昨日、お茶の水にある‘山の上ホテル’別館地下のレストランで打ち合わせの約束があった。
12時半だったので、早めに出かけて神保町の三省堂に立ち寄った。
この書店を選んだのは、待ち合わせ場所に近いこと以上にここなら求める本が確実にあるだろうと予想したからだった。
正解だった。三冊とも見事に取り揃えられていた。
それは‘羽鳥書店’が出版した『かたち三昧』『すヾしろ日記』『憲法の境界』の三冊である。すべて初版本だ。
いざ、レジで支払いをすませようとバッグのファスナーを開けた。
バッグと言っても「Photo Video」つまりカメラバッグである。
実は、父が使っていたカメラバッグを譲り受けて、その丈夫さやレンズを保護するための配慮がなされている縫製のよさから、これが手放せなくなった。
かれこれ二十年は使っていると思う。
あっ、一つのバッグを使い続けているのではなく、すでに三代目である。
で、財布を見つけていたのだが
「あらっ、ないわ」
手を突っ込んで、汗だくになって探しているのだが見当たらない。
その様子を見ていた店員さんが思わず
「お取りおきしておきましょうか」
しかたなく、差し出されたメモ紙に名前と電話番号を書いた。
財布を忘れることは六十年生きてきたはじめてのことだった。
「呆けたか?」
エレベータに乗って、一階まで降りてきた。
なんとなくそわそわと入り口に向かって歩いているとき、一階のレジにあるスイカの機械が目に入った。
慌ててエレベーターに戻り、四階のレジへ直行。
「良かったですね。こちらも申し上げれば……」
以前、茅ヶ崎の大学に通っていたときの習慣が残っていて、常に一万円は残しておくチャージを怠らなかったことが功を奏した。
「同じ苗字の方が始められた出版社なので、記念に購入しました」
レジの女店員さん数名が、‘ナットク’の表情を浮かべながら同時に笑った。
歯が立ちそうもない内容の本もあったが、そこは記念だ、初版本だ、との勢いで購入。
外に出ると昼時の開放感が待ちゆく人々を包んでいた。
まだ夏休み気分が残っている風情である。
神保町を歩くのは久しぶりだ。
外から見える本の表紙に思わずひかれたが、財布もなし時間もなし。そのまま横断歩道をわたって、お茶の水方向に向かう坂道を登った。
山の上ホテル別館のレストランの入り口には‘角川俳句賞選考会様’、黒板に文字を見つけた。
それほどの意味は無いが、待ち合わせの店ではなかったのがちょっと残念だった。
それから地下の南欧風料理店でランチを取りながら、二時間ほど打ち合わせをして、お茶の水をあとにした。
久しぶりに外の空気を吸ったような気がする。
なんと言っても八月は、片付けにいそしんでいたのだ、と電車に乗り込んで思わず苦笑した。
「まっすぐ家に帰ろう……」
JR中央線はかなりのスピードを出して四谷に向かう。
市ヶ谷にさしかかった車窓から見える外堀の水は、まだまだ夏の色を湛えていた。
12時半だったので、早めに出かけて神保町の三省堂に立ち寄った。
この書店を選んだのは、待ち合わせ場所に近いこと以上にここなら求める本が確実にあるだろうと予想したからだった。
正解だった。三冊とも見事に取り揃えられていた。
それは‘羽鳥書店’が出版した『かたち三昧』『すヾしろ日記』『憲法の境界』の三冊である。すべて初版本だ。
いざ、レジで支払いをすませようとバッグのファスナーを開けた。
バッグと言っても「Photo Video」つまりカメラバッグである。
実は、父が使っていたカメラバッグを譲り受けて、その丈夫さやレンズを保護するための配慮がなされている縫製のよさから、これが手放せなくなった。
かれこれ二十年は使っていると思う。
あっ、一つのバッグを使い続けているのではなく、すでに三代目である。
で、財布を見つけていたのだが
「あらっ、ないわ」
手を突っ込んで、汗だくになって探しているのだが見当たらない。
その様子を見ていた店員さんが思わず
「お取りおきしておきましょうか」
しかたなく、差し出されたメモ紙に名前と電話番号を書いた。
財布を忘れることは六十年生きてきたはじめてのことだった。
「呆けたか?」
エレベータに乗って、一階まで降りてきた。
なんとなくそわそわと入り口に向かって歩いているとき、一階のレジにあるスイカの機械が目に入った。
慌ててエレベーターに戻り、四階のレジへ直行。
「良かったですね。こちらも申し上げれば……」
以前、茅ヶ崎の大学に通っていたときの習慣が残っていて、常に一万円は残しておくチャージを怠らなかったことが功を奏した。
「同じ苗字の方が始められた出版社なので、記念に購入しました」
レジの女店員さん数名が、‘ナットク’の表情を浮かべながら同時に笑った。
歯が立ちそうもない内容の本もあったが、そこは記念だ、初版本だ、との勢いで購入。
外に出ると昼時の開放感が待ちゆく人々を包んでいた。
まだ夏休み気分が残っている風情である。
神保町を歩くのは久しぶりだ。
外から見える本の表紙に思わずひかれたが、財布もなし時間もなし。そのまま横断歩道をわたって、お茶の水方向に向かう坂道を登った。
山の上ホテル別館のレストランの入り口には‘角川俳句賞選考会様’、黒板に文字を見つけた。
それほどの意味は無いが、待ち合わせの店ではなかったのがちょっと残念だった。
それから地下の南欧風料理店でランチを取りながら、二時間ほど打ち合わせをして、お茶の水をあとにした。
久しぶりに外の空気を吸ったような気がする。
なんと言っても八月は、片付けにいそしんでいたのだ、と電車に乗り込んで思わず苦笑した。
「まっすぐ家に帰ろう……」
JR中央線はかなりのスピードを出して四谷に向かう。
市ヶ谷にさしかかった車窓から見える外堀の水は、まだまだ夏の色を湛えていた。