<寄居風布の「日本水」水汲み場>
令和2年(2020年)6月26日(金)くもり時々晴れ&雨 総歩数11,414
先月15日に汲みに行った寄居の名水「日本水(やまとみず)」が無くなってしまったので、本日は水汲みに行ってきた。朝の内に60分ジョグを済ませてから、風來(クルマ)にタンクを積んで10時に家を出た。水汲みに行くだけでは何なので、前から気になっていた観光スポットに寄ってから行った。
まずは日高の「サイボクハム」。結構昔から一度は行ってみたいと思っていたところだ。ここに11時過ぎに着いてレストランでポークステーキランチをいただいた。クルマだったので、アルコールは呑めなかったのが残念だったが、美味しいポークステーキだった。ミートショップで味噌漬け肉とハムをお土産で買った。
<サイボクハムのレストランのポークステーキ。肉は柔らかくて美味しかったが、肉にかけるソースが小生には濃すぎた味だった。>
次に行ったのが「鉢形城歴史館」。過去、二度ほど訪れたのだが入館できなかった。一度目は休館日の月曜日。二度目は新型コロナの緊急事態宣言期間で入れなかった。今回は無事入館。「鉢形城」の概要については以下ネットから引用(一部小生加筆)。
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鉢形城跡は、荒川と深沢川に挟まれた断崖絶壁の上の天然の要害の平山城。この地は、交通の要所に当たり、上州や信州方面を望む重要な地点。鉢形城は1476年(文明8年)関東管領であった山内上杉氏の家宰長尾景春が築城したと伝えられる。その後、この地域の豪族藤田泰邦に入婿した小田原の北条氏康の四男氏邦が整備拡充し、現在の規模となった。
北条氏による北関東支配の拠点として重要な役割を担った。1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原攻めの際には、後北条氏の重要な支城として氏邦は3千の兵とともに籠城。5月13日、鉢形城は前田利家・上杉景勝・真田昌幸・徳川家康麾下の浅野長政・本多忠勝・鳥居元忠等の連合軍3万5千人に包囲され攻防戦を展開したが、1ヶ月余りにおよぶ籠城の後に、氏邦は6月14日、城兵の助命を条件に開城し、城は廃城となった。
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包囲した秀吉側の連合軍の武将たちの名が半端ない。皆、有名どころだ。思えば戦国時代の武将というのは九州から関東まで常に戦、戦で大変だった。小田原平定で全国制覇を遂げた秀吉は明国に狙いを定め朝鮮へ出兵。秀吉の死後は朝鮮からは撤兵したが、関ヶ原、大阪の陣など戦国武将は休む間もなく、死ぬまで大忙しだった。もっとも、男一匹としての生涯としては面白かったに違いない。
鉢形城歴史館見学の後は、風布の「日本水」に行って45リットルほど水汲みしてから、一路我が家に戻った。家に着いたのは16時半。今夜のアテを作って一杯やった。
戦国武将たちの戦々恐々とした日々には到底及ばないが、まあまあ楽しき一日であリました(^.^)。
<夜のアテ:最近凝っている「レタスとミニトマトのサラダ」と「メンチカツ」>