殿は今夜もご乱心

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デンジャラ・ストリート 陰謀篇

2017年02月02日 09時09分58秒 | みりこんぐらし
デンジャラ・ストリートが好評(ご一名様)なので

調子に乗って続けることにした。

今度はちょっと深刻。



我々一家の住む後期高齢者だらけの通り

名付けてデンジャラ・ストリートは

その名の通り、デンジャラスな局面を迎えている。

自治会長、森山さんの暗躍である。


この界隈では若手の森山自治会長は、67才。

この人には以前にも触れたことがあるが

住民は、明るくて世話好きな彼をあがめる信奉者と

その暑苦しさを嫌うアンチ派とに分かれている。


昨年は二年に一度の自治会長改選だったが

他になり手が無くて彼が再選された。

その頃から、何やら怪しい雰囲気が漂い始める。


最初の被害者は、うちの隣に住む一人暮らしのおばさん、84才。

昨年の春頃から様子がおかしくなり、近隣では認知症がささやかれていた。

そこでしゃしゃり出たのがいつものバカ‥

そう、隣人の私。

毎日、晩のおかずなんぞ持って隣へ行き、1時間ほどおしゃべりをして帰る。

自分でやっておいてナンだが、日課となると非常に忙しい。

しかも苦労話と自慢話を延々と聞くばっかり。

が、努力の甲斐あってか、2ヶ月ほど経つとおばさんは少し明るくなった。


夏が過ぎ、秋が過ぎ、おばさんはすっかり元気になった‥

と思っていたけど違った。

その頃になって初めて、彼女はコトの真相を打ち明けたのである。



ご主人が亡くなった当初、森山さんは自治会長として

おばさんの家を頻繁に訪れ、何くれとなく世話を焼いた。

おばさんもまた、森山さんを信頼しきって

誰にでもそうするように、家族のことをすっかり話してしまった。

一流大学を出て、一流企業に勤める息子さんのこと。

お嬢様大学を出て、エリートのご主人と結婚した娘さんのこと。

このへんで止めればいいのだが、どちらも心優しい人格者であることも

長いエピソードをまじえて披露せねば気がすまない。


しかしそうなると、今度は矛盾が生じてくる。

その一流の人格者たるお子様たちが、日帰りできる距離に生活しながら

淋しがるお母様を放置する不思議である。


そこで何もかも話す羽目になる。

有能なため多忙につき、帰省どころではないこと

都会に家を建ててしまったので、Uターンの可能性は無いこと

それぞれの配偶者が冷たいので、帰省の許可が降りにくいこと

「だから私はいつも一人」

この結論に着地してしまう。



ここまでしゃべってしまうのが、おばさんの人の好いところだが

近隣住民はさすが人生の達人揃い。

彼女の自慢話に辟易しつつ、ひそかに危惧していた。

「淋しいとか、いつも一人とか言いふらしてるけど

悪い人の耳に入ったら危ないわ」



そんなある日、森山さんはおばさんに持ちかけた。

「お宅の畑を隣のお寺に売りませんか?

お寺が駐車場を欲しがっているんですよ」

森山さんは土地売買や相続問題を扱う自営業。

土地の仲介はビジネスになるのだ。


おばさんの家は代々、自宅とは別に

デンジャラ・ストリートの一角に小さな畑を所有していた。

畑とは名ばかり、何も作らなくなって久しい荒れ地で

縦に長い畑の半分は、裏山の斜面にせり上がっているという難のある土地。

3年前にご主人が亡くなり、この畑はおばさんが相続した。


永遠に放置するしかない畑なので、とても良い話に聞こえるが

土地の形状と同じく、この話には難があった。

「ただし買いたいのは道路に面した半分だけで、斜面はいらない」

という虫のいいものである。


「全部でないと、売るわけにはいかない」

おばさんは断った。

しかし森山さんは売れ、売れと日参してくる。

お寺の方とは、すっかり話ができあがっている様子だったという。


おばさんがなかなか首を縦に振らないので、森山さんは作戦を変更した。

「お宅の畑の溝が詰まって、雨が降ると水浸しになっていますよ。

掃除をしないといけないが、年だから無理でしょう。

僕がやりましょうか?」

おばさんは他に言いようもなく

「よろしくお願いします」と言った。

後日、森山さんが明るく2万円の請求書を持って来たので

おばさんは怖くなって払った。

畑の溝が掃除されたのかどうかは不明。


また別のある日は

「お宅の畑、使わないなら、僕が菖蒲園にして

ちょっとした観光地にしたいと思うんです」

と言ってきた。

2万円をふんだくられた経験から、これはさすがに断ったという。


おばさんは怖くなった。

彼は、他人の登記簿や戸籍を閲覧できる国家資格を持っている‥

子供たちが帰って来ないことも話してしまった‥

自分一人を落とせばいいと、調べはついているのだ‥

悩んだおばさんは不眠症に陥り

病院でもらった精神安定剤を服用するようになった。


おばさんがおかしいと言われ始めたのは、その頃である。

ぼんやりしたり、人と話していて急に泣き出したり

意味不明のことを口走るようになった彼女を

近所の者はうつ病や認知症と噂したが、どうやら安定剤のせいだったらしい。


一年ほど経過した頃、森山さんはあきらめたのか、足が遠のいた。

私が隣へ通い始めたのも、同じ頃。

森山さんが来なくなり、おばさんは安定剤の服用をやめたので

次第に元気になったというわけ。

私の功績じゃなかったのは確かだ。


《続く》
コメント (9)
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