羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

二酸化炭素排出25%削除、生物多様性条約・気候変動枠組み条約

2010年09月27日 14時17分47秒 | Weblog
 昨年、民主党政権に交替して、最初の総理だった鳩山由紀夫氏が、国連の議場で高らかに宣言した‘二酸化炭素25%削減’目標は、無謀以外の何ものでもなかった。
 日本経済のことを考えるとせいぜい頑張って10%削減目標がいいところだ、というのが常識的な答えだそうだ。
 
 思うに、地球温暖化が叫ばれて久しい。この九月に、野口体操のなかの普遍を求めて始めた‘地球と生命’を追えば追うほど、これからの文明の在り方は難しいことばかりに気づかされる。先進国と言われる地域に住む人々が得た快適さを捨てることは至難の業だ。日本に当てはめると昭和30年代(1955年)から40年(1965年)頃の暮らしに戻すことは、いまや非常に難しい状況だ。
 しかし、これからの文明の在り方は、やはり考えていかなければならない。

 一方、地球はいま、六度目の大絶滅時代に入っているという。
 未知のものを含めると3千万種の生きものがいると推定され、絶滅種は一年間に4万種にも及ぶとの説もあるらしい。
 世界の野生動植物約4万8千種のうち、1万7千種余が絶滅の危機にさらされている。
 そしてこの生態系の危機は人類の繁栄が引き起こした、と言われている。

 さて、繁栄する人類、日本は少子高齢化が進行しているが、全世界の人口は増加のスピードは衰えず、2050年には91億人に達する可能性があるという。
 食糧、水、森林、鉱物、等々、争奪戦は必至だ。
 人類の生存は、地球の表面の薄皮のような「生物圏」で営まれている。他の動植物とともに生きているのだ。しかし、いまや人類は薄皮の上で大きな力を得てしまった。結果として生態系の破壊、砂漠化、海の汚染、挙げたら切がないほどの環境破壊をおこなっている。
 人間に限らず、生きものは環境破壊を少なからず起こすことで生きながらえている。そして種は大半が絶滅の運命にある。
 
 しかし、人類の破壊力は並外れてスピードが速いことが問題を深刻化している。
 石炭は古生代の植物化石、石油は恐竜の栄えたジュラ紀に主にできた。数億年にわったって眠っていた地下資源を、私たちはニ、三百年で使い切ってしまいそうだ。

 なんでも‘生物多様性条約’と‘気候変動枠組み条約’が、92年にはできたそうだ。
 条約ができてもよい方向に進んでいるとはいえない。二つの条約は人類の反省と知恵から生まれた、と言われているにもかかわらず、かんばしい結果は出ていない。

 五万年このかた変わらないヒトのからだ。それに比べて、文明、技術の進歩(変化)がはやく、社会変化のスピードが速すぎて、仕事振りや暮らし振りは、5年、いや3年で一昔といったところだろうか。
 これではからだが追いついていけない。置いてきぼりになるに違いない。
 なぜか癒しやパワースポットや仮想空間にやすらぎを求める人を輩出するのもわからなくない状況だ。これは実に危うい現象だ。
 野口体操の立場から言わせていただけば、生きものとしての‘身体の素直なかしこさ’を、日常的に取り戻すことが急務と思える。
コメント (2)
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