話は後先になるが、我々母子にメッコールを用意するため
洋子さんが席を外している間に、奇妙なことが起きる。
白いブラウスに、黒っぽい無地のスカートをはいた
事務所メンバーらしき若い女性が私の席に近づいてきた。
女性は手に大きめの絵本を持っていた。
硬い表紙の立派な物だったが、何の絵本かはわからない。
日本語じゃないからだ。
私はそれを見て、次男に絵本を貸してくれるのだと思う一方
宗教的内容であれば、ありがた迷惑だから断るつもりだった。
女性は笑顔で私に会釈して、失礼します…と向かい合わせに座る。
それからテーブルの上で絵本の真ん中あたりを開くと、自分の膝に置いた。
膝は当然、テーブルの下にある。
どうやら絵本を隠したいらしい。
彼女は自分の膝の上で開いた本と私を交互に見て、しきりに合図を送るが
私は意味がわからず、呆然と彼女の顔を見つめるばかり。
洋子さんより少し年上の、可愛らしい人だ。
察しの悪い私に焦ったのか、小声でささやく彼女。
「早く…封筒をここに…」
「封筒?」
ますます意味がわからん。
遠回しではラチがあかないと思ったのか、女性ははっきりと口にした。
「今日は、お金を持って来られる日ですよね?」
ここでようやく反応する私。
「あなたに借金した覚えはありませんけど?」
そこへ洋子さんがメッコールを運んで来たので
女性は相手を間違えたことがわかったようだ。
愛想笑いをしながら立ち上がり、絵本を閉じて立ち去った。
「ここはサラ金もやってんの?」
私は洋子さんに言った。
もちろん、ジョーク。
若く鈍感な私でも、さすがにわかる。
あれは寄付の集金。
本の大きさから推測すると、大金用だ。
小さい本では、札束の厚みではみ出してしまう。
この日に寄付をする約束をした人がいて、彼女は人違いをしたと思われる。
絵本は見る物だと思っていたが、密かにお金をやり取りするためにも使うらしい。
サラ金と言われて説明が必要と思ったのか
洋子さんは初対面の時と変わらぬ誠実な態度で話した。
「教会の教えに賛同してくださった方から、献金をいただくことがあります」
「大金でしょ」
「今の自分に用意できる精一杯のお金です。
お金持ちであればお金持ちなりに、貧しければ貧しいなりにで良いので
金額は関係ありません。
精一杯のマゴコロを示すことで、苦しんでいる先祖が救われて
献金した人には真実の幸福が訪れるんです」
「……」
バカバカしいので、帰ることにした。
「それじゃ、失礼します」
次男の手を引いて入り口の方へ向かおうとすると、洋子さんが言った。
「これから、予定がありますか?」
予定があろうと無かろうと、あんたに関係ないでしょ…今なら言う。
が、当時の私は今よりもっとバカだったので、真面目に答えた。
「もうお昼だから、この子と何か食べて帰ります」
すると洋子さん…
「私もご一緒していいですか?
