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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



12日の夜は、サントリーホールで、
マリア・ジョアン・ピリスのリサイタルを聴いた。
日程的にはかなり厳しかったのだが、
引退前の最後の来日公演ということで、やはり逃したくないと思った。

オール・ベートーヴェンで、本プロが
ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 Op.13 『悲愴』
ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 Op.31-2 『テンペスト』
ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
アンコールもベートーヴェンで、
『6つのバガテル』 Op.126 より 第5曲 クアジ・アレグレット

私はピリスをきめ細かく追い続けてきたわけではなく、
これまでずっと、実に気ままな聴き手だっただけだが、
私の断片的なイメージの中で彼女は、常に一本筋の通った「強い」弾き手で、
しかもいつもどこか微かに冷徹な感じがあった。
しかし今回、いよいよ引退を目前にした彼女の音楽には、
かつてない、「暖かな柔らかさ」があったと思った。
少なくとも私にとっては、そのように感じられた。

特に32番のソナタは、一歩一歩、神の御座へ向かって登って行く演奏だった。
もともと私がベートーヴェンを破格に愛している理由は、
彼の、「神様は、居るんだ!」という素朴な信仰に心打たれるからなのだが、
ピリスの32番もまさにそういう音楽だった。
決して平坦ではなかったこれまでの人生も、すべて神を知るためにあり、
神の国に迎え入れられるために進む日々こそが、喜びであったのだ、と……。
長いトリルで弾き手の魂は天空高く登り、
聴き手も一瞬、彼女とともに同じ世界を垣間見ることを許され、
見下ろすと、そこにはピリスの描き出した宇宙があった。

アンコールがベートーヴェンの作品126というのも秀逸だった。
ベートーヴェン最晩年の、おそらく最後のピアノ曲で、
彼の信仰の行き着いたところにあった一曲だ。
もしかするとこのとき、彼の心は既に神の国にあったのかもしれない。
ピリスは最後にそれを、何らの衒いもなく気負いも無く、
このうえなく清らかに弾いてリサイタルを閉じた。
ピリスのたどり着いた境地もまた、ここにあった、ということだろう。

ピアニストは、どのようにしてその演奏活動に幕を下ろすべきか、
そして最後に、何を弾いて自分の聴衆に別れを告げるのか、
マリア・ジョアン・ピリスの最後の来日公演は、
そうした問いへの、ひとつの明確な答えとなったと思う。

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御無沙汰お墓参り

主任とマネジャーの両方がエリア会議だとかで留守だったため、
きょうは会社でのいつものミーティングが中止された。
それゆえ、パートの私は3時台から予期せずフリーになった。
やった!!
ミーティング分の時給は入らないけど、2時間の自由時間が手に入った!!

……ということで、午後、久しぶりに舅姑の墓に行って来た。
2月は全く墓参りができず、ずっと気になっていたのだ。
墓の花は、お正月用だった五葉松がそのままで、恥ずかしい有様だった。
午後の墓所は人影がなく、しかも今日の広島は風が冷たくて、
私は掃除もそこそこに、花を取り替えお灯明とお線香を上げ、
なむなむと拝んで帰って来た。
お彼岸にまた来ます。できれば。できる限り(汗)。


闇鍋会に向けて

なんだかんだで毎年参加している、4月下旬のピアノの発表会「闇鍋会」、
正式名称はSound Bouquetなのだが、今年もそれに出ることにしている。
演奏、という次元では人様にお聞かせできるような状態ではないのだが、
「ワタクシこんな感じのことを細々やってまして、でも結構楽しいですよ?」
という、生活発表みたいなものを弾くんだと割り切っている(^_^;。
具体的には、ツェルニー40番から「第15番」「第16番」「第19番」。
エチュードである上、これらは現在の私には手一杯のレベルなので、
本番でミスなく弾ききることは、おそらくできないだろうが、
あと一ヶ月少々で、可能な限り精度を上げたいとは思っている。

