羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

健全なる快感を求めて……野口流・逆立ちの世界

2006年09月29日 09時45分27秒 | Weblog
 野口体操のレッスンで、皆の気持ちがイキイキしてくるものに「逆立ち」がある。
 なぜ、人は逆さまに立つことに、それほど興味を持つのだろう、と以前考えたことがある。
 私自身が「逆立ちなんて」と拒否反応をずっともっていたにもかかわらず、出来たらいいな~と正直なところ感じていた。

 子供時から出来たことがない人が、からだが逆さまになれたときに受ける感動は、年齢は問わずに訪れる。これは体験したものでないとわからない世界だ。

「怪我をするかもしれない」
「さかさまに落ちたら怖い」
 逆立ちが出来たときには、無意識にはたらく心理的というより「からだが感じる本能的な怖さ」を乗り越えることから来る新たな自信のようなものが得られそう、或いは、純粋に楽しいに違いないということまで、その喜びの予想の幅は広そうだ。

 からだの柔らかさ・ほどよい筋力・バランス感覚の良し悪し等々が、心の動きと連動してひとつのまとまりを得た瞬間にさかさまになれる。

 話はズレるが、野口三千三先生没後に、取材を受けながら、面白いと感じたことがある。
 それは、女性誌・一般誌・マニアックな月刊誌……、取材媒体はいろいろだが、そこにはあるひとつの傾向が見られる。
 たとえば、女性誌では「逆立ち」は避ける。「そこまでやるの?」という印象を与えないためであったり、雑誌を見て試した結果に怪我をされてクレームがきたら困るとか、理由はいろいろらしい。
 その点、読者が男性中心でマニアックな雑誌は、恐れることなく「逆立ち」を入れる。
 一般誌の場合は、半々くらいだろうか。
 いずれにしても女性を対象にしたものは、やさしさ(優・易・安)を表に出す。一方で、男性を対象にしたものは、アクティブである傾向が歴然として存在する。

 しかし、野口体操の「逆立ち」、いやいや野口体操の動き全般に言えることは、男女差というのは関係がなさそうだ。確かに「逆立ち歩き」とか「鰐腕立て」などの例外はあるけれど。
 こと「逆立ち」に関しては、余分な力が抜けて、地球の中心・鉛直方向にからだの長軸を一致させる逆立ちは、案外女性の方がつかみやすい傾向もある。
 男性は逆立ちにはなれるのだが、力を入れて頑張って立つからだの学習が邪魔をする傾向も見られる。

 つまり「逆立ち」の練習というのは、多くのストレスを抱えている人が、ある場所に集って、他者といい関係を見つけながら、日常を忘れる時間を持つという意味からも大事なことかもしれない。野口体操が、効果目的は言わないとしても、このくらいは許されるだろう。
 
 いずれにしても、からだを動かすことから得られる快感は、あえて二元論的に言わせていただけば、心にとってのなによりのご馳走だ。
 健全なる精神は、身体に宿る健全なる快感から生まれる!
コメント (1)
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