隣のおばさんの畑をあきらめ、トキちゃんの畑から手を引いた森山自治会長。
さすがに懲りたかと思いきや、違っていた。
おばさんの畑もトキちゃんの畑も
彼がもくろむ計画の道すがらで見つけた
ほんのオマケに過ぎなかったのである。
我々一家が、夫の実家のあるデンジャラ・ストリートで暮らし始めて
この3月で5年になる。
ストリートに来た当時の私は、森山さんが立派な人だと思っていた。
彼の家の隣に、5百坪ほどの駐車場がある。
持ち主は、隣の市に住むおばあちゃん。
亡くなったご主人から相続したものの
住まいが離れているし、高齢で持病もあり、管理は難しかった。
おばあちゃんには同居している50代の一人息子がいたが
この息子さんは前出のトキちゃん同様
「お察しください」のおかたで、頼りにならない。
そこで隣に住む森山さんが駐車場の管理を申し出て
親切にも無料で代行してやるようになった。
2年後、持ち主のおばあちゃんは持病が悪化して、寝たきりになった。
息子さんから相談を受けた森山さんは
各方面に手続きをして、おばあちゃんを施設に入所させ
その後もおばあちゃんの施設や息子さんの住む家に
時々通って世話をした。
やがておばあちゃんは、森山さんに感謝しながら亡くなったという。
このことを本人や他の人から聞いて
「なんと殊勝な人がおられることよ!」
私は感動し、尊敬すらしていたのである。
森山さんの本当の計画を知ったのは、昨年の冬だった。
自治会の集まりで、彼はにぎにぎしく発表した。
「自治会の集会所を作ります!」
デンジャラ・ストリートには集会所が無かった。
必要な時は、隣の自治会が持っている集会所を借りていたのだ。
発表を聞いて住民一同は拍手したが、すぐに疑問もわいた。
「どこに?」
森山さんは得意満面で答えた。
「うちの隣の駐車場です!」
彼の説明は、こうだ。
駐車場のおばあちゃんは、後を頼むと言って息を引き取った。
その「後」とは、頼りない一人息子のことも含まれていると思うので
息子さんの代わりに駐車場の管理を続けてきた。
先日、息子さんと話していて集会所の話題になった。
すると息子さんが、自ら申し出てくれた。
「うちの駐車場を半分、寄付します。
そこに集会所を建ててもらえれば、亡き母も喜びます」
他に証人もおらず、足りないという話の息子さんが本当に発言したかどうかは
定かでない。
「また半分かい!」
心でそう突っ込んだのは、隣のおばさんと私だけだったと思うが
ともあれ集会所の建築にあたり、森山さんは説明に入った。
宝くじ協会が、集会所の建築費用を出してくれる制度がある‥
上限は5百万円で、抽選になる‥
年に一度の抽選に応募を続けながら
自分たちでできることは進めていきましょう‥
設計はAさん、施工はBさん、洗面台やトイレの設置はCさんに
できるだけ安く行ってくださるよう
すでにお願いして了承をいただいております‥
森山さんは取り巻きの住民の名前を挙げた。
「業者を雇わずに、手作りで安くあげましょう」
つきましては‥
森山さんはいよいよ本題に入る。
「抽選に当たったとしても、5百万円では集会所は建ちませんから
一軒につき、一口3万円の寄付を集めたいと思います」
ここでブーイングが出ないのが、デンジャラ・ストリート。
元々金持ちが多く、若い頃から見栄の張り合いをしてきたので
決して本音を口走るわけにいかず、我慢比べになるからである。
金持ちが多いのは偶然ではない。
この通りには昔、二つの工場があった。
工場が移転することになり、宅地として売りに出されたが
販売には持ち主から出された条件が3つあった。
持ち主が認める買い手であること、ひと区画100坪以上、それに即金。
工場の持ち主と知り合いとなると、どうしても社長仲間が多くなる。
100坪以上の土地代金を即金で用意できるのも、同じく。
というわけで、知り合い同士の社長仲間の家々が
揃ってデンジャラ・ストリートに並んだ。
45年を経て、我が家は没落したが
他の家は現役時代の蓄財で持ちこたえているというわけ。
さて3万円の寄付と聞いて、見栄を張る必要の無い私も黙っていた。
金が惜しいと反論したいのは山々だが、この話は難航すると踏んだからだ。
はたして住民から寄付を集めるところまで、こぎつけられるかどうか。
森山さんがお帳面のプロなら、こちとら土木のプロ。
「ウワモノ建てる前に、駐車場のアスファルトを誰がハツるんじゃ。
これにどんだけの労力とゼニがかかるか、知らんのか。
カッターは、ドリルはどうするんね。
しかもハツったアスガラ(アスファルトの残骸)を
どこへ持って行くんじゃ。
ルート持っとんか、ボケ」(心の声)
「ハツる」とは土木建設用語で、削って剥がすという意味。
プレハブならいざ知らず
アスファルトを敷いた駐車場にまともな家を建てる場合
まずアスファルトを剥がし、それから整地をしなければ
次の段階には進めない。
厄介な基礎を飛ばして間取りやトイレを語る森山さん。
建設業界で生きる私には、現実味が感じられなかった。
それに公共の建物のために個人の土地を寄付した場合
そのままだと受け取った方でなく、寄付した方に税金がかかる。
逆ならわかるが、本当にそうなのだ。
この金を誰が払うというのだ。
しかし抜け道はある。
お帳面のプロ、森山さんが、どうやって抜け道を通るのか。
そして集会所は本当に建つのか。
