先日、月一のペースで開かれる同級生の女子会をした。
いつもは10人前後だが、今回は4人と少なめ。
あえて広く声をかけなかった。
友人のユリちゃんと、じっくり話すためだ。
ユリちゃんはお寺の娘。
彼女のお父さんは私たちの中学の先生であり、お寺の住職でもあった。
お兄さんが一人いたが、お寺を継がなかったので
彼女が同じ宗派のお寺の跡取り、モクネンとお見合い結婚をした。
将来的に、実家のお寺の方もまとめて面倒を見てもらう約束の
バーター結婚である。
婚家と実家は車で1時間半程度の距離があり
相手には二つの離れたお寺を往き来して仕事をする負担が生じるが
ユリちゃんは、その負担がかすんでしまう条件を持っていた。
美だ。
相手が飛びついたのは言うまでもない。
結婚してしばらくはユリちゃんの両親も健在で
約束を履行するのはずっと先に思われた。
しかし5年後、60才になったばかりの両親は
相次いで病気になり、亡くなってしまった。
さらにその5年後、お兄さんが40代の若さで亡くなった。
一人ぼっちになったユリちゃんに、夫のモクネンは冷たかった。
その前から、子供ができないことを理由にユリちゃんを責め
酒に女にと遊び回っていたが、さらにひどくなったのだ。
「身寄りが無くなると、バカにされても仕方ないよな」
僧侶とは思えぬモクネンの言葉に、深く傷ついたユリちゃんだが
実家のお寺の仕事をしてもらわなければならない。
忍の一字で仮面夫婦を続けながら両方のお寺を守り
モクネンの父親の介護をした。
舅は数年後に亡くなったが、姑がいる。
この姑さんに私は会ったことがあるが、さすがモクネンの母。
挨拶はできないが、高慢と横柄はしっかり身についているおばあちゃんで
ユリちゃんに対する態度は冷ややかだった。
昨年末、その姑さんは転んで骨折し、入院中。
退院したら介護が待っている。
ユリちゃんの話は愚痴や苦労話ではなく、淡々とした報告だが
その中に潜む壮絶はヘビー級。
去年、その壮絶を目の当たり、いや耳の当たりにした。
ユリちゃんと一緒に車に乗っている時、モクネンに連絡する急用が生じた。
「お寺って、ゆっくりした商売と思われがちだけど
人が亡くなるのは突然だから、緊急の用も多くて。
何が困るといって、わざと電話に出てくれないのが一番困るの」
長い呼び出し音の間、そう話すユリちゃん。
その日、幸運にも電話は繋がった。
「どこそこのおうちの誰それが亡くなってどうのこうの‥
‥よろしくお願いします」
ニュースを読むアナウンサーのごとく、ひたすら一方的に話し続けるユリちゃん。
その不自然さに耳をそばだてるが、モクネンの声は聞こえない。
それもそのはず、電話に出てから切るまで一言もしゃべらないという。
黙って出て、黙って切るのが当たり前なのだという。
モクネンの性格の悪さにゾッとすると同時に
ユリちゃんの壮絶は想像以上だったと認識した。
前置きが長くなったが、この壮絶を歩むユリちゃんと
自分ではまあまあ色んな目に遭ってきたと思い上がる私は
人生について語り合える数少ない友人である。
その日のメンバーはユリちゃん、マミちゃん、けいちゃん、私。
同級生の中では最も気の置けない集合体である。
通常なら、ここにもう一人モンちゃんが加わるが
直前に鎖骨骨折で入院したため、欠席。
ユリちゃんと私は、前回会った時のテーマ
「鬼子母神(きしぼじん)」の続きを話す。
鬼子母神の由来は、ざっとこんな感じ。
我が子が難病になり
子供の生肝(いきぎも)を食べさせたら良くなると言われた母親が
よその子供をさらっては腹を裂き、肝臓を奪い続けた。
お釈迦様はある日、その母親の子供を隠した。
