16日は、またまた同級生ユリちゃんの実家のお寺で料理をした。
この日は毎年恒例のお盆行事、施餓鬼供養(せがきくよう)。
行事の時は、いつもは来ない檀家さんも参加するので、普段より人数が増える。
去年は20人超えの大盛況だったが、今年はコロナの影響がひどいため
帰省した家族を伴って参加する檀家はいないと踏み、15〜6人と予想。
お寺料理のメンバー、モンちゃんは仕事で来られない。
洗い場担当のモンちゃんが欠席するのは痛いが、甲状腺に緑内障、高血圧に骨粗相症…
持病のデパートのような彼女をクーラーの無い台所で働かせるのは酷なので
むしろ休んでもらった方が安心だ。
よって今年はマミちゃんと私、そして公務員OGの梶田さん
この3人でやることになった。
彼女のタコ飯が食べたいと言ったら手伝ってくれることになり、幸運だった。
当日は曇りで思ったほど暑くなかったが
去年、コメント欄で教えていただいた空調ベストと
アイス首巻き(保冷剤を仕込むタオルみたいなの)
それから、今年発売されたアイス首輪(首に装着するリングみたいなの)
さらに首かけ扇風機を用意して臨んだ。
ちなみにアイス首輪は3千円ぐらいしたけど、あんまり役に立たない。
ひんやりするのは付けた時だけで、すぐに生温くなる。
温度差によって生じる水滴が出ないだけが売りの、邪魔な首輪だ。
とにかく暑い台所で暑い目に遭いたくない一心の私は
この日のために秘策を用意していた。
巻き寿司よ。
14日に家で作った巻き寿司は、家族に喜ばれた。
それをお寺料理でも作るのだ。
アレらが喜ぼうが喜ぶまいが、関係ない。
家で作って持って行き、昼に出して、さらに持ち帰りの土産にできる。
朝、作ったら最後、それっきり主食の心配をしなくていいではないか。
家で作るとなると、米は我が家の持ち出しになるが、かまうもんか。
お寺のお供えの米は、長く放置されているので美味しくない。
その米を研いで、炊いて、暑い所で熱いおむすびを握るなんてゴメンだね。
炊飯で室温が上がるし、時間の無駄だ。
あとは長男の釣った鯛を裏庭で炭火焼きにして鯛そうめんを作り
次男の釣った鮎も同じく炭火焼きにして、鮎の塩焼き。
私の担当はこれで終わり。
さて当日、私は朝4時から米を1升と3合炊き
卵を焼いて巻き寿司を18本巻いた。

私にとって巻き寿司は、料理ではなく工作なので苦にならない。
炭火を起こすのに時間がかかるので、この日はマミちゃんと一緒に行かず
朝9時過ぎに単独でお寺に赴いた。
10時半になると、マミちゃんと梶田さんが到着。
梶田さんは約束通り、タコ飯を作って来てくれた。
そしてこの日、我々はユリちゃんのご主人モクネン君から、厄介な使命を受けていた。
その使命とは、ハムカツを作れというものだ。
彼は来年6月に開催するお寺の祭りに、我々の屋台を出したいと目論んでいた。
そして販売するメニューをなぜかハムカツと勝手に決め、祭りの名物に…
引いては町の名物にして、町興しのひとつにしたいとおっしゃる。
来年までにその試食を何度かやって味を決めたいということで
今回から始めてもらいたいと言われていた。
ざけんなよ…
我々だけでなく、ユリちゃんも密かに憤慨した。
うちらの町は今では過疎の田舎だが、昔は港を拠点に栄えていて
旅館や料亭、飲食店がひしめいていた。
芸者の置屋や検番もあり、うちらが小さい頃はまだ芸者さんが存在していて
夜になると、あちこちの旅館の座敷から三味線の音色が聞こえたものだ。
町には芸者OGの教える三味線、小唄、長唄などの教室があって
華道、茶道、日舞も盛んだった。
つまり町民は豊かで味にうるさく、粋を好む。
そういう土地柄でハムカツは、トンカツが買えない人の代用品であり
不粋な食品という扱い。
そんなモンで町興しなんざ、ヘソが茶ぁ沸かすわ。
モクネン君は市外の人なので、うちら地元民の変なプライドなんか知らないのだ。
そのヘソが茶ぁ沸かすモンを揚げて屋台で売りながら
もちろん例年通り、祭りを手伝う人々の昼食、夕食、打ち上げの夜食も作れって
3人でできるわけなかろうが。
私はその時…つまり前回のお寺料理の時に言った。
「屋台か料理のどっちかしか、できません」
しかしモクネン君は納得しない。
「不可能を可能にしていただきたい。
前は屋台でカツ丼をやってもいいと言ってたじゃないですか」
「あの頃は檀家のおばちゃんたちが配膳や洗い場を手伝ってくれてましたし
こちらには、けいちゃんがいました。
今はどっちもいなくなって、3人だけです。
ふがいない私らに見切りをつけて
両方できる人材を探されることをお勧めします」
険悪な雰囲気にならないよう、私はやんわりと言ったが
モクネン君は一笑に伏す。
「ハハハ!そんな人、いるわけありませんよ」
自分は不可能を可能にする気が無いらしい。
ともあれ言い出したら聞かないモクネン君のため
ハムカツは一応、用意することになった。
とりあえず周りが素直にやれば、満足するのだ。
自分の気まぐれな命令で、人が動くところを見たいだけである。
そのうち彼のやる気はしぼんでいき
やがて「ハムカツ?何のこと?」になる予定。
この思考回路、亡き義父アツシや取り巻きのおじさんたちと同じだからわかる。
み〜んな店や会社を失い、一人ぼっちになって死んで行った。
オ〜ッホッホッホ。
この話を聞いた梶田さんが、名乗りを上げてくれた。
「冷凍のハムカツ買って、うちで揚げてくるわ。
おいしくないから諦めるでしょ」
さすがは元公務員、市民の扱いに慣れている。
というわけで、この日は15人の会食となった。
午前中にお寺で親の初盆の法要をした夫婦がいて、喪服のまま初参加。
食事の豪華さに目を見張り、大変喜んでくれたので
モクネン君もご満悦だった。
『みりこん作・惰性の巻き寿司』