ときに、我が家のピアノは、先月の終わりに、
かつてなくいろいろ注文をつけて2年ぶりの調律して貰い、
かなりの線で私の希望は叶えられたと感じているのだが、
なんと興味深いことに、その音色が、
大昔に習っていた先生宅のピアノの音とそっくりになった。
言葉で表すのは不毛だと思うが、強いて言うなら「枯れた明るさ」のある音だ。
今の私のピアノは、あの頃の先生のピアノと同じくらいの年齢なのだろうか。
弾くと先生宅の縁側や本棚の光景が蘇り、タイムスリップした気分になる。
音が引き出す記憶というのは面白いものだなと、このところ体感している。

そういえば、あれは割と暑い季節の出来事だったと思うのだが、
小学校低学年だった私が、自分のレッスンの順番を待っていたとき、
私の前で、高学年のお姉さんがツェルニーを弾いていて、先生から
「あなたABCラジリテも済んだのよ?どうして未だにこんなのが出来ないの?」
と、叱られていたことがあった(爆)。
そのときのお姉さんの演奏がどのようなものだったかは完全に忘れたが、
『先生きょうは特別ご機嫌悪そう、私も叱られそう……(T_T)』
と8歳の私がビビったことは、五十過ぎた今でも覚えている(逃)。

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以前、ご紹介したことのあるピアニスト高橋若菜さんが、
来月、東京での初リサイタルをなさいます。
若菜さんは、高校卒業後、クロアチア国立ザグレブ音楽院に留学され、
ポゴレリチ(ポゴレリッチ)の師マリーナ・アンボカーゼ女史から
愛弟子として9年間、きめ細かな指導を受けられ後継者と認められた、
日本では数少ないリスト・ジロティ楽派の流れをくむ演奏家です。

アンボカーゼ女史は長く、ザグレブ音楽院にて活動されましたが、
ご高齢となられ、数年前に音楽院の教授職を退かれてからは、
現在はジョージア(旧グルジア)在住です。
このたびのリサイタルに際し、若菜さんはこの夏トビリシを訪れ、
アンボカーゼ女史とともに、ムソルグスキーについては
とりわけ深く、研究を進めて来られました。
また、クロアチア人作曲家の作品も取り入れ、
いずれも思い入れのある曲でプログラムを構成されたとのことです。

ピアノのお好きな方々は勿論ですが、
ポゴレリチやクロアチア、リスト・ジロティ楽派の演奏法、
などに関心がおありの方には特に、今回の演奏会を強くお勧め致します。


高橋 若菜 ピアノ・リサイタル
11月22日(水)19:00(18:30開場)五反田文化センター 音楽ホール
チケット 全席自由 5,000円

ムソルグスキー:展覧会の絵
ペアチェヴィッチ:花の一生
ヨシポヴィッチ:ガラス玉演戯

────────────────
チケット購入(イープラス):日本クロアチア音楽協会 第11回例会
チケット予約・お問い合わせ:日本クロアチア音楽協会
Tel: 03-6869-5641
FAX: 03-6893-3931
Mail: jcms@outlook.jp
ピアニスト高橋若菜ホームページ

↓クリックすると拡大します。


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本日は、ピアノの発表会「闇鍋会(正式名称はSound Bouquet)」だった。
私はツェルニー40番から第13番と第15番を弾いた。
金曜土曜と忙しすぎて帰宅も遅く、自宅のピアノの蓋さえ開けておらず、
練習しないで本番だけどうにかしようったって、なるわけもなく(汗)、
いつも以上に出来はさんざんだったが、
内容について思い通りにやらせて頂けたことに、今回は心から満足している。
発表の場がなければ、ここまで思い切ることは出来なかった。
やはり、人前で弾くために曲を完成させようと頑張る、のは良いことだ。

反省としては、もともと自分の技術がひどく足りないことや、
日頃の練習時間がろくに確保できていないことなど、
弾いたときも弾いたあとも、いろいろと頭に浮かんできたが、
今回に関しては何より、「こう弾きたい」ということを
先生にきちんと申し出た時期が遅すぎたと後悔している。
結果論だが3月前半くらいにはもっと開き直って(爆)
このようにしたいという意思表示をして許可を戴き、
以後は、その方針に添って練習をするべきだった。
そうしていたら、……果たしてどれほど巧くなったかどうかは不明だが(汗)
もっとずっと、練習が楽しかった筈だ。
それが、ど素人だからこそ許される楽しみ方、特権だった筈ではないか!