嘆き悲しみながら我が子を探す母親に、お釈迦様は言った。
「あなたがさらって殺した子供たちの母親も、同じ思いなんだよ」
母親は深く後悔し、子供を守る神様、鬼子母神となった‥。
私はこれを殺人鬼の再就職の話と思っているし、そもそも
「子供の生肝を食べさせたら病気が良くなる」
なんていい加減なことを言ったヤツが悪いと思っている。
連続猟奇殺人を犯したサイコパスが、曲がりなりにも神なんざ言語道断だが
そこはそれ、おとぎ話のようなものなので追求は控える。
論点は、母性と搾取。
生肝なんて物騒な物はともかく、我が子のために他者から搾取する行為は
現代社会でも日常的に発生している‥
金品や労働力の搾取である‥
我が子のために他者を犠牲にする行為も、尊厳の搾取という意味で同じである‥。
早い話が姑のことだ。
母は皆、その危険性を保有しており
息子を持つ私とて、鬼子母神候補生の例外ではない‥
2人でハハハと笑い、前回はここで終わった。
今回、私はユリちゃんに疑問を投げかける。
「生肝だけど、どうやって食べたのかしらん。
生食限定だから加熱調理はできないはずだし、やっぱスライスしてゴマ油?」
「さあ‥」
「それを瀕死の子供が食べられるかね?」
「わかんないわ‥」
「頑張って食べたとして、病状は改善したのかね?」
「みりこんちゃんの疑問って、そこ?!」
「ユリちゃん、ひとつモクネン君に聞いておくれでないかい?」
「知らないと思うわ。
それより、口もきかないのに質問に答えるわけないでしょっ!」
またハハハと2人で笑う。
これで満足な両人である。
「ところで‥」
ユリちゃんは言った。
「宿題の方を聞かせてちょうだい」
今回の集まりのために連絡を取り合った時
私はユリちゃんから宿題を出されていたのだ。
「元気の出る言葉を教えて」
《続く》
いつもは10人前後だが、今回は4人と少なめ。
あえて広く声をかけなかった。
友人のユリちゃんと、じっくり話すためだ。
ユリちゃんはお寺の娘。
彼女のお父さんは私たちの中学の先生であり、お寺の住職でもあった。
お兄さんが一人いたが、お寺を継がなかったので
彼女が同じ宗派のお寺の跡取り、モクネンとお見合い結婚をした。
将来的に、実家のお寺の方もまとめて面倒を見てもらう約束の
バーター結婚である。
婚家と実家は車で1時間半程度の距離があり
相手には二つの離れたお寺を往き来して仕事をする負担が生じるが
ユリちゃんは、その負担がかすんでしまう条件を持っていた。
美だ。
相手が飛びついたのは言うまでもない。
結婚してしばらくはユリちゃんの両親も健在で
約束を履行するのはずっと先に思われた。
しかし5年後、60才になったばかりの両親は
相次いで病気になり、亡くなってしまった。
さらにその5年後、お兄さんが40代の若さで亡くなった。
一人ぼっちになったユリちゃんに、夫のモクネンは冷たかった。
その前から、子供ができないことを理由にユリちゃんを責め
酒に女にと遊び回っていたが、さらにひどくなったのだ。
「身寄りが無くなると、バカにされても仕方ないよな」
僧侶とは思えぬモクネンの言葉に、深く傷ついたユリちゃんだが
実家のお寺の仕事をしてもらわなければならない。
忍の一字で仮面夫婦を続けながら両方のお寺を守り
モクネンの父親の介護をした。
舅は数年後に亡くなったが、姑がいる。
この姑さんに私は会ったことがあるが、さすがモクネンの母。
挨拶はできないが、高慢と横柄はしっかり身についているおばあちゃんで
ユリちゃんに対する態度は冷ややかだった。
昨年末、その姑さんは転んで骨折し、入院中。
