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転妻よしこ の 道楽日記
舞台パフォーマンス全般をこよなく愛する道楽者の記録です。
ブログ開始時は「転妻」でしたが現在は広島に定住しています。
 



やっと舅姑のお墓の掃除&お墓参りに行った。
お盆直前に行った後から、娘が帰省して私の生活も変わってしまい、
半月ほどじーちゃん&ばーちゃんのところへはご無沙汰してしまった。
きょうは墓石を拭いて蝋燭も取り替えて、お花を供えてお参りした。
前回来た頃より明らかに陽射しが和らぎ、ツクツクボウシが鳴いていて、
墓所はすっかり晩夏の雰囲気になっていた。

この週末には、いつものお寺の若院さんに
舅宅でお経をあげて頂くことになっているので、
私は明日か明後日のうちに舅宅の掃除にも行かねばならない。
草抜きだけは植木屋さんに先日して頂いたので、
最悪のジャングル状態からは既に脱却できているのだが、
やはり毎日の落ち葉もあるし、事前の掃除は必要だ。
ちょうどいい、この際、娘を動員しよう(笑)。

*********

帰りに本屋に寄って、ふと目についたので、
岩村暢子『普通の家族がいちばん怖い』(新潮文庫)を買った。

クリスマスツリーを飾ることには熱心でも、クリスマス料理は出来合い、
お節料理など家では作ったことがなく、お正月にはお屠蘇もお雑煮もなく、
元旦は家族がばらばらに起きてきて、それぞれしたいことをして過ごす、
……などと、ここで語られる家族像は、我が家によく似ているなあ(爆)、
と思えたので、興味を覚えてこの本を選んだのだ。
私は自分がヒドい人間であり、我が家が非常識な家庭だという自覚が
以前から結構あって、自分の現状はさぞかし話題性があるだろうと、
この日記にもときどきそういうテイタラクについて書いていたのだが、
料理をせず道楽だけしているというのは、実は世間によくある『普通』のことで、
本当は誰も驚いていなかったらしいことを知り、ちょっとガッカリした(爆)。

主婦たちのアンケートの答えや、掲載されている写真には、
「まさに私がコレだな」と思い当たるフシもあれば、
逆に「なんぼなんでも、それはないやろ」と呆れた部分もあって、
現代家族を描写する、なかなか面白い調査だというのは理解できたのだが、
私の最終的な読後感はamazonのもなかさんのレビューに近かった。
著者は『この本は「日本の伝統行事を大事にしましょう」とか
「昔ながらのやり方で手作りしましょう」と言っている本ではない』
と文庫版のための後書きに書いているのだが、
著者がわざわざそう断らなければならないということは、
それほど多くの人が、この本をそうした方向で読んだということだろう。
私自身、「昔ながらの伝統的お節さえ作れない今時主婦はダメ主婦」
と言っている本、という印象を持ったし、
むしろ後書きを読んで「そういうつもりが無かった、とは……?」
とかえって困惑させられた。

確かに、料理の仕方について揚げ足を取ることそのものが趣旨ではなくて、
このようなクリスマスやお正月の過ごし方の根底に現代家族の抱える問題がある、
ということが言いたいのだというのは理解できるのだが、
この本の手法は、一種の吊し上げになっていると思う。
伝統行事を大切にしない・昔ながらのやり方で手作りしていないという
膨大な具体例を挙げて、著者はそうした主婦たちの自己中心を非難し、
著者の生育歴や価値観を基準として、若い世代を断罪している。
クリスマス準備やお節の作り方が昔ながらのものとは違っていても、
「私中心」でない・「一緒にいら」れる、好ましさのある家族の例は、
本文には出て来ない(文庫版後書きで語られる筆者自身の娘さんの例についてのみ、
少し、こういう視点が感じられなくもないけれど)。
このような言葉遣いや表現のニュアンスから、著者の意図しない方向に
読み手が誘導される可能性が高いということについて、
後書きに見る限り、著者は無自覚であったということなのだろうと思うのだが、
確信犯だったのだとしたら、それはそれで、あんまり好きな書き方ではないな(^_^;。

もしこれが、著者の主張は途中まで見せないように文章表現を抑え、
場合によっては、読み手に
「なるほど、今時はここまで価値観も変わったということなのだな」
「時代が変わるというのは、こういうことでもあるのか」
等々と、主婦達の本音に一瞬の理解あるいは共感(の錯覚)さえ
抱かせることに成功したものだったら、
そして最終章で初めて著者の分析なり立場なりが明かされたのであったら、
本当の意味で、『普通の家族がいちばん怖い』と
読者に思わせることができたのではないかと思う。
アンケート結果を紹介する章では解釈は交えず、
ひらたく言えば「責める」口調にならない表現を徹底して使って、
最後の章になってから、一気に種明かしをして結論に持って行く、
……という構成のほうが、私自身は趣味に合う(^_^;。……と思った。