いいお店を知っているので、ご案内します」
おぼこかった私は、彼女がそう嫌いなタイプではなく
二度と会うことは無いと思っていたので、うっかり承諾してしまった。
案内されたのは、近くにあるビジネスホテル。
ここのレストランの昼定食が、安くて美味しいのだと洋子さんは言う。
店内に入って案内されたのは、小人数の会食に使われる八畳ほどの個室だ。
そしてそこには、中年の優しそうなおばさんが待っていた。
「私の姉のような人です」
洋子さんは、そのおばさんを紹介した。
それはいい、それはかまわない…
だまし討ちみたいで嫌だけど、こうなってしまったからには良しとしよう。
で、食事を始めたら、おばさんが、後でもう一人来ると言い出す。
「忙しいかたで、今は別の場所で講演中ですけど
さっきお願いしたら、ここへも特別に顔を出してくださるそうです。
何でもわかる偉い先生なので、ぜひ会って帰ってください」
やられた…と思いましたよ、そりゃ。
それはそうと、部屋に入った時から気になったのが
時折かすかに聞こえる「プツ…プツ…」という音。
「何の音ですかね?」
私が言うと、おばさんは微笑みながら言った。
「よくあるんですよ。
私たちの出会いを天が喜んでいるんです」
イカれとるわ。
この音には聞き覚えがある。
多分、ワイヤレスマイク。
私は子供の学校役員の活動で、たまにワイヤレスマイクを使うことがあった。
30年余り昔は、電波の状態によってこういう音がしたものだ。
どこかに仕掛けてあるのかも。
食事をしながら、洋子さんとおばさんは代わる代わる
出身地、年令、家族構成など、私に様々な質問をする。
適当に答えているうちに、プツ…プツ…が止んだと思ったら
“何でもわかる偉い先生”が登場。
中年の、髪は薄いがなかなかイケメンだ。
私はここで彼のお話をうかがうことになるのだが
話し上手なこともあって、けっこう面白い内容だった。
かのやんごとなきあのお宅は、明治時代に血統が韓国人に変わっている…
だから韓国と日本は、兄弟として親しく行き来しなければならない…
そのために今、教会がリーダーとなって秘密裏に日韓トンネルを掘っている…
トンネル工事の費用は、心ある人々から集めた献金でまかなわれている…
そのトンネルは東北にあり、もう少しで完成する…
これが面白くなくて何であろう。
抱腹絶倒ものだ。
そして彼は言った。
「今お話ししたことは、絶対に人に言わないでください。
あなたは天から選ばれた人なので、特別にお話ししたのです。
教会とご縁ができたので、3年前に亡くなったお祖父様がとても喜ばれいます。
先祖の皆さんをたくさん連れて、さっき私の所へお礼を言いに来られました」
「えっ?祖父が…?」
驚くワタクシ。
すまん!質問に適当に答えて悪かった!
実はその頃、祖父はまだ生きていた。
面倒だから、3年前に死んだと答えたのだ。
偉い先生は別の個室で昼ごはんを食べながら
こっちの部屋の話をワイヤレスマイクで盗聴していたらしい。
これで情報を入手したら、偉い先生という役柄で登場し
カモの個人情報をズバリ言い当てる。
「なぜ知っているの?!」
バカなカモは、アッと驚く。
そして霊感に感動してひれ伏し、今後は言いなりになる段取り。
だけど裏って、こんなものなのよ。
《続く》
洋子さんが席を外している間に、奇妙なことが起きる。
白いブラウスに、黒っぽい無地のスカートをはいた
事務所メンバーらしき若い女性が私の席に近づいてきた。
女性は手に大きめの絵本を持っていた。
硬い表紙の立派な物だったが、何の絵本かはわからない。
日本語じゃないからだ。
私はそれを見て、次男に絵本を貸してくれるのだと思う一方
宗教的内容であれば、ありがた迷惑だから断るつもりだった。
女性は笑顔で私に会釈して、失礼します…と向かい合わせに座る。
それからテーブルの上で絵本の真ん中あたりを開くと、自分の膝に置いた。
膝は当然、テーブルの下にある。
どうやら絵本を隠したいらしい。
彼女は自分の膝の上で開いた本と私を交互に見て、しきりに合図を送るが
私は意味がわからず、呆然と彼女の顔を見つめるばかり。
洋子さんより少し年上の、可愛らしい人だ。
察しの悪い私に焦ったのか、小声でささやく彼女。
「早く…封筒をここに…」
「封筒?」
ますます意味がわからん。
遠回しではラチがあかないと思ったのか、女性ははっきりと口にした。
「今日は、お金を持って来られる日ですよね?」
ここでようやく反応する私。
「あなたに借金した覚えはありませんけど?」
そこへ洋子さんがメッコールを運んで来たので
女性は相手を間違えたことがわかったようだ。
愛想笑いをしながら立ち上がり、絵本を閉じて立ち去った。
「ここはサラ金もやってんの?」
私は洋子さんに言った。
もちろん、ジョーク。
若く鈍感な私でも、さすがにわかる。
あれは寄付の集金。
本の大きさから推測すると、大金用だ。
小さい本では、札束の厚みではみ出してしまう。
この日に寄付をする約束をした人がいて、彼女は人違いをしたと思われる。
絵本は見る物だと思っていたが、密かにお金をやり取りするためにも使うらしい。
サラ金と言われて説明が必要と思ったのか
洋子さんは初対面の時と変わらぬ誠実な態度で話した。
「教会の教えに賛同してくださった方から、献金をいただくことがあります」
「大金でしょ」
「今の自分に用意できる精一杯のお金です。
お金持ちであればお金持ちなりに、貧しければ貧しいなりにで良いので
金額は関係ありません。
精一杯のマゴコロを示すことで、苦しんでいる先祖が救われて
献金した人には真実の幸福が訪れるんです」
「……」
バカバカしいので、帰ることにした。
「それじゃ、失礼します」
次男の手を引いて入り口の方へ向かおうとすると、洋子さんが言った。
「これから、予定がありますか?」
予定があろうと無かろうと、あんたに関係ないでしょ…今なら言う。
が、当時の私は今よりもっとバカだったので、真面目に答えた。
「もうお昼だから、この子と何か食べて帰ります」
すると洋子さん…
「私もご一緒していいですか?