退院したら介護が待っている。
ユリちゃんの話は愚痴や苦労話ではなく、淡々とした報告だが
その中に潜む壮絶はヘビー級。
去年、その壮絶を目の当たり、いや耳の当たりにした。
ユリちゃんと一緒に車に乗っている時、モクネンに連絡する急用が生じた。
「お寺って、ゆっくりした商売と思われがちだけど
人が亡くなるのは突然だから、緊急の用も多くて。
何が困るといって、わざと電話に出てくれないのが一番困るの」
長い呼び出し音の間、そう話すユリちゃん。
その日、幸運にも電話は繋がった。
「どこそこのおうちの誰それが亡くなってどうのこうの‥
‥よろしくお願いします」
ニュースを読むアナウンサーのごとく、ひたすら一方的に話し続けるユリちゃん。
その不自然さに耳をそばだてるが、モクネンの声は聞こえない。
それもそのはず、電話に出てから切るまで一言もしゃべらないという。
黙って出て、黙って切るのが当たり前なのだという。
モクネンの性格の悪さにゾッとすると同時に
ユリちゃんの壮絶は想像以上だったと認識した。
前置きが長くなったが、この壮絶を歩むユリちゃんと
自分ではまあまあ色んな目に遭ってきたと思い上がる私は
人生について語り合える数少ない友人である。
その日のメンバーはユリちゃん、マミちゃん、けいちゃん、私。
同級生の中では最も気の置けない集合体である。
通常なら、ここにもう一人モンちゃんが加わるが
直前に鎖骨骨折で入院したため、欠席。
ユリちゃんと私は、前回会った時のテーマ
「鬼子母神(きしぼじん)」の続きを話す。
鬼子母神の由来は、ざっとこんな感じ。
我が子が難病になり
子供の生肝(いきぎも)を食べさせたら良くなると言われた母親が
よその子供をさらっては腹を裂き、肝臓を奪い続けた。
お釈迦様はある日、その母親の子供を隠した。
嘆き悲しみながら我が子を探す母親に、お釈迦様は言った。
「あなたがさらって殺した子供たちの母親も、同じ思いなんだよ」
母親は深く後悔し、子供を守る神様、鬼子母神となった‥。
私はこれを殺人鬼の再就職の話と思っているし、そもそも
「子供の生肝を食べさせたら病気が良くなる」
なんていい加減なことを言ったヤツが悪いと思っている。
連続猟奇殺人を犯したサイコパスが、曲がりなりにも神なんざ言語道断だが
そこはそれ、おとぎ話のようなものなので追求は控える。
論点は、母性と搾取。
生肝なんて物騒な物はともかく、我が子のために他者から搾取する行為は
現代社会でも日常的に発生している‥
金品や労働力の搾取である‥
我が子のために他者を犠牲にする行為も、尊厳の搾取という意味で同じである‥。
早い話が姑のことだ。
母は皆、その危険性を保有しており
息子を持つ私とて、鬼子母神候補生の例外ではない‥
2人でハハハと笑い、前回はここで終わった。
今回、私はユリちゃんに疑問を投げかける。
「生肝だけど、どうやって食べたのかしらん。
生食限定だから加熱調理はできないはずだし、やっぱスライスしてゴマ油?」
「さあ‥」
「それを瀕死の子供が食べられるかね?」
「わかんないわ‥」
「頑張って食べたとして、病状は改善したのかね?」
「みりこんちゃんの疑問って、そこ?!」
「ユリちゃん、ひとつモクネン君に聞いておくれでないかい?」
「知らないと思うわ。
それより、口もきかないのに質問に答えるわけないでしょっ!」
またハハハと2人で笑う。
これで満足な両人である。
「ところで‥」
ユリちゃんは言った。
「宿題の方を聞かせてちょうだい」
今回の集まりのために連絡を取り合った時
私はユリちゃんから宿題を出されていたのだ。
「元気の出る言葉を教えて」
《続く》