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・昨日の朝、前日にコンビニ振り込みの完了した大学について、
願書を郵便局から簡易書留で発送した。
終わって、貰った控えを見たら、書留の引き受け番号は、
ただの偶然だが志望順位の逆から順に並んでいた。
まずはひとつでも多く合格が貰えるように、ということだが、
貰えるとしたらこの順に、下のどこまで迫れるか、ということね(大汗)。
あとはもう一校、銀行振り込みしか認めていない大学があるので、
それについては、きょうか明日のうちに手続きを終えたいと思っている。

・同じく昨日は、午前中に耳鼻科、午後には歯科に行った。
耳鼻科のほうは、最近は断続的に鼻炎があるので行ったのだが、
季節的にそろそろ花粉症も出そうなので、ひどいとき使うようにと、
鼻処置のあとスプレーと抗アレルギー薬を貰った。
歯科では、例の、詰め物が取れた右下8番を治療して貰った。
周辺に小さい虫歯も新たに出来ている、ということで、削られた(T_T)。
今は仮留めの状態で、来週、上にかぶせるパーツが出来て届くからということで、
一週間後の予約をして、帰った。

・仏検2級の2次試験のため、会話学校2校に体験レッスンを申し込み、
今週の金曜と土曜に、それぞれ行くことになったのだが、
どちらの学校も、予約の段階で私が「仏検2級受験が目的」というと、
「それでは、相当、会話もできますね」
というような反応をされるので、困った。全然できません(爆)。
仮に読解力が多少あったとしても、そのレベルの遣り取りが
会話としてすぐ出来るものでないことは、英語の学習歴を考えれば
誰でも想像がつくだろうと思うのだが(汗)。
まあ、さすがに、ボンジュールしか言えないということはないけどもよ。
とりあえず、試験までに生のフランス語会話というものを初体験して、
度胸だけはつけておこうと思っている。話はそれからだ(^_^;。

・ふと見かけて、なんとなく買った『海老蔵そして團十郎』(関 容子)が
あまりにも面白くて、昨日、一息に読んでしまった。
成田屋の逸話が中心で、語り手は主に当代の團十郎なのだが、
海老蔵や勘九郎(勘三郎)、三津五郎、その他何人のも役者さんが登場し、
今は亡き、二代目松緑や初代辰之助の思い出話も数多く紹介されていた。
大昔から有名だった、『菊之助(菊五郎)がからかって、辰之助が殴って、
新之助(団十郎)が殴られる』の真相が明かされていたのも、良かった(笑)。
なつおちゃんは大らかで、思慮深く教養があり、バランス感覚に優れていて、
本当に魅力的な男性なのだと、改めて思った。
そして初代辰之助が破滅型の人間だったことも、また、痛感した。
それにつけても、歌舞伎の家では、息子が育って来ると、
父親の感じる責任と重圧もただごとでない。
当代の海老蔵も、猿之助も、勘九郎も皆、華やかな襲名行事の中で、
父親(團十郎・段四郎・勘三郎)のほうが病に伏している。
芸が家名のもとで継承される歌舞伎の世界は、父子の関係も深く、独特だ。
歌舞伎の世界の、容易に人には言えないような陰惨な部分も認めた上で、
「ドロドロもあれば純真もあって、それが歌舞伎の世界でしょう」
と言ってのける團十郎は、やはり凄い人だと思った。

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各部屋にある24時間換気の通気口用フィルターを
きょうは全部、新しいものに取り替えた。
これまで外して水洗いしては、乾かして使っていたのだが、
入居して6年目ともなれば、それも限界だった。
先月、管理会社から管理組合を通じて、交換用フィルターの
購入案内があったので、とてもタイミングが良かった。

それから、天気が良かったので、カーテン三窓分を洗濯した。
晴天の昼間なら、洗濯機から出してすぐ吊っておけば、
そのまま乾くので、この季節はカーテンの洗濯にはとても有り難い。
残り三窓は、できたら明日やろうと思っている。
以前の私は、癇性にも数ヶ月に一度、全部のカーテンを洗っていたが、
「排気ガスをまともに浴びているような道路側ならともかくも、
ここだと、カーテンの洗濯は年に一度で十分だ。洗い過ぎると早く傷む」
とインテリアデザイナーの某氏に注意されて、慎むようになった。
今年は、だから本日8月23日に洗ったと、ここに記録しておく(笑)。
つまり、来年はまた、夏休みに洗えば十分ということだ。

結構、暑さが緩んできたので、動ける気がしたのだが、
終わってみると、やはり疲れていたし、腕が若干、筋肉痛になっていた。
フィルター交換もカーテン取り付けも、高いところの作業なので、
背が低いうえに、常日頃から運動不足の私には、
これでもちょっとした労働だったようだ。
いとナサケなし。