いいお店を知っているので、ご案内します」
おぼこかった私は、彼女がそう嫌いなタイプではなく
二度と会うことは無いと思っていたので、うっかり承諾してしまった。
案内されたのは、近くにあるビジネスホテル。
ここのレストランの昼定食が、安くて美味しいのだと洋子さんは言う。
店内に入って案内されたのは、小人数の会食に使われる八畳ほどの個室だ。
そしてそこには、中年の優しそうなおばさんが待っていた。
「私の姉のような人です」
洋子さんは、そのおばさんを紹介した。
それはいい、それはかまわない…
だまし討ちみたいで嫌だけど、こうなってしまったからには良しとしよう。
で、食事を始めたら、おばさんが、後でもう一人来ると言い出す。
「忙しいかたで、今は別の場所で講演中ですけど
さっきお願いしたら、ここへも特別に顔を出してくださるそうです。
何でもわかる偉い先生なので、ぜひ会って帰ってください」
やられた…と思いましたよ、そりゃ。
それはそうと、部屋に入った時から気になったのが
時折かすかに聞こえる「プツ…プツ…」という音。
「何の音ですかね?」
私が言うと、おばさんは微笑みながら言った。
「よくあるんですよ。
私たちの出会いを天が喜んでいるんです」
イカれとるわ。
この音には聞き覚えがある。
多分、ワイヤレスマイク。
私は子供の学校役員の活動で、たまにワイヤレスマイクを使うことがあった。
30年余り昔は、電波の状態によってこういう音がしたものだ。
どこかに仕掛けてあるのかも。
食事をしながら、洋子さんとおばさんは代わる代わる
出身地、年令、家族構成など、私に様々な質問をする。
適当に答えているうちに、プツ…プツ…が止んだと思ったら
“何でもわかる偉い先生”が登場。
中年の、髪は薄いがなかなかイケメンだ。
私はここで彼のお話をうかがうことになるのだが
話し上手なこともあって、けっこう面白い内容だった。
かのやんごとなきあのお宅は、明治時代に血統が韓国人に変わっている…
だから韓国と日本は、兄弟として親しく行き来しなければならない…
そのために今、教会がリーダーとなって秘密裏に日韓トンネルを掘っている…
トンネル工事の費用は、心ある人々から集めた献金でまかなわれている…
そのトンネルは東北にあり、もう少しで完成する…
これが面白くなくて何であろう。
抱腹絶倒ものだ。
そして彼は言った。
「今お話ししたことは、絶対に人に言わないでください。
あなたは天から選ばれた人なので、特別にお話ししたのです。
教会とご縁ができたので、3年前に亡くなったお祖父様がとても喜ばれいます。
先祖の皆さんをたくさん連れて、さっき私の所へお礼を言いに来られました」
「えっ?祖父が…?」
驚くワタクシ。
すまん!質問に適当に答えて悪かった!
実はその頃、祖父はまだ生きていた。
面倒だから、3年前に死んだと答えたのだ。
偉い先生は別の個室で昼ごはんを食べながら
こっちの部屋の話をワイヤレスマイクで盗聴していたらしい。
これで情報を入手したら、偉い先生という役柄で登場し
カモの個人情報をズバリ言い当てる。
「なぜ知っているの?!」
バカなカモは、アッと驚く。
そして霊感に感動してひれ伏し、今後は言いなりになる段取り。
だけど裏って、こんなものなのよ。
《続く》