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萬蔵庵―“知的アスリート”を目指すも挫折多き日々―

野球、自転車の旅、山、酒、健康法などを徒然に記載

2019年 夏の北海道。

2019年06月24日 | 列島攻略!
「インカの旅」から帰ってきて一週間経った。体重も旅発つ前の水準に戻ったし、時差ボケからも復調したのだが、なんとなく、気持ちがスッキリしない。気合が入っとらんというか、ボーッとしていてイマイチ気分が乗らんというか。とにかく、日がな一日無為無策で暮らしている(無為無策はいつものことではあるが・・・)。

これではいかんと思い、年初から計画していた7月初旬からの風来による北海道旅のことを考える事にした。実は行く先を「北海道」と決めていただけで、具体的なプランはこれといって決めていなかったのだ。


<昨年までの「列島攻略轍靴(てっか )ノ図」の北海道部分。日本の白地図を5mmの厚さのボードに貼って、今まで自転車で走った道に色付けしている。赤い線は1977年~81年の学生時代のもの、緑の線は会社時代のもの、水色の線は隠居してから走ったところである。△印は百名山。塗り潰しの▲は登頂済、△は未踏。>

北海道に渡ったら、以下の3つをやろうと考えた。

その1:まずは道南の自転車空白地帯の函館の北東部分、具体的には大沼湖畔のキャンプ場に何日か滞在して、轍(わだち)跡を残していないところを自転車で走ろうと計画。

その2:日高山脈の麓に移動して、九つある北海道百名山で唯一未踏の「幌尻岳」を登ろうと思っている。ヒグマ出没地帯ではあるが、この一座で北海道百名山は完登できるので、今回の旅のメインイベントとなる。

その3:北海道に行くからには、道東の大自然は味わいたい。ということで、釧路あたりを拠点として自転車旅を楽しみたい。カヌーにも乗るかも。

今回は「幌尻岳登山」というハードな挑戦以外は、風来を最大限に活用したキャンピングを楽しむ予定。タダでいいキャンプ場をみつけたら、そこで連泊してボーッとする時間を多く作ろうと思っている。本州が梅雨でムシムシしている時期に北海道で快適にボーッとしようという魂胆である。

旅の事を考えたら、少しは“気合い”が入った。


<今回、メインの訪れるところを円で囲んでみた>
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列島攻略!「紀伊半島自転車旅」

2019年04月20日 | 列島攻略!

<日本の白地図を5mmの厚さのボードに貼って、今まで自転車で走った道に色付けしている。赤い線は1977年~81年の学生時代のもの、緑の線は会社時代のもの、水色の線は隠居してから走ったところである。>

この白地図ボードを眺めながら、次はどこを走ろうかと思いを巡らすのは小生の楽しみの一つである。まだ走っていないところを風來や時には鉄道を使ってどう走るか。ということを酒でも呑みながら考えるのは非常に楽しい。今月前半に行った風來旅も今まで自転車で走ったことの無い紀伊半島の南側の海岸線、特に本州最南端の潮岬をターゲットとして企画したものだった。


<2007年5月に熊野三山巡りのため「熊野街道」を走った。那智、新宮を回った後、白浜まで行って自転車畳んで輪行して飛行機で帰った。>

今回は東側の那智から南下して、最南端の潮岬を回って田辺、御坊、余裕があれば和歌山まで行こうと計画したが、結果的には御坊市までで終わってしまった。紀伊半島というのは日本最大の半島で、海あり山ありで奥が深い。来年早春にでも、また来ようと思ったのだった。今回も天候に恵まれ、いい自転車旅が出来た。感謝!


<今回は那智から潮岬を回って御坊までを走った(水色の線)>


<本州最南端潮岬>
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列島攻略!「山陰自転車旅」

2018年11月14日 | 列島攻略!

<日本の白地図を5mmの厚さのボードに貼って、今まで自転車で走った道に色付けしている。赤い線は1977年~81年の学生時代のもの、緑の線は会社時代のもの、水色の線は隠居してから走ったところである。>

この白地図ボードを眺めながら、次はどこを走ろうかと思いを巡らすのが一つの楽しみである。まだ走っていないところを風來を使ってどう走るか。ということを酒でも呑みながら考えるのは非常に楽しい。先月の風來旅も学生時代以来自転車では行ったことが無く、空白地が多かったので“山陰”に白羽の矢を立てたのだった。


<大学2年の夏にサイクリングクラブの「合宿」で参加したきり、40年間、この地には自転車で来たことがなかった。中国地方には赤線しか入っていなかったのだ。>

今回は山陰の海岸線の萩から鳥取までの空白を埋めるのが主な目的であった。萩から鳥取の海岸線をみると浜田〜大田間以外は空白である。ということで、益田〜萩、益田〜浜田、大田〜出雲、米子〜鳥取、米子〜出雲の区間に分けて5日間かけて走った。距離にして約300キロほどである。天候に恵まれたこともあり、いい自転車旅が出来て、しかも予定の海岸線を塗りつぶすことができた。メデタシ、メデタシである(^.^)。


<水色の線が今回走った道だ>
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列島攻略!『九州編』

2016年05月06日 | 列島攻略!

