漢詩の会、最後の日だった。
先生が、最終講義のためにお選びになったのは、
李白の代表的な詩二十編ほどと、
白居易の『慈烏夜啼』、それに『燕詩示劉叟』だった。
『燕詩示劉叟』(燕(えん)の詩 劉叟(りゅうそう)に示す)
は我が子の巣立ちを見送る親を描いた詩だ。
つがいの燕が、四羽の雛たちを懸命に育てるのだが、
言葉を覚え、羽根が生えそろった雛たちは、あるとき、
天高く飛び立ち、親が呼んでも帰って来なくなってしまう。
燕燕爾勿悲
爾當返自思
思爾爲雛日
高飛背母時
當時父母念
今日爾應知
燕や燕 爾(なんじ)悲しむ勿(なか)れ
爾(なんじ) 當(まさ)に 返って自(みずか)ら思ふべし。
思へ 爾(なんじ)の雛(ひな)爲(た)りし日,
高く飛んで 母に 背(そむ)きし時を。
當時の 父母の念(おもひ)
今日 爾(なんじ)應(まさ)に知るべし。
……身につまされますな(爆)。
うちの娘も今、高校を出たらどこかに行くと言っているし、
それはまさに、私も主人もかつてして来たことで、
子を送り出す親の心情というのは、
その立場になって初めてわかることもいろいろとあるものなのだ。
まあ、でも、進学や就職で家を出るのは、むしろ喜ぶべきことで、
少なくとも文字通りには「背いて」出て行くわけではない、
というのが救いかな。
新しい生活に夢中になって、あまり後ろを見なかったのは確かだが、
でもまあ、自分たちも昔、「行くな」と止められたのではなかったし、
今の私達にしたところが、娘を全然、止めてないし(^_^;。
そのあと、場を移して、近所の料理屋さんでお別れ会の昼食会をした。
何しろ、メンバーの年齢層が高いので(^_^;、
盛り上がると、幼年学校校歌、海軍兵学校校歌、の世界だった。
「岩崎嶽東の『国体篇』を読んだら、右翼になりますか?」
と一人の男性会員がユーモアを交えて質問されると、先生は、
「いいえ。右翼が、わかるように、なります」
とお答えになった。
こういう場を、今後失ってしまうのは、私にとって大きな損失だと思った。
この会には、単なる素養としての漢文の知識だけではなくて、
日常生活では私が決して得ることのできない、「古き良き」ものがあった。
この文化を肌でご存知だった世代の先生から、直接お話を伺えなくなるのは、
私のような者には大変残念なことだ。
しかし時の流れは止まらず、若者は巣立ち、
人は誰しも年齢を重ね、世の中は変わる。
年年歳歳花相似(年年歳歳 花あい似たり)
歳歳年年人不同(歳歳年年 人同じからず)
と劉希夷も言っていると、この講座で幾度も習ったではないか。
先生の、ますますのご健康をお祈りし、一本締めで閉会となった。
長い間、本当にありがとうございました<(_ _)>。
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