……という反省に立って、来年はできることなら第19番をやりたい。
私は実は、ツェルニー40番練習曲の中でこの曲はベスト3に入るほど好きで、
どう弾きたいかというイメージも以前から持っている。
例によってそれはピアノの常識から言うと「悪い」弾き方なのだが、
正直に言って、私はそれこそが好きなのだ。
先日、ピアノに関して自分が思い残すことがあるとしたら何だろうか、
と、つらつら考えていて、とりあえずはツェルニー40番の第19番を
自分の思うかたちで弾けるようになっていないことかな、と思い至った。
私のテクニックで無理なら激遅でも全く構わないので、これがやりたい。

ツェルニー40番練習曲 19番 ピアノ・レッスン用音源(YouTube)

それと、ハノンを第51番まで、ひとつもとばさずにやっていながら、
現在、残り9曲のところで止まっているのは、実に残念だとも思った。
あまりにも忙しくなって、もうツェルニー以外、何もやれないし、
やる気もしないと思ってこのところ過ごして来たのだが、
小学生の頃から「やり遂げる」ことに憧れを持っていたハノンを、
なんとか最後まで、少なくとも「弾いたことがある」状態に
持って行きたいものだと、今、改めて思っている。
いずれハノンの第60番を、相当ゆっくりでもいいから発表会で弾けたら
自分としてはかなりの達成感が得られるだろうなと想像している。
最初から最後までトレモロしかなく、巧い人でも4分前後かかる第60番を
私の拙い演奏で延々聴かされる方々は、
まあ十中八九、シヌとは思いますが(爆)。

ハノン60番(ぶるぐ協会第二回トークコンサートより)(YouTube)

ということで、今年も「参加することに意義がある」闇鍋会だったが、
とにかく行って、弾くことができた。
先生、皆様、ムシカの方々、ありがとうございました。
心より御礼を申し上げます<(_ _)>。

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来週は、私の一年に一度の「本番」である通称「闇鍋会」がある。
私は今年は、ツェルニー40番から2曲を弾くことになっている。
第13番と第15番。
絶対にこの2曲がやりたかった、というほどの思い入れは無いのだが、
私は前から書いているようにツェルニー30番・40番・50番を愛しているので、
これまで練習したことのある曲の中から、
今どうにかなりそうなものをやることにしたのだ。

最初は、練習曲だから楽譜を読んで考えるような種類のものではなく、
とにかく弾けるようになるまで練習あるのみ、と思っていた。
練習曲は、つまり大部分が筋トレだ。
例えばの話、元は立位体前屈が数センチしかできなかったのが、
練習したら、これこの通り10センチまで行きまして、
みたいな成果を皆様にも一緒に見て頂く、てなことだと私は思っていた。
ところが、第13番を練習する過程で、
当初は考えてもいなかった表現と弾き方の問題で、
私は結構真面目に(^_^;躓くことになったのだった。

まず、まだこれを発表会でやることなど決めていなかった、出会いの頃、
この曲の楽譜を見て私が一番に思い描いたのは
「マシンガンみたいなもの」であった(爆)。
テンポは速すぎず(工事現場のドリルじゃないので!)、
黒い音符が容赦なくダダダダ!ダダダダ!と撃ち込まれ、
あとには深々とした穴が、等間隔に空けられていくという。
ところが、弾こうとしたら左手にはスタッカートがついていて、
しかもleggiero(軽快優美に)と指示があるのだった。
左手の引き金を引き続けていないと、弾丸が途切れてしまうのでは!?
そして私がガンガン追撃したい終盤になると、
楽譜の指示はdolce(柔和に・甘美に)の挙げ句dimin(次第に弱く)、
最後だけffになっているものの、左手は分散和音の指定になっている。
戦闘の終わりに、せーの!で全員ガッツポーズで締めくくりたいのに、
ツェルニー先生はボロンとバラけて終われと仰っているのだ(T_T)!!