***************

ここ三日ほど続けて、娘がいろいろと本を貸してくれた。
漫画が多かったが、娯楽小説もあった。
いずれもラクに読めて、かつ、楽しいものばかりだった。感謝感謝。

超訳百人一首 うた恋い。』1~3巻(杉田 圭)メディアファクトリー
「うた恋い。」【異聞】 うた変。』(杉田 圭)メディアファクトリー
百人一首を題材にしたコミックエッセイで、六歌仙や有名歌人たちの
様々な逸話が、短編集のかたちで多数描かれている。
好きな歌があってもなくても、百人一首の知識があってもなくても楽しめる。
私のお気に入りは、「性格が悪しゅうございますな」と業平が評した陽成院と、
当子内親王に気に入られ困りながらも彼女を愛する藤原道雅、の二人だ(笑)。

視(み)えるんです。』3巻(伊藤三巳華)メディアファクトリー
禍禍(まがまが)ライフを生きる三巳華さんのコミックエッセイで、
オカルト好きな娘がハマり、私もこれで3巻目まで続けて読ませて貰った。
私は幸か不幸か霊感がなく、この世のものでないものは見えないし、
気配も感じることはないのだが、こういう話は割と信じるほうだ。
特に、この方の漫画は、怖いのは怖いのだが、絵柄も可愛いし、
温かさや救いのあるところが、とても後味が良くて気に入っている。

爆撃 聖徳太子』(町井登志夫)PHP文芸文庫
最初にこれを選んだのは主人で、店頭で笑ってついつい買ってしまい、
次に娘が読んでまたウケまくり、「おもろいよ」と私に貸してくれた。
ふたりの反応を見て爆笑小説かと思い、次に題名を見てSFかと思ったのだが、
実際に読んでみると、ユニークな設定の痛快古代史小説、という感じだった。
山岸凉子が漫画『日出処の天子』で描いた厩戸皇子も強烈だったが、
聖徳太子というのは、どうも現代の書き手を惹きつける、
謎めいた魅力を、いろいろと持っている存在であるらしい。
この作品に出てくる聖徳太子もまた、際だって特異なキャラクーだった。
そしてもうひとりの主人公・小野妹子が物語終盤で語る、
戦争というものの本質を捕らえた言葉は、実に重く、印象的だった。
読み終えてみたら、単なる快作では済まされず、結構手応えのある小説だった。

……ということで、今晩からは、一昨日主人が貸してくれた、
漫画『ましろのおと』(羅川真里茂)講談社
を読むことになっている(^_^;。

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昨日、『ヘルタースケルター』を観に行ったときに、
次回上映の案内として『ジェーン・エア』のチラシが置いてあり、
本編上映前にも、この映画の予告映像が流れた。
シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』と言えば、
私は中2のときに大久保康雄氏の訳で読んで以来、
きょうまで30年以上、再び手に取る機会の無かった小説だった。
今またあれが映像化されたのか……。
しかも、本年度アカデミー賞衣装デザイン賞ノミネート……?

私にとって『ジェーン・エア』との出会いの印象は、
全く芳しいものではなかった。
そもそも中学の友人が、
「これに耐えられたら褒めてやる」と言って、
『ジェーン・エア』の文庫を貸してくれたのが馴れ初めだった。
何が耐え難いのか?と私は軽い気持ちで読み始めたのだが、
ほどなくして、友人の言っていたことの意味が、わかった。

少なくとも、14歳だった私にとって、『ジェーン・エア』は、
暗くてエグくてどうしようもない設定の話だったのだ(逃)。
舞台は19世紀半ばのイギリスで、とにかく話の色調がグレーだった。
ジェーンは身寄りがなく、およそ美貌でない地味な子で、
寄宿学校に入れられていたが、そこでは食事は粗末で生活環境も不潔、
チフスが流行し、ジェーンの唯一の仲良しだった子も病み疲れて死ぬ。
これが彼女の、学校時代のメインの思い出だ。
その後、成長したジェーンは家庭教師として、大きな邸に雇われるが、
ここがまた薄暗い部屋ばかりで、旦那様も気難しく個性的。
やがて根暗同志が幸いしたか、気が合って、プロポーズされるのだが、
実は、邸宅の奥深くには気のふれた妻が幽閉されていて、
……と、どこまで行っても全然スカっとしないのだった(爆)。