お手並み拝見といこう。
《続く》
さすがに懲りたかと思いきや、違っていた。
おばさんの畑もトキちゃんの畑も
彼がもくろむ計画の道すがらで見つけた
ほんのオマケに過ぎなかったのである。
我々一家が、夫の実家のあるデンジャラ・ストリートで暮らし始めて
この3月で5年になる。
ストリートに来た当時の私は、森山さんが立派な人だと思っていた。
彼の家の隣に、5百坪ほどの駐車場がある。
持ち主は、隣の市に住むおばあちゃん。
亡くなったご主人から相続したものの
住まいが離れているし、高齢で持病もあり、管理は難しかった。
おばあちゃんには同居している50代の一人息子がいたが
この息子さんは前出のトキちゃん同様
「お察しください」のおかたで、頼りにならない。
そこで隣に住む森山さんが駐車場の管理を申し出て
親切にも無料で代行してやるようになった。
2年後、持ち主のおばあちゃんは持病が悪化して、寝たきりになった。
息子さんから相談を受けた森山さんは
各方面に手続きをして、おばあちゃんを施設に入所させ
その後もおばあちゃんの施設や息子さんの住む家に
時々通って世話をした。
やがておばあちゃんは、森山さんに感謝しながら亡くなったという。
このことを本人や他の人から聞いて
「なんと殊勝な人がおられることよ!」
私は感動し、尊敬すらしていたのである。
森山さんの本当の計画を知ったのは、昨年の冬だった。
自治会の集まりで、彼はにぎにぎしく発表した。
「自治会の集会所を作ります!」
デンジャラ・ストリートには集会所が無かった。
必要な時は、隣の自治会が持っている集会所を借りていたのだ。
発表を聞いて住民一同は拍手したが、すぐに疑問もわいた。
「どこに?」
森山さんは得意満面で答えた。
「うちの隣の駐車場です!」
彼の説明は、こうだ。
駐車場のおばあちゃんは、後を頼むと言って息を引き取った。
その「後」とは、頼りない一人息子のことも含まれていると思うので
息子さんの代わりに駐車場の管理を続けてきた。
先日、息子さんと話していて集会所の話題になった。
すると息子さんが、自ら申し出てくれた。
「うちの駐車場を半分、寄付します。
そこに集会所を建ててもらえれば、亡き母も喜びます」
他に証人もおらず、足りないという話の息子さんが本当に発言したかどうかは
定かでない。
「また半分かい!」
心でそう突っ込んだのは、隣のおばさんと私だけだったと思うが
ともあれ集会所の建築にあたり、森山さんは説明に入った。
宝くじ協会が、集会所の建築費用を出してくれる制度がある‥
上限は5百万円で、抽選になる‥
年に一度の抽選に応募を続けながら
自分たちでできることは進めていきましょう‥
設計はAさん、施工はBさん、洗面台やトイレの設置はCさんに
できるだけ安く行ってくださるよう
すでにお願いして了承をいただいております‥
森山さんは取り巻きの住民の名前を挙げた。
「業者を雇わずに、手作りで安くあげましょう」
つきましては‥
森山さんはいよいよ本題に入る。
「抽選に当たったとしても、5百万円では集会所は建ちませんから
一軒につき、一口3万円の寄付を集めたいと思います」
ここでブーイングが出ないのが、デンジャラ・ストリート。
元々金持ちが多く、若い頃から見栄の張り合いをしてきたので
決して本音を口走るわけにいかず、我慢比べになるからである。
金持ちが多いのは偶然ではない。
この通りには昔、二つの工場があった。
工場が移転することになり、宅地として売りに出されたが
販売には持ち主から出された条件が3つあった。
持ち主が認める買い手であること、ひと区画100坪以上、それに即金。
工場の持ち主と知り合いとなると、どうしても社長仲間が多くなる。
100坪以上の土地代金を即金で用意できるのも、同じく。
というわけで、知り合い同士の社長仲間の家々が
揃ってデンジャラ・ストリートに並んだ。
45年を経て、我が家は没落したが
他の家は現役時代の蓄財で持ちこたえているというわけ。
さて3万円の寄付と聞いて、見栄を張る必要の無い私も黙っていた。
金が惜しいと反論したいのは山々だが、この話は難航すると踏んだからだ。
はたして住民から寄付を集めるところまで、こぎつけられるかどうか。
森山さんがお帳面のプロなら、こちとら土木のプロ。
「ウワモノ建てる前に、駐車場のアスファルトを誰がハツるんじゃ。
これにどんだけの労力とゼニがかかるか、知らんのか。
カッターは、ドリルはどうするんね。
しかもハツったアスガラ(アスファルトの残骸)を
どこへ持って行くんじゃ。
ルート持っとんか、ボケ」(心の声)
「ハツる」とは土木建設用語で、削って剥がすという意味。
プレハブならいざ知らず
アスファルトを敷いた駐車場にまともな家を建てる場合
まずアスファルトを剥がし、それから整地をしなければ
次の段階には進めない。
厄介な基礎を飛ばして間取りやトイレを語る森山さん。
建設業界で生きる私には、現実味が感じられなかった。
それに公共の建物のために個人の土地を寄付した場合
そのままだと受け取った方でなく、寄付した方に税金がかかる。
逆ならわかるが、本当にそうなのだ。
この金を誰が払うというのだ。
しかし抜け道はある。
お帳面のプロ、森山さんが、どうやって抜け道を通るのか。
そして集会所は本当に建つのか。
お手並み拝見といこう。
《続く》