ダメだ。私はどこもかしこも、根本的に間違っている。
「なんかこんなふうに弾きたいな~♪」
と私が思いつくようなことは、ほとんどがタワケであって、
まともなピアノの世界では「悪い弾き方」「綺麗でない弾き方」なのだ。
私はそう思って、一度は自分の考えを捨てようとした。
とにかく楽譜に書いてある通りになるように、やってみなくてはと。
何より、これはエチュードだ。
軽やかなリズムと流れるような優美さを習得するようにと、
ツェルニー先生がお書きになった、学習用の一曲だ。
それを学ぶ以上の、何の意味があるだろうか。
ゆえに、私はやってみた。少なくとも、私なりに。
相当な期間、楽譜の指定を守って弾くことを自分に課した。
「ツェルニー40番をやっている」と言う以上、
我流ではなく、書かれている通りのものを弾くべきだと思った。

しかし、私のテクニックで楽譜の指示に不承不承従ってみても、
それは結局のところ、いびつなポンポン菓子を川の水に流して処分した、
……ふうな音楽にしかならなかった。
そもそもが、今時の「脱力」を習い損なったまま大人になっているので、
一定以上の速度を出すときに、腕や肩に余分な力を入れずに
ひとつずつの音を際立たせるというのがどういうことか、体がわかっていない。
力を抜けば音はフニャフニャの正体不明のものになり、
一音ずつくっきり出そうとすると、すぐに全身に力が入り、
「だめだ、悪い弾き方になってる、なおさなくちゃ」
と思うものだから、体の内部で無意識の緊張と意識的な弛緩が繰り返され、
もう、うっとうしいばかりで、弾くことが全く面白くなくなってしまった。
何より、それで実現しようとしている音楽自体を、
私が少しもイイと思っていない!
出したい音があって、そのために体を努力して作り直すのなら良いが、
自分のあちこちを否定して、全然良いとも感じない音を目指すなんて。
これは不幸じゃないか。道楽人として、あまりにも。

ということで、もう、何が正しいかを考えるのは、やめた(殴)。
私は私のキモち良いように、やる(蹴)。
先生も、それで良いと言って下さった(涙)。ありがとうございます。
だいたいが、自分のためだけに弾いている、趣味のピアノなのだ。
音楽を専門的に学んだことなどないし、今後も学ぶつもりはなく、
ひとえに、弾くことが、手にも耳にも面白いから、弾くだけだ。

私はこの4ページのエチュードの中で、銃撃戦がどう展開しているか、
求められれば全部、お話しできる。
地味な戦闘開始から、徐々に戦場が移動し、戦力が合流して派手な戦闘になり、
敵が投降し始め、追撃と掃討戦、完全勝利、最後にガッツポーズで記念撮影(笑)。
発表会だから、途中で人に遮られることなく、返事を強要されることもなく、
自分のペースで、この話を音で語らせて貰えるのだ。
なかなか得難い体験だ。
……まあ、ツェルニー先生はそんなものをお書きになっていませんので、
完全に、人の言葉を借りた私の得手勝手な創作ですが(汗)。

なお、もう一曲の第15番のほうに私が感じるのは「午睡の陶酔」だ。
気温23度くらいの昼下がり、仄かな風を感じながらウトウト(笑)。
窓辺のシアーカーテンが風にそよいで、ふわっと舞い上がり、舞い降りる。
小鳥のさえずりが遠くで聞こえたり、小さなチョウチョが飛んできたり、
夢と現が定かでなくなったり、……とその心地よさと言ったら、もう。
ゆっくり寝たいので左手のスタッカートは無しだ。むしろ、そっとテヌート。
突然ドつかれて目が覚めるなんて最悪だから、
楽譜にあるfpやsfなどのアクセント系の表現も不要、
最後は勿論、ゆったりと弱音を重ねてうっとりpppで終わらなくては。