私は辛抱に辛抱を重ねて、とにもかくにも最後まで読んだが、
主人公が思いを遂げたというには、どうもこうも重苦しい結末に辟易した。
結局、ちっとも光の射さない物語なのだった。
友人は「うちの親でも読めんかったのに凄いね」と褒めてくれた(爆)が、
シャーロット・ブロンテはもう読まん、と私は固く決意していた。
尤も、『ジェーン・エア』しか出回っていなかったのだから、
そんなに固く決意するまでもなかったのだが。
それからしばらくして、今度は私は図書館で『嵐が丘』に出会った。
妹のエミリー・ブロンテ作ということで、少し警戒したが、
梗概を読んだ範囲ではこちらはドラマチックで良さそうだったし、
妹と姉は別の人だろうからと思い、つい、手を出してしまった。

『嵐が丘』は、確かに『ジェーン・エア』よりは動きがあった。
何しろ話の冒頭から犬が吠えまくり、目の前にはウサギの死体の山。
『ジェーン・エア』の天気はいつも肌寒くて曇り空だったが、
『嵐が丘』は題名の通り、1泊目の晩から吹き降りでえらいことになり、
オマケに窓の外では幽霊がヒイヒイと呼んでいるのだった。
それで、オカルト好きだった私にはツカミはOKな感じだったが、
今度はどこまで読んでも、エキセントリックな人しか出て来なくて、
主立った人たちは皆、極端な無愛想か、叫んでいるか泣いているかで、
些細なことで興奮し、落としどころは毎回「ヒースクリフ!!」。
まともに会話を持続できる人間は、召使いの女性だけ。
不気味な下男は、大昔から爺なのに話の最後まで爺だし(爆)。
恋愛小説だと解説には書いてあったが、私には、
愛し合っているというより呪い合っている話だとしか思えなかった。

ブロンテ姉妹いうんは、ゼッタイ、頭がおかしい、
こーゆー人らと付き合うちゃ、いけんわ。
というのが、15歳当時の私の結論であった(汗)。

さて、48歳になった私は、さすがに中学生の感性は失ったのだが、
ブロンテ姉妹が、少しは理解できるようになっただろうか。
映画『ジェーン・エア』、ここで出会ったが百年目、
観に行ってみようかしら。
怖いもの見たさ……(爆)。

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我が家では、旅行をすると、書店でゆっくり過ごす時間が取れる。
主人も娘も、各種レストランに次いで本屋が好きだからだ(^_^;。
それで、この年末の関西旅行では、私も久しぶりに、
時間構わず、店頭で本を実際に手にとって選ぶ楽しみを満喫した。
そして自分へのおみやげに、……というのもいささか妙ではあるが、
旅の成果として(^_^;、思い切って二冊のハードカバーを買った
(そういえば、去年2月の東京旅行の自分用みやげも、『江馬細香』だった)。

*************

ひとつは、『人はひとりで生きていけるか』(小浜逸郎)。
これは「『個人』『自分』は単独で最初から存在しているのではなく、
常に『社会』との関係性において認識されるものであり、
その部分を、現代の粗雑な意味での『個人主義』は、軽視している」、
……という、社会学的な見地から書かれた本だ。
おひとり様の生き方本だと思って読むと、アテが外れるだろう。
私は80年代の終わりから小浜氏の読者となって、既に長いので、
この人の文章の読み方を、私なりに知っているせいもあり、
今回も大変読みやすい本だと感じたが、好みは分かれるかもしれない。

私は、小浜氏の書かれることすべてに同意するのではないにしても、
この人の指摘の多くは、とても興味深いと感じている。ことに今回は、
選択的夫婦別姓への私の考えや、ツイッターへの嫌悪感に関して、
『裏が取れた』かのような(^_^;、ちょっとした爽快感があった。
小浜氏の文章には往々にして、私が漠然と考えていたことに対し、
もう一歩踏み込んで解剖し指針を与えてくれるようなところがあって、
私はその、霧が晴れるような気持ち良さに惹かれて、
この人の文章を二十年以上も読んでいるのだろうと、思った。

ただ、昔私が熱中した、小浜氏ならではの絶妙の『知的パフォーマンス』は、
昨今やや、その鋭さを失ってきたかな、という印象も正直なところあった。
勿論、世相も変わったし、小浜氏もいつまでも四十代ではないのだから、
同じところに立って、同じことばかり繰り返しているわけには行かず、
それとともに、読者としての私もまた年を取ったと思っている。
だから、必然的な変化については、私は概ね肯定的に捕らえているつもりだ。
しかし、欲を言えばやはり、もうちょっと興奮したかったな(^_^;、
という残念さが、今回は特に、残った。

*************

二冊目は、今はまだ読みかけなのだが、
流転の子― 最後の皇女・愛新覚羅嫮生』(本岡典子)。
88年に映画『ラストエンペラー』を観て、私は発作的に周辺の本を読みあさり、
満州国皇帝・溥儀の弟の、愛新覚羅溥傑の妻となった嵯峨浩の自伝も、
そのときに通読していたので、このあたりの背景は今でもいろいろと覚えていた。
この本の題も、浩夫人の自伝『流転の王妃』を踏まえたものだ。
それで、愛新覚羅嫮生の名をタイトルで見たときすぐに、
この方が溥傑・浩の次女にあたり、今も関西でご健在であることを思い出した。