<赤い線は学生時代に走った所。△印は百名山。塗りつぶしの▲は登頂した山、△は未踏の山。>

九州は上の図のように、すでに学生時代に八の字に轍の跡をつけている。また、△だった未踏の百名山も久住山は2013年1月に、祖母山は2015年9月に登った。今回(2016年4月)訪れたのはテント装備の自転車で北九州から時計回りに海岸線を辿って鹿児島は佐多岬まで行き、薩摩半島に渡って北上し、熊本・福岡を走って、空白地帯であった九州の海岸線に足跡を残そうという目論見であった。

ところが、4月14日から始まった「熊本大地震」の影響で目的は道半ばで断念。鹿児島は指宿で自転車をたたんで帰ってきたのだった。

以上を反映した「日本列島轍靴ノ図」の現時点での九州版は以下の通り。


<青い線が今回走った道。九州の百名山「宮之浦岳」「開聞岳」「霧島山」「阿蘇山」「祖母山」「久住山」はすべて踏破。>

やり残した九州南端からの西側海岸線は来年の春にでもリベンジしようと思っている。また、長崎から佐賀の海岸線を走って福岡に至る道もいつかはやってみたい。日本にはまだまだ走りたいところが沢山ありますナ。


<本日の夕メシ「豚ひき肉と納豆とシソのパスタ」。マアマアの出来。ワイン呑みながら食べるのに丁度よかった。>

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第11回 『近畿』その2~攻略編~

2014年08月11日 | 列島攻略!

<エンジは自転車の旅、緑は百名山攻略>

【自転車の旅】
◇近畿地方の空白地区は何と言っても紀伊半島だ。伊勢志摩から初めて、潮岬経由で和歌山までいわゆる紀伊半島一周をやってみたい。海の幸を味わいながらのんびりと行きたいものだ。
◇NHK大河ドラマ「黒田官兵衛」でも放送があったばかりだが、「秀吉の中国大返し」岡山の高松城から京都山崎までのルートを走ってみたい。「日本列島轍靴ノ図」を眺めていて、山陽道はあまり走っていないのでぜひ轍をつけたいところだ。
◇淡路島は堺に住んでいた頃、一度走ったことがあるがほんの一部にすぎない。ぜひ、一周してみたい。

【登山】
◇数泊して伊吹山、大台ケ原、大峰山の百名山を一気に登る予定を立てていて、実は先月K杉氏の協力のもと、実行してきた。詳細は、別途当ブログで紹介する所存。その時思ったのだが、奈良と和歌山の県境の山は想像していたよりも奥の深い大山塊であった。修験者たちの後を辿る縦走をやってみるのも面白いと思った。
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列島攻略!第10回 『近畿』 その1~特徴と“轍と靴跡”~

2014年08月08日 | 列島攻略!

<「日本列島轍靴ノ図」の近畿の部分。赤い線は1977年~81年の学生時代の轍、紫の線は1981年~90年頃まで、緑の線は2005年~現在。▲は登頂済、△は未登の百名山>

【特徴】
近畿2府5県の内、大阪、奈良、滋賀、京都、兵庫はかつて都もしくは宮が置かれた歴史を持つ府県である。また、三重には伊勢神宮があり、和歌山には熊野神宮がある。言うまでもなく日本の文化の中心地で、当然ながら名所・旧跡・観光地だらけである。

地形的には北方に日本一の湖「琵琶湖」があり、その琵琶湖から流れ出た淀川は大阪湾に注ぎ、その先には“島の初まり”「淡路島」がある。兵庫県と京都府が日本海に面し、兵庫、大阪、和歌山は瀬戸内海の恵みを得られ、和歌山、三重は太平洋に面している。山はざっくり言うと紀ノ川より北側は低山の穏やかな山が多いが、南側は大山塊で紀伊半島の大部分を占め、太平洋に大きく突き出している。紀伊山地は昔から修験僧の修行場になっていた。