……という次第で、以上、
がっつん!がっつん!とテッテー的な重い銃撃戦である第13番と、
夜想曲ならぬ、自堕落きわまる昼想曲(笑)の第15番を、
来週の闇鍋会で、やりたいと思います。
このような自分勝手を許して下さいました先生に御礼を申し上げますとともに、
当日、聴かされる皆様と、何よりカール・ツェルニー先生には、
心よりお詫びを申し上げたいと思います(逃)。

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夜は東京オペラシティでシフのリサイタル。
休憩なしのリサイタルとのことで覚悟したが、
聴いていたらソナタ四曲なんかあっという間で、
そうか演奏会に休憩なんか要らないじゃないかと開眼した気分だった。
(→それは弾き手がそのような弾き手であればこそですね(汗))

シフの音は最高級で神業に近かった。
天上にきらきらと昇る音、紗幕のむこうにあるかのようなこだま、
絹糸のようなきらめき、針金のような響き、温かい毛糸のような感触、
数えきれないほど様々な質感と存在感の音が
ひとつずつ意味と必然性を持って次々と目の前に提示され圧巻だった。

ちょっと片岡仁左衛門の芝居を連想した。
…突飛に聞こえるだろうけど(汗)、今夜の正直な感想として記録しておく。


追記:アンコールの一曲目でゴルトベルクのアリアが始まったときには、
ワタクシ、自分に予知能力があったのではないかと思いました(笑)。
しかしその演奏は、「このまま第何変奏まで行くのか?」というものではなかった。
最初はともかくとして、演奏が展開するにつれて、私は
「これはアリアだけで終わるのだな」とだんだん確信できるようになった。
シフの演奏は、見事なまでに、そういうことを伝えてくれるものだった。
だから私はこのとき、聞き手として極めて『能動的に』聴くことができた。
言葉によらず、弾き手のメッセージを理解することのできた、
希有な、素晴らしい体験だったと思う。

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来月はアンドラーシュ・シフのリサイタルに行く予定なのだが、
先日、招聘元のKAJIMOTOから、当日の演奏曲順変更と休憩無しのお知らせ、
というものが発表された(汗)。

■サー・アンドラーシュ・シフ 3/23演奏曲順変更、および休憩なしのお知らせ
『3/21(火)と3/23(木)に東京オペラシティ コンサートホールで行われます、アンドラーシュ・シフ ピアノリサイタル「The Last Sonatas」につきまして、既に3月21日(火)の公演は、演奏者本人の強い希望により休憩がない旨、チラシや情報誌等でご案内しておりましたが、3月23日(木)の公演もまた、本人の強い希望により演奏曲順を変更し、また、休憩をとらずに公演を行うこととなりました。』

モーツァルト、シューベルト、ハイドン、ベートーヴェンの、
それぞれの最晩年のピアノ・ソナタを演奏するというプログラムで、
どのように弾くかにもよるが、四曲続けるなら、
およそ全体で1時間40~50分くらいになるだろうか?

長大なソナタもあり、聴くには心構えが要りそうな話ではあるが、
休憩なしの演奏会は、私は決して嫌いではない。
私はだいたい、浸っている最中に中断が入るのはイヤで、
日本人演奏家に時々ある、曲の間のトークなども、
内容によるが元来は好きではない。
聴くとなったらひたすら音→響き→音楽、というのが私の望む世界だ。
途中で言語音を聞きたいとは、私は思わないし、
休憩も、厳密に言えば音楽の連続を絶つものだと思う。
ひとつひとつの打鍵と効果を考え抜いて弾くシフが、
休憩なしで四曲に没入するというのなら、
間違いなくこれは、極めて高密度な演奏会になるだろう。