愛新覚羅浩の自伝については、例えば入江曜子氏などが手厳しい論評をしていて、
特に、満州国の皇帝御用掛であった関東軍の吉岡安直中将に関して、
浩夫人と入江氏の間には、決定的な見解の相違がある
(浩夫人は吉岡を嫌悪し、入江氏は吉岡を擁護)。
また、溥傑・浩の長女であった愛新覚羅慧生の、謎の多い心中事件についても、
嵯峨家側は、偏執狂的な男性によって慧生の命が奪われた、とする立場だが、
当時の友人たちや周囲の証言には、二人の恋愛関係を示唆するものも複数はあり、
私程度の読者には、事件の全貌が見えたとは言えない部分が残っている。
しかし、過去において起こったことは本来ひとつであっても、
関係者にはそれぞれ言い分があり、既に当事者が墓まで持って行った事柄もあり、
今となっては一刀両断にできないものだと、私は常々思っているので、
上記の論点も容易には結論など出ないものだろう。
同様に、今回の『流転の子』の内容も、
溥傑・浩・嫮生の側から語られた昭和史のひとつとして、読んでいるつもりだ。

ときに、話はやや飛ぶのだが、NHK大河ドラマで女性を主人公にするのなら、
嵯峨浩や川島芳子は良い題材ではないかな、と私は以前、考えたことがあった。
しかしすぐに、皇室の立場に言及せざるを得ない設定の物語になると、
きっとタブーが多いのだろうな、とも思い至った。
現代史に近い部分をドラマ化するには、歴史的評価すら流動的で、
存命の関係者もあるから、ともすれば感情的な議論ばかりが表に出てきて、
娯楽としての長所は結局、見逃されてしまうかもしれない、と思い直したのだ。
というわけで、このあたりはまだまだ、文字の世界においてだけ、
壮大な歴史物として、自分本位に味わい読ませて頂くことにします(^_^;。

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山紫水明―頼山陽の詩郷』(池田明子・著)をここ数日、読んでいる。
私が頼山陽に出会ったのは、漢詩の会がきっかけなのだが、
そこから自分なりに関連の書籍を読んだり、縁(ゆかり)の場所を訪ねたりして、
ここ数年、地味に、私の「頼山陽」趣味は深まってきたと思う(笑)。
この秋も、地元の頼山陽史跡資料館で、山陽の息子の聿庵(いつあん)の書が
展示されるということを知り、とても楽しみにしているところだ。

見延典子氏の小説『頼山陽』や、山陽の母・静に関する評伝『すっぽらぽんのぽん』
また、山陽の恋人だった女性を描いた、門玲子氏による『江馬細香』、
などを、昨年から続けて読んだことにより、私の中で、
山陽やその周辺の人々のイメージが、かなり鮮やかなものになってきたと思う。
勿論それは、作家や研究者の目を通して描かれた山陽像に親しんだだけであって、
実際の頼山陽がどういう人物であったかを、私が知っていることにはならないのだが、
それでも、頼山陽やその息子達、父親・春水や叔父達の、詩・書・画に触れると、
私は、自分の記憶に既にある、彼らの逸話をいくつも呼び起こし、
現実に様々な思いの中で生きていた人として、彼らを感じられる気がする。

頼山陽は、19世紀には日本でも有数の文学者として名を得ていたにも関わらず、
21世紀の今となっては、ほとんど完全に忘れ去られている。
彼の著した歴史書『日本外史』が、尊王攘夷論に大いに影響を与えたために、
後の太平洋戦争当時、「皇国史観」に大いに取り入れられ、
戦後はその「反省」ゆえに、彼の名は葬り去られてしまったようだ。

しかし私の知っている頼山陽は、いわゆる「右翼的」な思想の人ではないし、
管理主義や全体主義的な考え方を、むしろ最も嫌った人だった。
彼は、いかなるときも権力から自由であろうとしたし、
そのためにいくら世間から後ろ指を指されようとも、一貫して、
江戸時代としてはまれなほど、人権主義的な発想で通した人だったと思う。
頼山陽は、武士の身分を得ることより、自分の学問的自由を追求したし、
才能があると感じた相手には、性別関係なく打ち込んだ。
平田玉蘊(ぎょくうん)も江馬細香も、山陽の愛した女性たちは、
女である前に皆優れた画家であり詩人であり、
学問や芸術を通して山陽の愛情を受け、人間的な交流を持った。