湖、川、島、海、山の配置と随所にある名所旧跡を地図で眺める時、よくできた箱庭のように見えてくる。歴史と地形がうまく溶け込んでいて非の打ちどころがないように見えるのだ。さすがに、初期日本の大王たちが選んだ土地だけのことはある、と思わざるをえない。

【轍】
小生が所属した大学のサイクリングクラブと京都にある某大学のサイクリングクラブとで毎年秋に交流会があり、その関係で京都の北山や琵琶湖周辺、丹後半島は学生時代に走った。会社に入って、堺に住んでいた時代に琵琶湖周回、淡路島、京阪地区、奈良を休日に走った。また、東海道や旧中山道の旅の終点は京都だった。2007年5月に「氷川丸」熊野~白浜まで1泊2日の自転車旅も行った。

【靴跡】
1989年から2年間、大阪は堺に住んでいた。休日には京都、奈良、滋賀県に観光に出かけた覚えがある。明日香村の遺跡や吉野の桜も見に行ったし、伊勢参りもしたし、大阪湾や琵琶湖で泳いだこともある。ただ、その頃は山を趣味にはしていなかったので、金剛山や高野山、比叡山には観光目的で登ったが、近畿にある百名山(大峰山、大台ケ原、伊吹山)は、その存在すら知らなかった。
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列島攻略! 第9回 『中部』 その2 ~攻略編~

2014年05月24日 | 列島攻略!


【自転車の旅】
1.東海、山岳地区・・・往路「旧東海道」、復路「旧中仙道」を通しでやりたい。具体的には大宮→日本橋→旧東海道→京都三条大橋→旧中仙道→大宮、という旧道を巡って一周して来ようという計画だ。ざっと1000km2週間の行程になる。近々、引退したおりに実現したい。自転車は今の所「氷川丸」の積載能力をアップさせて対応する予定。装備は一人用テントと簡単な自炊ができる程度のものは運びたい。

2.越・・・学生の頃にやり残した「能登半島」の先端と「佐渡島一周」は実現したい。能登半島は若狭湾の方から走り出し、時計回りで富山までというコースがよさそうだ。佐渡は30年前会社の仲間とキャンプに行ったときにわずかな距離を走ったことがある。今回は相川の金山跡見学を中心に1周してみたい。

【登山】

1.東海・・・富士山はご来光を仰ぐ為に登ったことがあるが、3776mの剣ヶ峰には立っていないので、再度登る必要がある。静岡側から登ってみたいが、いっその事「富士山岳レース」に出てみてもいいかも。

2.山岳・・・まずは「御嶽山」「恵那山」に登って足慣らしをし、南アルプス縦走で登り残している「塩見岳」「悪沢岳」「光岳」をクリアしたい。
3.越・・・“越”の北の端に位置する名峰「飯豊山」。2008年夏。山深い登山口のキャンプ地まで行っていたにも関わらず、登り出しで靴のソールが剥がれ、やむなく撤退。できれば、今年中に再チャレンジしたい。深田久弥のふるさと「荒島岳」はJR「大人の休日パス」を利用してクリアする予定だ。
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列島攻略! 第8回『中部』 その1 ~特徴と轍・靴跡~

2014年05月23日 | 列島攻略!

<「日本列島轍靴ノ図」の中部の部分 ・赤い線は1977年~81年の学生時代の轍、紫の線は1981年~90年頃まで、緑の線は2005年~現在。▲は登頂済、△は未登の百名山>

【特徴】
ひと口に"中部"というが、その実態は広く、この地の地形と一緒で複雑に富んでいる。日本海と太平洋の両方の海の幸にも恵まれ、良港もあるが、中央に日本アルプスを始めとした大山塊があるため、日本海側と太平洋側の県とのつながりは無いに等しい。北海道、東北、関東、近畿、四国、中国、九州という他の地方と較べ、“中部”ほど文化的にも地理的にも関係の薄い県の寄せ集めの地方は無いのではないか。

結局、地方の呼称を考えるにあたり、「近畿と関東と東北以外の地をひっくるめて“中部”としよう」と決めたのだろう。こう理解するとしっくりくる。但し、“中部”のまま話をすすめるのはやりにくいので、勝手ながら“中部”を文化的、地理的にまとまりのいい三つに分けてみた。

1.太平洋側:静岡、愛知、美濃(岐阜県南部)までを“東海”
2.中央山岳地帯:山梨、長野、飛騨(岐阜県北部)は“山岳”
3.日本海側:福井、石川、富山、新潟は“越”