「まさか巻き寿司が出るとは…」
「ここで巻き寿司をよばれられるなんて…」
一同は口々に言った。
巻き寿司=ご馳走
この先入観は、すごいと思った。
『みりこん作・惰性の鮎の塩焼き』

『みりこん作・惰性の鯛そうめん』

『マミちゃん作・メンタイフィーレのフライ タルタルソース』

私が好きなので作ったそう。
嬉しい。
『マミちゃん作・そうめん瓜のマヨネーズサラダ』

炒り卵とシーチキンが入っていて、コクがあり美味しかった。
この子の野菜料理は、組み合わせが天才的とすら思う。
『マミちゃん作・カボチャの煮物』

1ヶ月前にもらったカボチャで作ったという。
そう言えば先月の始めに、そのようなことを言っていた。
カボチャ、まだ無事だったのね。
『梶田さん作・ハムカツ』

「まだ改良の余地がありますね」
激安スーパーの冷凍食品とは知らずに食べたモクネン君が言い
梶田さんは「そうですね」と軽くいなしていた。
さすがだ…プププ。
あと、梶田さん作のタコ飯があったが、撮影し忘れた。
熱中症で倒れることもなく、無事に済んでホッとした。
この日は毎年恒例のお盆行事、施餓鬼供養(せがきくよう)。
行事の時は、いつもは来ない檀家さんも参加するので、普段より人数が増える。
去年は20人超えの大盛況だったが、今年はコロナの影響がひどいため
帰省した家族を伴って参加する檀家はいないと踏み、15〜6人と予想。
お寺料理のメンバー、モンちゃんは仕事で来られない。
洗い場担当のモンちゃんが欠席するのは痛いが、甲状腺に緑内障、高血圧に骨粗相症…
持病のデパートのような彼女をクーラーの無い台所で働かせるのは酷なので
むしろ休んでもらった方が安心だ。
よって今年はマミちゃんと私、そして公務員OGの梶田さん
この3人でやることになった。
彼女のタコ飯が食べたいと言ったら手伝ってくれることになり、幸運だった。
当日は曇りで思ったほど暑くなかったが
去年、コメント欄で教えていただいた空調ベストと
アイス首巻き(保冷剤を仕込むタオルみたいなの)
それから、今年発売されたアイス首輪(首に装着するリングみたいなの)
さらに首かけ扇風機を用意して臨んだ。
ちなみにアイス首輪は3千円ぐらいしたけど、あんまり役に立たない。
ひんやりするのは付けた時だけで、すぐに生温くなる。
温度差によって生じる水滴が出ないだけが売りの、邪魔な首輪だ。
とにかく暑い台所で暑い目に遭いたくない一心の私は
この日のために秘策を用意していた。
巻き寿司よ。
14日に家で作った巻き寿司は、家族に喜ばれた。
それをお寺料理でも作るのだ。
アレらが喜ぼうが喜ぶまいが、関係ない。
家で作って持って行き、昼に出して、さらに持ち帰りの土産にできる。
朝、作ったら最後、それっきり主食の心配をしなくていいではないか。
家で作るとなると、米は我が家の持ち出しになるが、かまうもんか。
お寺のお供えの米は、長く放置されているので美味しくない。
その米を研いで、炊いて、暑い所で熱いおむすびを握るなんてゴメンだね。
炊飯で室温が上がるし、時間の無駄だ。
あとは長男の釣った鯛を裏庭で炭火焼きにして鯛そうめんを作り
次男の釣った鮎も同じく炭火焼きにして、鮎の塩焼き。
私の担当はこれで終わり。
さて当日、私は朝4時から米を1升と3合炊き
卵を焼いて巻き寿司を18本巻いた。