妻となった梨影は、娘時代は当時で言う「下女」の身分だったけれども、
山陽は彼女についても、家事育児を果たすだけの存在とは見なしていなかった。
彼女は山陽の手ほどきで初めて読み書きを学び、画を覚え、
私塾で生徒たちを指導するときの山陽の講義を、次の間に控えて聴くようになった。
一介の主婦である妻を、学問的に成長させることに自然な喜びを見出していた彼は、
男尊女卑的な固定観念から、やはり相当に自由な人であったと思う。
今も残されている梨影の自筆の手紙や、玉蘊・細香の書画や漢詩等からも、
彼女たちが頼山陽と出会いどれほど磨かれたかを、伺い知ることができる。

私が今、最も残念なのは、現在の私の力では彼の漢詩を読むことは出来ても、
彼の最大の著作である『日本外史』を読みこなすことができない、ということだ。
なにしろ原文は、全二十二巻の漢文体による書物なのだ。
漢詩に関わった以上は、将来、こういうものに手を出せるようになれたらいいな、
とは願っているのだが、なかなか難しいだろう。
まずは現代語による抄訳版に当たってみて、
いつかは書き下し文で全文を読めれば、御の字ではないかと思っている(汗)。
どうにもシオらしい願望で、頼山陽先生には申し訳ないんですが(逃)。

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仮装ぴあにすと様から教えて頂いた、アルゲリッチの伝記を買った。
マルタ・アルゲリッチ 子供と魔法』(オリヴィエ・ベラミー著 藤本優子訳 音楽之友社)

細かいことだが、この本の日本語の副題が、
『子供と魔法』という表記になっていることに私はとても好感を持った。
私はどうも、『子ども』という漢字仮名交じり表記が以前から気に入っていない
今回のように、『と』を中心に『子供』『魔法』と漢字二字による名詞が並んでいれば、
見た目に綺麗だし文句なしにわかりやすいが、
『子どもと魔法』と書かれると、瞬間的に「『どもと』??」と微かな違和感を覚える。
イデオロギーの話ではなく、私のごく個人的な、視覚的な、美意識の問題だ。

……と、それはともかく、この著者はフランス人ジャーナリストで、
いつぞやご自身の番組で、ポゴレリチにインタビューをなさっていた方だ
あのとき、取材後の裏話としてベラミ氏は、
『ポゴレリチとの面会を実現させるのが大変なことで、
筆者はマルタ・アルゲリッチに仲介を依頼することさえした、
それは枢機卿に会うのに法皇に仲立ちを頼むようなものだった』
という意味のことをブログに綴っていらしたものだ。
ベラミ氏はアルゲリッチと、やはりそれだけ親しい間柄だということが伺える。

この伝記の内容は、まだ全部は読んでいないが、拾い読みした範囲では、
デュトワやクレーメルなど彼女のパートナーとして有名な方々だけでなく、
ポゴレリチは勿論、フー・ツォンやゲルバーなど、私の贔屓の演奏家が
次々と登場して、アルゲリッチの交友関係の華やかさにはほとほと感心させられた。
アルゲリッチは今も変わらず、ポゴレリチへの愛情を抱いているのだそうで、
またポゴレリチのほうも、アルゲリッチにラブ・コールを(笑)送っており、
可能であればデュオとして国際的なツアーを行いたいという話もあるそうだ。
性格と演奏の両面で「難しい」の四乗くらいの組み合わせだと思うので、
まあ、期待せずに期待する(苦笑)ことにしておこう。

アルゲリッチの魅力にも才能にも、超人的な底なしのパワーがあって、
彼女の破天荒な人生は、いささかも彼女を傷つけることがなく、
それどころか、ことが起こるたびに彼女は磨かれてひとまわり大きくなり、
そのような彼女に、周囲の者は皆、知らず知らずのうちに巻き込まれて来たのに違いない。
これは彼女の身に天性備わった力のなせるわざであって、
こういう人を見習おうとして、並の人間が同じことをしようものなら、
二度と表街道を歩けなくなる(汗)のがオチだろう。
このような人生は、アルゲリッチだから可能なのだ。
彼女は今も美しく華やかで、その演奏は失速することがなく、いつだって最高だ。

……それにしても、エフゲニー・キーシンの演奏を初めて聴いたときの、
アルゲリッチの思いというのが、『が締めつけられる気がした』(p.283)。
普通、これってではないのかと。
やはり、さすがは女・アルゲリッチ、ということか……。
恐れ入りました。

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五月の團菊祭以来、今年の私は歌舞伎づいているので(笑)
かなり以前に買って放置していた『きのね』(宮尾登美子・新潮文庫)を
ようやく昨日から読み始め、きょうの午後、ほぼ読み終えた。
歌舞伎ファンの間では有名な小説なのだが、菊五郎関連でなかったせいか、
私は何年も前に買ったまま、なんとなくきっかけがなく放置していた。
買った当初はどういう設定の小説か、わかっていたのだが、
今となっては、私は前提をすっかりなくしていて、
「確か、(音羽屋でない)歌舞伎俳優の誰かがモデルの話だった筈……」
という記憶があるのみだった。