聴き手としては、途中で出入りできないのだから、万事早めの行動を心掛け、
開演前に水分を取り過ぎないよう気をつける、ということかな、
と私は内心の汗をぬぐいつつ思っていた。
シフがそこまでの決意で弾くというなら、こちらも聴く側なりに、
万全の態勢を整えて当日の四曲にすべてを賭けなくては、と。
ところが昨日、友人某氏にこの話をしたら、
「そのあとアンコールが長いかもしれないということを忘れてはいけない」
と恐ろしい指摘をされ、自分がまだまだ甘かったことを悟った。
そうだった……、シフはアンコールでいきなり、
ベートーヴェンの30番のソナタを全楽章弾いたりするヒトだった(大汗)。

ポゴレリチの言ではないが、聴き手だって一応は能動的に聴いているので、
曲によって、どこまで・どういうふうに聴くつもりか、という前提がある。
本プロがソナタ四曲で、何かアンコールがつくのは想定の範囲としても、
それが例えば単一楽章だけで完結するのか、全楽章聴かされるのかでは、
こちらの聴き方だって出だしから違うのだよ(汗)。
困るんだよな、アンコールでゴルトベルクのアリアが始まったりすると、
これで終わるのか?第何変奏まで行くのか?もしや全部!?
とそっちのほうが気になって、せっかくの演奏に集中できないから。

シフはナイト(Sir)の称号を持つ、英国社会で尊重される存在であり、
極めて学究的な演奏家として、その業績は国際的に高く評価されている。
私自身、かねてより彼のCDを愛聴しており、
装飾音のひとつまでその都度、厳密に追求するような演奏を敬愛して来た。
某P氏のように「何するかわからん」存在だと思ったことはない、
…………いや、なかった。
しかし今回の「お知らせ」の件で私は、やはりシフもまた、
独自の世界に生きている芸術家なのだという思いを新たにした。
当日は、覚悟の上にも覚悟して、臨みたいと思う(大汗)。

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(写真は、サントリーホール前のカラヤン広場のツリー)

実質的に24日一日だけしか東京で過ごせる時間がなく、
昼は国立劇場に行くということで全く迷いはなかったのだが、
夜に関しては読響と、尾上左近の出る歌舞伎座『盛綱陣屋』とで激しく悩んで、
結局、私はこちらを取った。
イェルク・デームスの弾くベートーヴェンが聴きたかったからだ。
小林研一郎指揮、デームスのピアノでベートーヴェン『ピアノ協奏曲第3番』。

リハーサルがどのようであったかは知る由もないが、
デームスの自由自在のピアノに、オケが翻弄されているようなところが
あちこちにあった。
デームスはそれだけ、年齢を重ねて心が解き放たれたということなのだろう。
私の脳裏には、フー・ツォンが引用していた「赤子之心」という言葉や、
ハイドンの楽曲が、高齢になっても無心に遊ぶような彩りを放っていたこと、
また、晩年こそむしろ、レンブラントの自画像に光が射すようになったことなどが、
脈絡もあまりないまま、次々と浮かんでは消えた。

私がベートーヴェンの曲の多くを大変好ましく思うのは、
いつも「神様は居るんだ」という作曲家の言葉が聞こえるからなのだが、
88歳という年齢のデームスがそれを自由に闊達に弾くと、
まさに、ベートーヴェンの素朴な信仰が描き出されているように感じられた。
神社神道では、乳幼児であればあるほどこの世との交わりがまだ淡く、
それだけに神様に近い存在と考えるようだが、
年齢を経て赤子之心を持つに至った人もまた、
天衣無縫の、神の領域に近いもの、と思って良いのではないだろうか。
……などという連想も、デームスの音を聴いていると思い浮かんだ。

第3番はベートーヴェンが30歳頃に書いたもので、
作曲家としての彼の、創生の意気みたいなものが随所に感じられるが、
21世紀の聴き手である私には、その後のベートーヴェンがどうなったか、
彼の人生がどのようなものであったかも、概略だがわかっている。
演奏者のデームスもまた、ウィーンに生まれ、ギーゼキングに習い、
三羽烏のひとりとして世界的なピアニストとして活躍し、今日に至っているわけだが、
振り返れば彼のこれまでの道のりも、華やかではあっても、
決して平坦ではなかったことだろう。