とした。

【轍】
1.東海・・・東京方面から手軽に行けたこともあり、伊豆半島へは学生時代によく行った。海岸線のアップダウン、勾配のキツイ峠道などが、特徴だが、富士山も海もきれいに見えるのが嬉しかった。また、会社に入ってから12インチの折畳車で日本橋から京三条大橋まで東海道を辿って、自転車の旅をした。道中のほとんどはこの東海地区であった。

2.山岳・・・大学三年の夏、サイクリングクラブで金沢出発、岐阜市解散で中部山岳地帯を2週間、キャンプしながら走った。総勢50人のクラブランで、執行部だったこともあり、思い出深いランであった。会社に入ってからは2005年に作った愛車「氷川丸」で「旧中仙道」を走った。旧中仙道はこの山岳地帯を抜けるのが思っていたより大変で江戸時代の人たちの苦労を思い知った。最近では2012年5月に白馬から浜松まで、この地帯を縦断した。

3.越・・・越前、越中、越後の海岸は能登半島の先端部を残し,ほとんど走破している。2010年5月に象潟から糸魚川まで日本海側を走ったのが記憶に新しい。小生が自転車でドラゴン氏は電車バスで移動し、夜はド宴会を開いた。楽しい旅であったが、氏との最後の旅行でもあった。

【靴跡】
1.東海・・・この地区は山には乏しい。あえて挙げるとすれば、百名山では伊豆の万次郎、万三郎山、富士山に登っている。
2.山岳・・・言わずとしれた山の宝庫。この地帯に日本百名山の6割はある。また、3000m超えの山もここにしかない。想い出深いのは、「初めて登った時の奥穂、北穂」「立山~笠ヶ岳単独縦走」「雲の平を中心とした奥北アルプス」「南アルプス単独縦走」などか。
3.越 ・・・ここにもいい山は多い。登頂済みの百名山は西から白山、立山、妙高山、火打山、高妻山、雨飾山、越後駒ヶ岳、平ヶ岳、苗場山。ひとつひとつの山にそれぞれの情景が目に浮かぶ。
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百名山、残り25座。

2012年08月23日 | 列島攻略!

<北海道、旭岳姿見の池>

今回の北海道の山行を終えた所で、今まで登った百名山を数えてみた。旭岳で75座目だった。4分の3終了である。後25座。どんな山が残っているのか、以下、書き出してみた。

 【地理的に北から順】
 ・利尻岳 ・トムラウシ ・十勝岳 ・幌尻岳 ・岩手山 ・飯豊山 ・男体山 ・皇海山 
 ・浅間山 ・丹沢山 ・富士山 ・焼岳 ・御嶽山 ・美ヶ原 ・霧ヶ峰 ・恵那山 ・塩見岳
 ・悪沢岳 ・光岳 ・荒島岳 ・伊吹山 ・大台ヶ原山 ・大峰山 ・九重山 ・祖母山

の25座である。これをさらに以下の通りA~Dに分類してみた。

 A:【比較的近郊にあって実現容易そうな山】
  ・男体山 ・皇海山 ・浅間山 ・美ヶ原 ・霧ヶ峰 ・丹沢山 (6座)

 B:【遠いが一辺に登れそうな山】
   関西地区→ ・伊吹山 ・大台ヶ原山 ・大峰山 (3座)
   九州地区→ ・九重山 ・祖母山 (2座)

 C:【比較的遠方で単独に一つ一つ登頂する山】
  ・岩手山 ・飯豊山 ・富士山 ・焼岳 ・御嶽山 ・恵那山 ・荒島岳 (7座)

 D:【結構厄介な山】
   南アルプス三山→・塩見岳 ・悪沢岳 ・光岳 (3座)
   北海道四山  →・利尻岳 ・トムラウシ ・十勝岳 ・幌尻岳 (4座)


 とりあえず、A群を潰して行って、B群はチャンスがあれば一気にやる。C群は計画的に実施。D群はどうするか。引退してからか。南アルプスは体力のある内に縦走の形でやるのがいい。北海道は思えば後四座だ。ぼちぼちやりますか。
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「日本列島轍靴ノ図」最新版 <2010年5月>

2010年05月15日 | 列島攻略!