それで読み始めて、ともあれ「誰」の話であるかを突き止めようとしたのだが、
出だしが、昭和8年――。
結核で療養中の歌舞伎俳優の家に、お手伝いとして主人公の「光乃」が雇われる、
というところから物語は始まっている。
フィクションという扱いなので、モデルとなった俳優も関係者も実名では登場していない。

しばらく「光乃」の育った家のことや両親の出自が語られ、
18歳の彼女が、歌舞伎の家に奉公に上がることになった経緯が説明されるのだが、
その彼女の運命を変えるのが、役者三兄弟の長男で美貌の「雪雄」。
この「雪雄」のすぐ下の弟が、物静かで思慮深い「新二郎」、
そして三男の「優」は『五尺五寸、十七貫、視力1.2という堂々たる体格を買われ』
徴兵検査で甲種合格、……と、ここまで読んでわかった、この「優」は二代目松緑だ(爆)。
ということは、「雪雄」は先代の團十郎、「新二郎」は先代幸四郎だ。
つまりヒロイン「光乃」は第十一代・市川團十郎の夫人、堀越千代さんだったのだ。

モデルの團十郎本人のことでなく、体格と甲種合格の設定から松緑を特定できたなんて、
全然予想もしなかった、意外なとっかかりだった(汗)。

わかってみると、この小説には、私の知る限り、事実に近い逸話が巧みに盛り込まれ、
細部や登場人物の内面は作者の創作であるにしても、
時系列に添って團十郎とその夫人の周辺が描かれていると感じられた。
昭和40年に亡くなった先代の團十郎を、昭和39年生まれの私は観ていないのだが、
こういう小説を読んでみると、いっそう、先代の舞台を観てみたかったと思った。
高麗屋三兄弟のうち、松緑の舞台だけは、私は結構観ることが出来たが、
『きのね』に描かれる「優」の物語が途切れたその後のことを、
私なりに、いくつかは記憶しているので、そうしたこともまた切なく思い出された。


……そして、今度の9月の松竹座、海老蔵が出るんだからやっぱり観に行こう、と思った(殴)。
明日から、e+の「九月大歌舞伎大阪公演プレオーダー」が始まるのだわよ(汗)。

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カープは踏みとどまれるのか
昨日は広島カープがヤクルトとの試合で、ついに負けた。
ひたすら勝ってばかりいることなんてあり得ないから、
どこかで連勝が止まるのは当然なのだが、さてこのあとどうなるだろう。
折しも昨夜は、横浜が阪神に負け、広島戦から引き続いて連敗を更新した。

転妻「横浜、いっときは基準値を大幅に超えた貯金が検出されていたのに」
転夫「急速冷却じゃ。もはや定位置(6位)は目の前」
転妻「ヒトのこと言えんて」
転夫「明日は我が身か(泣)」
転妻「五号機(5位)と六号機(6位)は冷温停止(苦笑)。
 そうなりゃ、やっとみんなが安心して普段のセ界に戻れる、という」
転夫「くくぅ~~(泣)」


ほんやくコンニャク
ちょっとした仕事で、米国リウマチ学会の某論文を翻訳せねばならなくなったのだが、
内容が全然理解できないうえ、印刷の文字が小さすぎて老眼にあまりにも厳しい。
参考資料としてついてきた、日本の某医学会のハンドアウトは幸いに日本語なのだが、
これがまた絵も少ないし(殴)、およそ読む気がせんシロモノだ(絞)。
そもそも、かなり前からパソ太は高齢になってたびたび気を失っており、
再起動すると前の記憶をまだらになくしていることが増えてきたので、
私の愛する一太郎に保存することさえ、なんだか危うい気配になっていた。
もうもう、あっちもこっちも思うに任せず、八方ふさがりな気分だ。
という話を数日前にしたら、主人が気前良く自分の愛機パソ太二号を私に譲ってくれた。
そして主人は昨日、新しいパソコンを自分用に購入した。
なんのことはない、よい機会だったのだろう(汗)。
私の納戸部屋に引っ越して来た、主人のパソ太二号は、素直で物静かなとても良い子で、
今は、ネットもメールも、気絶することなく一度の作業でスイスイできるようになった。
ってことでデメタシデメタシではなく、私が冒頭の和訳作業を放置している理由は、
やはり「やりたくないから」だけになってしまった。ちっ。