…ああ、私は幼い頃、ギーゼキングの録音も本当に好きだった、
ギーゼキングは完璧主義者だったが、
オフにはチョウチョの好きな、可愛らしいお爺さんでもあった、
という逸話があったな……、
そうそう、U女史が以前、……あれはもう今から30年くらい前か、
デームスがいかにマイペースな芸術家で、
エージェントに我が儘を言って通して貰っているか、等々について、
面白おかしく話して下さったことがあったものだった。
………。

作曲家も演奏家も、聴き手も、遙かな人々も身近な人たちも、
皆、それぞれの人生で格闘し、生きられるだけ生きて、逝ってしまった。
88歳のデームスも、少なくとも残りの演奏家人生は、
どう見たって、もはや大変長いとは言えないだろう。
私自身にしても、無限に時間があるように思えた二十代の頃とは、もう違う。
この曲には、この芝居には、私の人生であと何回巡り会えるだろうか?
ひょっとすると、この一回が最後になるかもしれないものもあるのでは…?

今回、ベートーヴェンの3番の協奏曲を聴きながら私の中に浮かんだものは、
思い返せば、すべて、様々な人生の絵だった。
ベートーヴェンは言うまでもなく、デームスもまた偉大で、
そして、やはり、心から愛おしい存在なのだった、と聴き終えて、思った。

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2012年6月、イスラム教を侮辱する発言をした罪に問われたファジル・サイが
2013年4月、一審で禁錮10か月、思考猶予5年の判決を受け
以後、再審でも同様の判決を出されたのだが、
2015年10月、最高裁で判決差し戻しとなり、
ついに、この9月7日、改めて無罪判決を受け、決着したそうだ。

著名ピアニストに無罪判決=ツイッターでイスラム教「侮辱」-トルコ(時事通信社)
『【エルサレム時事】トルコのメディアなどによると、イスタンブールの裁判所は7日、イスラム教の価値観を侮辱した罪に問われたトルコ人著名ピアニスト、ファジル・サイ被告に対し、無罪判決を言い渡した。裁判開始から4年を経ての決着となった。』『サイ氏は2012年、イスラム教の天国に関する考えに疑問を呈した文などをツイッターで共有。それが問題視され、イスタンブールの裁判所は13年、同氏に対し、禁錮10月(執行猶予付き)の判決を言い渡し、再審でも同じ判決が出された。』『しかし、最高裁が15年10月、「思想や表現の自由であり、罰せられるべきではない」として、この判決を破棄、下級裁判所に差し戻していた。』『サイ氏は「鬼才ピアニスト」として世界的に有名で、作曲家としても活動している。エルドアン大統領が実権を握るイスラム系与党・公正発展党(AKP)への批判的な言動でも知られていた。(2016/09/08-07:30)』

良かった良かった。
彼の地の、宗教の問題については、
外国人で異教徒である私が軽々しく発言すべきではないが、
ともあれ音楽ファンとしては、ファジル・サイの演奏活動に
支障を来すような話にならなかったことを、有り難いと思った。

それにしても、先日友人某氏に指摘されて動画を見たら、
ファジル・サイがえらく太っていたので、私は演奏より外見にビックリした。
今は、この記事にあるような顔は、していないのではないかと思うぞ(^_^;。

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(写真は、朝、開場したばかりでまだ混雑が始まっていないロビー。
とは言え、写真に写っていない右側には当日券の列が長々と出来ている。)

朝一番がエル=バシャのリサイタル、二番目が栗コーダーカルテット、
次にエル=バシャが参加するピアノ五重奏、
それからソプラノ・ピアノ・ヴァイオリン・ハープのミニ演奏会。

ここまで聴いて、カフェでランチ。

ああ、素晴らしき休日がもうじき終わる。
あとはピアノ・リサイタルをひとつ聴いてから、
井上道義の振る「田園」で私のゴールデンウィークの最後を飾って頂こう。

楽しかったな~、金沢!
(まだ終わってないけど(笑))

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