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デンジャラ・ストリート 陰謀篇4

2017年02月08日 14時48分24秒 | みりこんぐらし
集会所建設の発表を聞いて、一瞬は喜んだデンジャラ・ストリートの面々。

それは森山さんが、とても素晴らしい出来事として発表したからであり

梅干しを見たら唾液が出るのと同じ、条件反射だった。


住民たちは、集会所のことをすぐに忘れた。

集会所なんていらないからだ。

ストリートには金持ちが多いと言った。

金持ちの家は、たいてい広い。

住民の集まる機会があり、よその自治会の集会所が借りられない時は

誰かの家に集まればいいのだ。

「うちは狭くて‥」

なんて言葉が聞けるのは、人数の多い我が家だけ。

他の家は子供と暮らしていた頃に建てた、だだっ広い邸宅を持て余している。


趣向を凝らした自宅をお目にかけたい人は多く

いつも誰かが「うちでよければ」と名乗り出る。

皆が知り合いで、怪しいゲスが存在しないからできることだ。

昨年から始まった老人の集いも、毎月誰かの家で行われている。

30〜40人くらいなら、余裕で集合できるのだ。

ストリートができて45年、ずっとこれでやってきた。

集会所の必要性は、森山さんしか感じてなさそう。



年が明けて間もなく、集会所の必要性を感じる森山さんから

組長を通じて住民に連絡があった。

「自治会という団体として集会所の土地を受け取ると

寄付した方に税金がかかることがわかったので

6人の個人で受け取るという緊急措置を取らせていただきたいと思います。

受け取るのが6人以上の個人であれば、税金がかからないからです」


これが抜け道である。

6人という数字がオールマイティーなのか

土地の広さから割り出された人数なのかは知らないが

団体じゃダメだから個人で受け取るなんて、あからさま過ぎる。

この内容では、いつものように文書にして回覧板で回すわけにはいかない。

証拠が残るとまずいので、組長からの口伝えという方法を取ったようだ。


今の組長は、左隣の若夫婦。

90才を越えた親と暮らすため、3年前に関西からUターンした。

64才のはずなのに、どう見てもジャニーズ系のご主人と

私より一つ上の58才のはずなのに、どう見てもアラフォーの

垢抜けたカップルである。


若奥さんが森山さんの伝言を伝えに来たので、たずねてみた。

「6人の個人って、まさか森山さん夫婦にAさん、Bさん、Cさん?」

「ええ、それと森山さんのお嬢さん」


最初から、こういう計画だったのだ。

何年も前から森山さんの狙いは、彼の自宅に隣接する駐車場だった。

家族と仲良しの合計6人で受け取るまでこぎつけたら

あとは月日が流れるのを待てばいい。

な〜に、そう長くはかからない。

設計のAさんはやもめの病人、施工のBさんはバツイチのアル中

水回りのCさんはお人好しで奥さんが重病。

しかも3人とも子供がいない。

うるさい者はいないのだ。


何年か経てば、後期高齢者だらけの住民も大半が死に

経緯を知る者はいなくなる。

残りの半分も、足りないといわれるおばあちゃんの息子が相手だから

どうとでもなる。

駐車場経営も視野に入るのだ。

うちの隣のおばさんやトキちゃんの畑より、ずっと魅力的である。

集会所建設に向けて頑張ったけど、補助金の抽選に当たらず

結果的に「仕方なく」自分の物となる筋書き。

それにしてもプロなんだから、もちっと巧妙な手を知っているかと思ったが

王道を行ったとは、いささか驚きだ。


「おかしいわよねえ!」

若奥さんも眉をひそめて言う。

「私、おかしいと言ったのよ。

納得する人、いないですよって。

他の人も言ってたけど、森山さんはあくまで緊急措置だからって」


ドラマなら、ここで住民が立ち上がり

森山さんの陰謀をこっぱみじんにするところだろうが

寄付金の3万円は未だ徴収されておらず

森山さんが怪しいというだけで実害がない。

顔すら知らない駐車場の息子さんのために、戦う情熱も湧かなかった。


が、心配はいらなかった。

若奥さんから伝言を聞いたおじいちゃんが立ち上がった。

腸閉塞で入退院を繰り返す電力会社のOB、加瀬さん84才だ。

「森山君、わしゃ、あと何年も生きられんけん

集会所なんかいらんぞ」

先日の町内清掃の時、加瀬じいは森山さんに言い放った。

加瀬じい、自治会の集まりやレジャーには奥さんが出るが

掃除の時はやせ細った身体に鞭打って参加する。

奥さんから集会所の件を聞いて、怒り心頭だったらしい。


「回りを見てみい。

棺桶に片足突っ込んどるモンばっかりじゃないか。

集会所作ったって、集まる人間はいなくなるんだぞ。

寄付金も払わんからな」

「いや、加瀬さん、住民の皆さんのためにはですね‥」

ここは老人力を活用する加瀬じい、聞こえないふりをして

森山さんの常套手段であるねちっこい説明をかき消す。


「個人名義なんか、誰が頼んだ!

ややこしいことせずに、土地は返してやれ!」

「加瀬さん、じっくり話し合えばわかっていただけると‥」

「弱者から物を取り上げるな!」

「取り上げたのではなくて、ご寄付いただいたわけでして‥」

「どっちにしても同じじゃないか!

弱い者の資産を守ってやるんならまだしも、寄付なんかさせたら

だましたやら、そそのかしたやら、人は好き勝手を言うもんじゃ!

あんたは平気かしらんが、わしらには恥じゃ!」


死を目前にした加瀬じいの剣幕に、他の高齢住民たちも賛同し

森山さんはなすすべもなかった。

よそから嫁ぎ、親の高齢化という成り行きでやって来た私は

ここに根をおろして生きてきた人々のストリート愛を見たような気がした。

「加瀬さん、かっこいい〜!」

隣の若奥さんと私は、加瀬じいのファンになることを決めた。


《続く》
コメント (8)
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