最近読んだ本
『額田女王』(井上靖)新潮文庫:歴女である娘の趣味につられて。
『天平の甍』(井上靖)新潮文庫:上の続きで。
『楊貴妃伝』(井上靖)講談社文庫:漢詩の会で「長恨歌」を読んでいたので。
『連舞』(有吉佐和子)集英社文庫:山岸凉子氏が面白いとおっしゃっていたので。
『乱舞』(有吉佐和子)集英社文庫:上の続編。
『一の糸』(有吉佐和子)新潮文庫:道楽者の私の心の琴線に触れる話。
『ベラスケスの十字架』(エリアセル・カンシーノ作 宇野和美訳)徳間書店
  :本来は児童向けなのだが、ベラスケスの絵への興味から。
『江馬細香』(門玲子)藤原書店
  :実に読み応えがあり部分的には二度三度と読んだ。細香の漢詩も素晴らしい。
『すっぽらぽんのぽん』(見延典子)南々社:再読。

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・朝は曇っていたがそう冷えるとまでは感じなかったし、
午後からは更に晴れてきたので、荒れると言う天気予報はハズレではないか、
と途中までは思っていたのだが、夕方前から急に風の音がしてきて、
モウモウと白い雪が舞い始めた。
このぶんでは、明日はやはり市街地でも多少の積雪があるかもしれない。
日頃、雪の積もらない地域は、ちょっと白くなった程度でも交通機関が大混乱だ。
センター試験の二日目なので受験生はダイヤの乱れや道の渋滞が心配だろう。
こんなとき出来る対策は、とにかく「早めに出る」ことだけしかないように思う。
娘の学校の生徒の場合、会場は系列の女子大だと聞いたような記憶があるのだが、
あそこは住宅地の間の細い道を、山の斜面に向かって登っていくような立地なので、
狭いし、大学に通じる道も何本もあるわけではないし、天気の悪い朝は込みそうだ(--#)。

・それにつけても思い出すのは自分の共通一次試験のことだ。
あの当時、前期後期などの区別はなかったから、国公立はたった一校しか出願できず、
全員、問答無用の5教科7科目が必須、かつ1000点満点で傾斜配点も何も無かった。
しかし推薦入試やAO入試など基本的に無い時代だったから、一次を受けないことには
国公立大学を受ける機会が皆無になるので、日頃の成績がどうだろうと受験するほかなかった。
あの数学の、正解をマークするときに欄が余ったり足りなかったりしたら*印をマークする、
というワケのわからない問題は、今もあるのだろうか
例えば解答のマーク欄が3つで、自分の答が2桁になったときは
余った欄に*印をマークする、とか、
逆に欄が3つまでしかないのに、自分の答えが小数第3位まであって書ききれないときは、
書けるところまで書いて最後の欄は*を塗っておく、とかいうヤツだ。
終わったあと、*印を使う問題がいくつあったか、を友人同志で答合わせした記憶がある。
試験当日、一度も使わなかった私は、何かを間違えていたことをその時点で悟ったものだ(泣)。

・きょうの午前中は舅姑の墓掃除と墓参りに行き、舅宅にも行ってきた。
きょうはなぜか、墓地にはすずめが何羽か来ていた。
「ちゅんちゅん、きょうはみんなでお墓参りに来たのかね~」
などと、能天気の極みのようなことを言っていた私は、うちの墓を見て噴火した。
すずめどもの、立派な××が、いくつもしてあったからだ。
見ると、よそのお墓にもあちこち、してあった。
新年から、ウンのつき始めかよ(--#)。
ぞうきん絞って墓石を拭いて、後始末をさんざんさせられた。
年末まではこのようなことは全くなかったと思うのだが、
すずめたちは、お正月用の生花として供えられた南天などをつつきに来たのか?
なお、舅宅のほうでは、二階の洗面所前でゴキが2体倒れていた。なんまんだぶ。

・年末休みのあたりから昨日までにかけて読んだ本。
『モーツァルトとベートーヴェン』(中川右介)青春新書
『楽しい古事記』(阿刀田高)角川文庫
『影まつり』(阿刀田高)集英社文庫
『残酷な王と悲しみの王妃』(中野京子)集英社
『一房の葡萄 他四編』(有島武郎)岩波文庫
『救命センター当直日誌』(浜辺祐一)集英社文庫(再読)
『唐詩選のことば』(石川忠久)明徳出版社
『英語教育が亡びるとき』(寺島隆吉)明石書店
『サロメの乳母の話』(塩野七生)中公文庫(再読)
『春日局』(杉本苑子)集英社文庫

・このあと読む予定なのは、
『袋小路の男』(絲山秋子)講談社文庫
『額田女王』(井上靖)新潮文庫
『父・こんなこと』(幸田文)新潮文庫
『奔馬――豊饒の海(二)』(三島由紀夫)新潮文庫 ←去年から読みかけ
『中国宰相列伝』(守屋洋)社会思想社 ←舅宅で発掘した昭和51年の本

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