<2009年5月時点の「轍靴ノ図」>

「日本列島轍靴ノ図」の最新版を作った。上の図は昨年5月時点のもの。今回新たに「北上川源流から河口までの旅(まだ、ちょっと残っているが)」「白河~宇都宮間走破」そして、今度の五連休に走った「象潟~糸魚川の旅」を書き入れて写真に撮ったのが下の図だ。

今回、象潟から糸魚川の日本海沿いに緑のラインを入れられたことで、学生時代に走った糸魚川から先の赤いラインと繋がった。「列島攻略」的には大きな仕事をした気がしている。


<「轍靴ノ図」最新版>

写真に撮ると、赤のラインが色褪せてよく見えなくなっているので、また、引き直さないといけないようだ。下の部分図はスキャナで読み込んだので、いくらか見やすい。緑のラインが増えて来るのは楽しい気分だ。こうやってみると山陽道にラインが無い。今度は秀吉の「大返し(岡山~京都)」コースでも走って見るか。


<「轍靴ノ図」最新版、部分>
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列島攻略! 第7回 『関東』 その2 ~攻略編~

2009年08月15日 | 列島攻略!

<緑色でぼかした部分が自転車の旅予定の箇所>

【自転車の旅】

①宇都宮~白河間
 昨年の夏休みに大宮~仙台間のランを計画したが、小山あたりから膝が痛み出し宇都宮で断念。輪行で白河まで行く。翌日、白河から走るが膝の痛み消えず、郡山であきらめた。後日、仙台から走って郡山までは走破したので、結局、宇都宮~白河間が走り残しとなった。ここは「関東」の中で真っ先にカタをつけねばと思っている。

②外房
 関東の中で“轍”の跡が極端に少ない都県が「千葉県」だ。学生時代、「初日の出ラン」と称して、年末に九十九里浜まで仲間と行った事があったが、小生は伴走車組で自転車には乗っていない。犬吠崎から館山までの外房をいつかは走ってみたい。

③利根川下り
 関東平野は“坂東太郎”とよばれる利根川の“たまもの”である。それは、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスの名言「エジプトはナイルのたまもの」に似る。何度も氾濫を繰り返した“坂東太郎”が日本で一番広く肥沃な平野を形作ったのである。江戸や東京の繁栄はこの平野抜きでは考えられない。
ということで、この恵みの河の上流群馬県北東部から走り出して、河口の銚子まで走ってみようと考えている。

④「おくのほそ道」を走る!
 芭蕉の旅の後追いを自転車で辿る旅である。旅立ちは本所深川から始めるつもりであるが、なかなか出発できないでいる。「御免丸」を主に使うことになるが、とりあえず出発しないことには旅と言うのは始まらないのだ。この秋の内には旅立ちたいものである。


【登山】

 前回も書いたが、未踏の山は「男体山」(栃木)、「皇海山」(栃木・群馬)、「丹沢山」(神奈川)、また、群馬長野の県境ににまたがる活火山「浅間山」の4座である。

 どれも、大宮からは行こうと思えば「日帰り」もしくは「一泊」で行ける山である。もっとも、浅間山は今行っても頂上までは行けない。小生が生きている内に火山活動がやめば別だが。ここは最後の方までとっておくことになるだろう。それ以外の3座は機会を見つけて登ろうと思っている。但し、北海道や東北の山が最優先であり、関東の山の優先順位は低い。
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列島攻略!第6回 『関東』 その1 ~特徴と轍・靴跡~

2009年08月08日 | 列島攻略!


「日本列島轍靴ノ図」の関東の部分>

【特徴】

関東地方の地形的特長は何と言っても、その平野の広さであろう。日本列島という山だらけの島の中にあって、関東平野の広さは際立って見える。この平野は利根川、荒川、渡良瀬川、多摩川などの大河川がもたらしたものとされる。また、人口の密集度も大きな特徴のひとつであろう。日本の全人口1億28百万人の内、関東南部の1都3県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)に34百万人が住んでいる。日本の人口のほぼ4人1人がこの1都3県の住民票を持っていることになる。この1都3県の人口密度は1平方キロあたり、2512人である。因みに北海道は72人だ。近畿の人口密集地の2府1県(大阪、京都、兵庫)で1145人であるから、その人口密集ぶりは異常とさえいえる。毎日の通勤・通学地獄はこの地の会社や学校に通ったものでなければわからないであろう。

歴史的には鎌倉に幕府が開かれるまでは、平将門の乱などもあり、“坂東武者”“東夷(あずまえびす)”などと都人(みやこびと)からは怖れられており、陸奥の蝦夷(えみし)とイメージ的には同じように思われていただろう。初めて武家政権を打ち立てた源頼朝は清盛に一命を助けられ、伊豆の蛭が小島に流された。30歳を過ぎてから、平氏追討をかかげ石橋山で挙兵した。紆余曲折の末、実権を握った後、鎌倉に幕府を開いた。石橋山も鎌倉も現神奈川県である。

