<高台寺境内>
<高台寺の前の通り。通称「ねね通り」。>
高台寺といえば秀吉の正妻高台院(北の政所、ねね)が秀吉の死後、彼の菩提を弔う為に立てた寺である。小説などでその名は聞いたことがあったが、八坂神社の裏手にある、といことは知らなかった。
彼女がこの寺で過ごしたのは1605年から1624年に没するまでの約20年間である。大阪夏の陣で淀君、秀頼親子が自刃したのが1615年、家康が病死したのが、翌16年である。一方、彼女が生まれたのは1549年、信長が織田家の家督を継いだ時には2歳、桶狭間の時は11歳だ。まさに、「安土桃山時代」という日本史上の絢爛豪華な一時代を初めから終わりまで、中心人物としてみていた女性である。
高台寺というのは高台(たかだい)にあるから、そう呼ぶのかと思った。ここから、京の町が見渡せる。左手に八坂の塔がライトアップされ、遠くには京都タワーが白く輝く。眼下に見える街並みは高い建物は少なく、古来の眺めもかくやあらんと思える。高台院も時には、ここから京の町を眺めたろう。何を考えて見ていただろうか。
八坂の塔は1440年建立とあるから、同じものを観たに違いない。京都タワーは、むろん見ていない。
<京都にはこういう眺めがまだ残っている。東京には無い。>