私にとって巻き寿司は、料理ではなく工作なので苦にならない。
炭火を起こすのに時間がかかるので、この日はマミちゃんと一緒に行かず
朝9時過ぎに単独でお寺に赴いた。
10時半になると、マミちゃんと梶田さんが到着。
梶田さんは約束通り、タコ飯を作って来てくれた。
そしてこの日、我々はユリちゃんのご主人モクネン君から、厄介な使命を受けていた。
その使命とは、ハムカツを作れというものだ。
彼は来年6月に開催するお寺の祭りに、我々の屋台を出したいと目論んでいた。
そして販売するメニューをなぜかハムカツと勝手に決め、祭りの名物に…
引いては町の名物にして、町興しのひとつにしたいとおっしゃる。
来年までにその試食を何度かやって味を決めたいということで
今回から始めてもらいたいと言われていた。
ざけんなよ…
我々だけでなく、ユリちゃんも密かに憤慨した。
うちらの町は今では過疎の田舎だが、昔は港を拠点に栄えていて
旅館や料亭、飲食店がひしめいていた。
芸者の置屋や検番もあり、うちらが小さい頃はまだ芸者さんが存在していて
夜になると、あちこちの旅館の座敷から三味線の音色が聞こえたものだ。
町には芸者OGの教える三味線、小唄、長唄などの教室があって
華道、茶道、日舞も盛んだった。
つまり町民は豊かで味にうるさく、粋を好む。
そういう土地柄でハムカツは、トンカツが買えない人の代用品であり
不粋な食品という扱い。
そんなモンで町興しなんざ、ヘソが茶ぁ沸かすわ。
モクネン君は市外の人なので、うちら地元民の変なプライドなんか知らないのだ。
そのヘソが茶ぁ沸かすモンを揚げて屋台で売りながら
もちろん例年通り、祭りを手伝う人々の昼食、夕食、打ち上げの夜食も作れって
3人でできるわけなかろうが。
私はその時…つまり前回のお寺料理の時に言った。
「屋台か料理のどっちかしか、できません」
しかしモクネン君は納得しない。
「不可能を可能にしていただきたい。
前は屋台でカツ丼をやってもいいと言ってたじゃないですか」
「あの頃は檀家のおばちゃんたちが配膳や洗い場を手伝ってくれてましたし
こちらには、けいちゃんがいました。
今はどっちもいなくなって、3人だけです。
ふがいない私らに見切りをつけて
両方できる人材を探されることをお勧めします」
険悪な雰囲気にならないよう、私はやんわりと言ったが
モクネン君は一笑に伏す。
「ハハハ!そんな人、いるわけありませんよ」
自分は不可能を可能にする気が無いらしい。
ともあれ言い出したら聞かないモクネン君のため
ハムカツは一応、用意することになった。
とりあえず周りが素直にやれば、満足するのだ。
自分の気まぐれな命令で、人が動くところを見たいだけである。
そのうち彼のやる気はしぼんでいき
やがて「ハムカツ?何のこと?」になる予定。
この思考回路、亡き義父アツシや取り巻きのおじさんたちと同じだからわかる。
み〜んな店や会社を失い、一人ぼっちになって死んで行った。
オ〜ッホッホッホ。
この話を聞いた梶田さんが、名乗りを上げてくれた。
「冷凍のハムカツ買って、うちで揚げてくるわ。
おいしくないから諦めるでしょ」
さすがは元公務員、市民の扱いに慣れている。
というわけで、この日は15人の会食となった。
午前中にお寺で親の初盆の法要をした夫婦がいて、喪服のまま初参加。
食事の豪華さに目を見張り、大変喜んでくれたので
モクネン君もご満悦だった。
『みりこん作・惰性の巻き寿司』

「まさか巻き寿司が出るとは…」
「ここで巻き寿司をよばれられるなんて…」
一同は口々に言った。
巻き寿司=ご馳走
この先入観は、すごいと思った。
『みりこん作・惰性の鮎の塩焼き』

『みりこん作・惰性の鯛そうめん』

『マミちゃん作・メンタイフィーレのフライ タルタルソース』

私が好きなので作ったそう。
嬉しい。
『マミちゃん作・そうめん瓜のマヨネーズサラダ』

炒り卵とシーチキンが入っていて、コクがあり美味しかった。
この子の野菜料理は、組み合わせが天才的とすら思う。
『マミちゃん作・カボチャの煮物』

1ヶ月前にもらったカボチャで作ったという。
そう言えば先月の始めに、そのようなことを言っていた。
カボチャ、まだ無事だったのね。
『梶田さん作・ハムカツ』

「まだ改良の余地がありますね」
激安スーパーの冷凍食品とは知らずに食べたモクネン君が言い
梶田さんは「そうですね」と軽くいなしていた。
さすがだ…プププ。
あと、梶田さん作のタコ飯があったが、撮影し忘れた。
熱中症で倒れることもなく、無事に済んでホッとした。