そして、室町幕府を開いた足利尊氏の本拠地は今の栃木県足利市であり、江戸(東京)に幕府を開いた徳川家康は新田源氏系の得川氏(群馬県太田市)の流れだとしている。平将門の乱以来武士といえば、坂東であった。そういう意味では“武家政権=関東”といってもよさそうである。

平安京ができたのが西暦794年、鎌倉幕府が開かれたのが1192年、最後の将軍徳川慶喜が大政奉還したのが1867年である。この節目の西暦から計算すると公家政権は398年間、武家政権は675年間の長きに亘った。

また、家康が江戸に幕府を開いたのは1603年。江戸から東京へと名前こそ変わったが、日本の政治の中心地になって、400年以上の月日が経っている。すでに平安時代の年月を上回っている。今や東京は日本の政治、経済、文化の中心地であり、いいことも、悪いこともすべての情報は東京から発信され、東京に集まる。いわゆる“東京集中”だ。これが“日本”を歪め、偏らせているような気がしている。“東京”は肥大しすぎたのかもしれない。


【轍】

小生は生まれも育ちも埼玉県の大宮なので、関東地方は地元である。都内の大学のサイクリングクラブに所属したこともあり、自転車で出かけた先も圧倒的に関東地方が多い。身近なところでは奥武蔵グリーンラインのいくつかの峠。よく、トレーニングにも出かけた。

当然ながらロングランの出発地点も関東であった。1年の夏の東北方面と2年の夏の西日本一周のロングランの出発点は東京であった。3年の夏の中部山岳方面&北海道の出発点は大宮であった。1年の夏の東北と3年の夏の中部&北海道は以前の「列島攻略シリーズ」で簡単に紹介したので省略するが、2年の夏の西日本一周のコースについては以下の通り。

その年のクラブ合宿は中国地方で「鳥取集合、広島解散」であった。小生はその前後も自転車で走ることで「西日本一周」を計画、完走した。まずは東京から出て、山梨、長野、岐阜、福井の山岳地帯を抜け、日本海の若狭湾に出て、そこから、海岸線沿いに合宿の集合地鳥取に行った。二週間かけて中国山地を走って合宿は広島で解散。

そこからは、山陽道を西に走って、関門海峡から九州に渡り、九州をザッと8の字に回ってから、四国へ渡り、鳴門から淡路経由で大阪に渡って北上、また、若狭湾に出て、日本海を海岸線沿いに東へ行き、糸魚川から内陸に入って、長野、群馬を越えて埼玉は大宮に戻るという、約二ヶ月間のロングランを敢行した。詳細は各々の「列島攻略」で記載予定であるが、一切、自転車以外の乗り物を使わず一回りしてきたのはこの旅だけであった。そして、小生はこの種の旅の虜(とりこ)となったのであった。

また、社会人になってから、旧東海道、旧中仙道を走った。出発点はいずれも東京・日本橋であり、終着点は京・三条大橋であった。


【靴跡】

地元だけに百名山他、結構登っている。関東地方の百名山は全部で18座(県境にまたがっていても、どちらかが関東の県の場合は含む)あるが、未踏の山は「男体山」(栃木)、「皇海山」(栃木・群馬)、「丹沢山」(神奈川)、また、群馬長野の県境ににまたがる活火山「浅間山」の4座である。

もっとも、思いが濃いのは奥秩父単独縦走である。山梨の金峰山から入って、甲武信岳、雲取山を縦走して秩父の三峰口に下りてきた3泊4日の単独テント縦走だ。11月の下旬に行ったので日が短く、日没との競争で毎日が心細かったのを思い出す。それでも、晩秋のなんともいえない枯れた風景や風にざわめく尾根の笹原や時折見える富士山の雄姿に励まされ、なんとか縦走できた。充実した山行であった。

その他、夏山と春先の山スキーの両時期に頂点を極めた巻機山(新潟・群馬)。一人で登って誰も居ない山頂で一夜をテントで過ごした平ガ岳(新潟・群馬)。などが思い出深い。
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列島攻略!第5回 『北海道』 その2 ~攻略編~

2009年06月28日 | 列島攻略!

