのみ、様々な考え方を教えることは、
教師にとって、本質的にかなり難しいことではないかと私は感じている。
著者の姿勢そのものは、そうしたことを探求する際の、
手本のひとつだとは心から認めるけれども。
思い返せば私などは「頭のおかしいみたいな先生も、おったな」という経験から(殴)
逆に学ぶところはあったし(逃)、……いや、話のレベルを落として、すびばせん。

それと「英語のみで授業(講義)を行う」のはいかに無理があるかの証言として、
なんと私の母校の大学の卒業生の話が出て来るのだが、
たったひとりの述懐をもとにして結論に結びつけられるのは、
私には、あまりにも強引な我田引水であると思われた。
少なくとも、もうひとりの卒業生である私の知っている母校の講義は、
書かれているような雰囲気とは全く違ったものだったので、
「こんなことを思っていた人もいたのか?へ~、ホントに??」
と、読んで俄には信じられないような気がした。これまた、すみません(逃)。
ダグラス・ラミス先生の講義は実際に受けましたので(「現代文明とエコロジー」)、
久々に御名前を拝見し、思い出して懐かしかったですが。

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(以下は、特に、この母校の件が気になる方のために補足)

私の母校の大学の話が出てきた箇所は、次の通り。
『また私の知り合いで、英語教育で有名な○○大学の出身者がいます。当時の○○大学でも英語で授業をする外国人教師や日本人教師がいて、その先生はAFS奨学金をもらってアメリカ留学をした学生のみを相手にして得々と英語のみによる授業を進めていたそうです。しかし、その他の多くの学生はその会話についていけず、授業も非常に白けた雰囲気が漂っていたと聞きました。彼女はこの授業で英語が嫌いになったと語っていましたが、英語ができることで○○大学を目指した学生でも、このような思いをしていたとすれば、一般の公立高校では生徒がどのような思いをするであろうかは、想像するに余りあるものがあります。』(p.164)

英文学科や国際関係学科の話だとすると、私にはこういう状況は想像しにくい。
私の知らない、非常に独善的な先生が大学の一角にいらした可能性はあると思うが、
ここに書かれているのは、ひとつの、不運な個人の体験談ではないだろうか。
『英語で授業をする外国人教師や日本人教師がいて、その先生は』
と、特定の先生だけが独自にそういう「変わったこと」を試みていたかのように書かれているが、
英語で行われる必修科目は一年次からいくつでもあり、誰でも普通に受けていたし、
そのことが発端で白けていた人というのも、私の記憶の範囲には居なかった。
この話の場合、問題があったとすれば担当教員の「態度」や「姿勢」のほうであって、
「英語だけで授業をすること」とは関係がなかったのではないかと私は思う。

母校では入学すると、正規の講義が始まる前に「認定テスト」の案内と告知があり、
英語圏での生活経験のある人たち、或いは英語力に最初から自信のある学生は、
志願して受験し、これに合格すれば、会話や作文などは受講免除になった。
だから実際の授業は、学校英語(だけ)がたまたま得意だったから英文に来た学生、
つまり私のような、公立学校で受験英語ばかりやってきた生徒が主な対象だった。
学生は、1年次は確かにモタモタとしか話せず、全く流暢ではなかったが、
著者が後半で奇しくも述べているように、
『頭の中で英作文をしながらゆっくり喋る』(pp.256-257)
という次元のことは、ほとんどの学生ができたから、
先生方は耳を傾けて聞いて下さったし、授業は普通に成立していた。

一方、英語だけで行われる授業が日常的にあったのは確かだが、
かと言って、日本語を排除することが英語を学ぶ上で有効な方法だとも、
私は全く教わらなかったし、大学にも学生にも、そのような雰囲気はなかったと思う。
英語を使う環境に学生を押し込んでおけば、自然に英語がうまくなる、
という発想を私は授業内容やカリキュラムに対して感じたことはなかった。
卒論は英文学科では英語で書くことになっていたが、指導は日本語で行われたし、
私の場合だと、専門基幹科目の英語学概論・言語学概論・英語史・音声学など、
テキストは英語で書かれたものが多かったが、講義はほとんど日本語だった。

私の受講した専攻科目の範囲では、このほか、形態論と談話分析は、
担当者がアメリカ人だったため、英語による講義だったが、
これらはこの本の益川敏英氏の例と似て、科学的概念が優位となる分野だったので、
理論の理解や仮説の独自性のほうに評価の重点があり、日常会話とは直接関係がなかった。
上級生になれば学生は、英語の講義に出て英語で発言することは日常的にあったし、
ペーパーもゼミ論も英語で書き、海外の論文を英語で読むことも当然だと思っていたが、
その段階になってもなお大半の学生は、いわゆる「日常会話ペラペラ」ではなかった。
自分の論文のテーマでなら、アメリカ人教授と何時間でも話し込むことが出来ても、
映画スターのゴシップでアメリカ人の女子高校生と喋り倒す種類の英語力は
ほぼ誰も、持っていなかったのではないかと思う。

この本の中では、大学名を明記された上、ただ一人の『出身者』の話が、
著者の結論を支持するための例として、上記引用のように紹介されていたのだが、
彼女と等しく一人の卒業生である私が、母校で経験したことは
この話とはかなり違うものだったので、記述内容には違和感を覚えた。

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