転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



実家の仕事を片付けたあと、午後から某老人ホームの両親を見舞った。
父はアームチェアに座り、入れ歯を外して口をあけて寝ていたが(^_^;、
私が来たのがわかると、一瞬でマトモになって、
挨拶やら、ねぎらいの言葉やらを口にした。

きょうはホームに来るまえの午前中、実家を片付けていて、
父が20年以上前に撮影した、実家墓地の写真数枚を発見したので、
進行中の墓移転作業の参考になるように、
どれが犬猫の墓なのかを父に尋ねて確認しようと持って来たのだが、
父は、その写真にすっかり見入ってしまい、
どれが曾祖父の墓で、それが祖父の墓で、と説明し始めて、止まらなくなった。
御蔭できょうも、犬猫の墓がどのあたりなのか、結局わからなかった(爆)。

一方、母は、なんとなく気怠いと言ってベッドに入っていたが、
別に機嫌は悪くなく、ひととおりの挨拶のあとは、
例によって美味い神戸牛が食べたいという話をし、更に唐突に、
「みーちゃんは、東京で元気でやっとるて、おばあちゃんが言いよった」
と言った。
「そんなこと言う『おばあちゃん』て誰やねん(^_^;!?」
とツッコんだら、母は笑って、
「そうやった。あんたが言いよったんやった。
 この頃あたし、頭の中で、あんたとおばあちゃんが一緒んなんねん」
と答えた。

母の言う『おばあちゃん』は母の母、つまり私の祖母のことで、
母は今や、感覚的に自分の母と自分の娘を混同している、と言うのだった。
まあ、自分でそれがわかってそのように説明できるのだから、
とりあえず良いとは思うが(笑)……。

「こないだも、『はよ、おばあちゃん来んかな』と思うて待っとって、
 途中で、『そや、おばあちゃんは来れん人や。来るのんは、よしこや』
 て気がついてん」
とのことだった。
そのほかにも、母は頭の中で、おばあちゃんはこういう人やったな、
などと考えているとき、途中からそれが私になったりもするのだそうだ。

「あんたと、おばあちゃんは、別に似てへんと思うんやけどね(笑)」
と母は笑っていたが、私はどうして母が祖母と私を混乱するようになったか、
その感覚がわかる気がした。
かつての若かった母にとっての祖母、現在の年老いた母にとっての私、
どちらも、母の「保護者」であるという点で、同じものだからだ。
高齢になり認知症を患うと、女性は18歳になり、母親の名を呼ぶ
……というのは、ある意味、本当だったのな。
その文脈でついでに自分が呼ばれるとは、想定外だったけどもよ(^_^;。

夕方になったので、帰るときに、私は「おばあちゃん」になりかわり、
「ほな、きょうは帰るわ。おじいちゃんの晩ご飯、せなならんからな」
と言ったら、母はちゃんと私の言ったことのニュアンスを理解して、
ウケてくれた。
また完全に私が祖母になったわけではないようだった(^_^;。


追記(2018年8月12日):帰省した娘に聞いたところ、母は数年前から、
よく娘のことを私と間違えるようになっていたということだった。
そういえば、2年前の冬に娘が母の白内障手術に付き添ったとき、
母は孫娘を「自分の娘」であると、クリニックの受付の人に言い、
娘に向かっては、娘の知らない古い親戚のことを話題にしたりしていたのだった。
母の中で、成人した孫娘はいつしか「自分の娘」の位置にスライドしており、
母自身はそのまま「娘を持つ母親」であり続け、
母の、ホンモノの娘である私は、余ったので(爆)、
いいトシになったことも相まって「母の母」の役を割り当てられることになった。

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