<緑色でぼかした部分が自転車の旅予定、楕円で囲った山が登山予定の山>

【自転車の旅】

①釧路・根室
 学生時代にあらかた一回りした北海道であるが、この道東の地だけは轍の跡をつけていない。釧路湿原にはばたく丹頂鶴。根室半島納沙布岬、野付半島。晴れていれば北方領土「国後」や「歯舞」が見えるだろう。

釧路空港から入って、湿原を一巡りして太平洋側の海岸線を根室へと走る。途中の厚岸では牡蠣を喰わねばなるまい。根室市あたりで一泊して翌日は納沙布岬を見てから野付半島~斜里~網走と走り、女満別空港から羽田へ行くコースが基本か。

【登山】

A.利尻岳
 一島の真ん中に聳える山はやはり魅力的だ。百名山の中ではこの利尻岳(1719m)と屋久島の宮之浦岳(1935m)しかない。それも百名山のそれぞれの最北と最南に位置しているのが面白い。特に、この島は“海に浮かぶ山”とも言われていて、海から山が突き出ているように見える。その昔、稚内の海岸から見た利尻島を思い出す。いつかは登ろうと思って、早30年の年月が流れてしまっている。

稚内からフェリーか飛行機で島に渡ってからの登山になるので、交通費は結構かかる。登るなら夏場しかない。この島にはヒグマはいないそうなので、それだけは安心だ。


B.阿寒・斜里岳
 二つの山は距離的には近いので、釧路空港でレンタカーでも借りて1泊2日ぐらいで一挙に片付けたい。もう一泊して知床の羅臼岳も一緒に登ってしまう手もある。この道東の山群にはヒグマがうようよいそうで怖いが・・・。

C.大雪山
 北海道の最高地点の頂上は2290mある。その高さは秋田の鳥海山2236mを凌ぐ。ここは旭川出張の折にアタックしようと思っている。ロープウェイを使えば、短時間で行けそうだ。

D.十勝岳
 この山も二千メートル超えている。結構高い山である(2077m)。頂上から大雪山やトムラウシの山群が見渡せ、眺望は素晴らしいそうだ。してみると大雪山の前に十勝岳を登って、気分を高揚させたほうがいいかも知れん。


北海道は「自転車の旅」よりも「登山」の方を優先したい。いずれにしても交通費がかかる旅になるが、異国情緒豊かな地にはそれだけの投資をしても、リターンは十分に期待できる。それだけに、計画して現地に着いたら、雨が降ろうがクマが出ようが前に進むしかないようだ。
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列島攻略!第4回 『北海道』 その1~特徴と“轍・靴跡”~

2009年06月22日 | 列島攻略!

「日本列島轍靴ノ図」の北海道部分>

【特徴】

「北海道」という名で呼ばれるようになったのは明治二年(1869年)からである。それまでは長い間「蝦夷」と呼ばれていた。平安時代のころの都人には「日本の領土」という意識があったかどうか。いわゆる日本人(和人)が蝦夷に渡りだしたのは室町時代の頃らしい。江戸後期になって、樺太や蝦夷地にロシア人が現れ、日本の国防上重要な土地と認識。幕府は最上徳内、伊能忠敬、近藤重蔵、間宮林蔵などの探検家、冒険家を派遣して実情調査をさせることになる。

日本が本気になって蝦夷を知ろうとしてから、まだ、200年の年月しか経っていない。その所為か、いわゆる“日本くささ”がなく、自然も文化も本州以南のものとは違う。それが北海道全体の“清々しさ”につながっているように小生には思える。原生林を切り開いて作ったゴルフ場、原野を開墾して作った田畑まで、人間の手に完全に屈服しておらず、自然の方が強い存在感を放っている。積雪対策の家の形もまた、本州以南とは大きく異なる。まことに和人からみれば異国情緒豊かな土地柄である。

【轍】

小生が本格的に自転車の旅をするようになったのは、大学のサイクリングクラブに所属してからだ。その頃、北海道の先輩や北海道を走った人たちが必ず口にしたのが「北海道はいいぞ、サイクリストの桃源郷だ」ということであった。学生時代に必ず行かねばならない、と思って実行したのが三年生の夏休みだ。7月22日にクラブ合宿の集合地「金沢」目指して、自転車で大宮の家を出る。7月30日から合宿が始まり、8月13日に「岐阜」で解散した。この時点で既に家を出てから23日経っていた。

合宿の解散地「岐阜駅」から鈍行列車に乗り継いで、足掛け二日間、延々三十数時間に及ぶ鉄道の旅で札幌まで行った。カネは無かったがヒマならば沢山あった時代だった。途中、大宮駅構内で父母と会った。いらない荷物と米や缶詰などの食料を交換するためである。

「折角、大宮まで来たのだから一日ぐらい家によっていけばいいのに。」と母が言った。
「一泊でも家に泊まったら、二度と旅に出たくなくなる。このまま行かせて欲しい」と答えると、父が「普通の人間なら嫌になって、家に帰るのだが・・・。」とつぶやいた。

30年も前のことであるが、駅構内でのやり取りが目に浮かぶ。父母の愛はありがたい。今になってしみじみと分かる。が、父母とももうこの世にはいない。

札幌では小生の“サイクリングの師”であるクラブの先輩K氏の家にお世話になる。北海道を走る際の注意事項として「ヒグマ対策」を教わった。なるべく、音を鳴らしながら走れとかコグマに近づくな、必ず傍に母熊がいる。出会ったら下り方向に逃げろ、自転車のスピードには追いつかん。等々、走る前からビビラされた。「クマが下り方向に立ち塞がっていたら、どうすればいい?」という小生の問いに対するK氏の答えは何か言ったと思うが今は忘れた。確か、根性で下りの道を確保しろ、というようなものだった気がする。このK氏も1991年6月3日に起きた「普賢岳の火砕流」に巻き込まれ34歳の若さでこの世を去った。


大学三年の時の道筋はザクッと言うと札幌を起点に時計回りで一周してきた。1979年8月17日から31日までの15日間の旅であった。地名で追うと

札幌~歌志内~富良野~狩勝峠~士幌~三国峠~層雲峡~士別~羽幌~遠別~稚内~宗谷岬~枝幸~雄武~サロマ湖~常呂~網走~斜里~宇登呂~カムイワッカの滝~斜里~弟子屈~阿寒湖~足寄~広尾~えりも岬~浦河~千歳~札幌

翌年の夏にも来た。函館から札幌まで走った。以上が学生時代に走ったところである(赤いライン)。最近は御免丸で函館から江差、千歳~札幌~小樽~余市などを走った。(緑のライン)


【靴跡】

北海道に百名山は9座あるが、小生が登ったことがあるのは「羊蹄山」だけだ。夏に登ったのだが、頂上はガスが濃くて何も見えなかった。そういえば、道に迷っている人がいて、降りる道を教えてやったのを思い出す。

北海道は“靴跡”についてはまだまだ課題の多いエリアである。
コメント (2)
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列島攻略!第3回 『東北』 その3  ~登山編~

2009年06月04日 | 列島攻略!

<橙色でぼかした部分が自転車の旅予定、楕円で囲った山が登山予定の山>

【登山】

A.白神山地
 百名山ではないが、ブナの原生林をもつ世界遺産白神岳にはぜひ登りたい。頂上からは日本海が見渡せるという。やはり、日本海側の五能線の白神岳登山口駅から登るのがいいだろう。山頂で一泊して日本海に沈む夕陽が見れたら最高。翌日は尾根をつたって十二湖方面に下る。季節は新緑か紅葉の時期がいい。

B.月山
 ここは「おくのほそ道」を辿っていけば必ず登らなければならない山だ。なぜならば、320年前の元禄二年六月六日(西暦1689年7月22日)に松尾芭蕉も登っているからだ。また、山スキーに絡めて登る、という手もある。いずれにしろ、仙台の“止まり木”からは手ごろな距離にあるので早めに登頂しておきたい。

C.磐梯山・安達太良山
 “手ごろ”といえば福島県にあるのこの二つの百名山も仙台~大宮間を頻繁に往復している小生にとっては格好の場所にある。しかも、この山々の麓には温泉がこれでもかってぐらいに仰山ある。温泉泊を絡めて一泊二日で両山を一気に登る計画を立てた。これもこの夏から秋にかけて、実現しておきたい。

D.飯豊連峰
 山形、福島、新潟にまたがるこの大山塊は一日や二日で登りきれるものではないと思っている。最低、二泊三日の縦走となるだろう。そうなると、3連休以上の休みが少ない、小生としては山行機会をつくるのが難しい。“自転車の旅”もやらにゃならんところが多いし・・・。優先順位は後にならざるを得ないのだが、絶対行きたい山のひとつである。

E.岩手山
 この陸奥(みちのく)の真ん中に座す雄大な山にはまっさきに登らなければならないと思っている。仙台~盛岡間の出張が多いので、山靴と着替えさえ持っていればいつでも行ける。実は今日は午後から盛岡へ出張。明日は盛岡、秋田で座用がある。そのまま、向こうで泊まって、翌日土曜は休みだ。天気がよければアタックしてみようと目論んでいる。

「D飯豊連邦」以外は今年中に(雪の降る前)に実行したい。“自転車の旅”や“野球”との日程調整が難しいが、すき間を見つけては登山の時間をつくろうと考えている。
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