ラジオ・デイズは豊穣に続く。

2018-12-16 14:28:45 | Weblog

ラジオ文化って好きだ。

僕はテレビを嫌悪しているのだけれど、

両方とも「マス・メディア」だ、という点では同じようなものなのに、これほどの違いがあるのは不思議だ。

やっぱ様々な歴史の積み重ねでこうなったのであろうと推測する.

同じようなもの、と簡単に言ってしまったがやはり、

映像というものの存在と、影響力はものすごいもの・・・なのであろう。

音楽はもちろん「音」で表現される芸術なのだが、

映像と音楽が結びつくと、とても強烈なものになる。

でも映像って、一面的、というか、人間の想像力を限定してしまうきらいがある。

ロックとかポップスでよくある、PV(プロモビデオ)とかも、昔はとても好きだったのだが

時々、映像のせいで音楽が邪魔されてる・・ようなものがあることにある時、気付いた。

例えば・・・今パッと思いつくのが、テイラー・スィフトのちょっと前の大ヒット曲

「シェイク・イット・オフ」。僕は映像ナシで聞いて、曲の良さに気付いた。あの曲大好き。

まあそれはともかく、

ラジオなら車を運転しながら聴いていても当然、何の問題もない。

クルマ運転しながらテレビ見るのはよくないと思う。

音だけだと、言うまでもないが音楽って本当に豊かだ。イマジネーションが何処までも広がる。

昔ならしかし、FMばかり聴いていたのだが最近のFMは質が落ちている。

かかるのは下らないJポップばかりだし、話題も本当に下らない。若者向けなのか?

関東のインターFM、関西ならFMココロが、ほぼ洋楽ばかり流してくれるので有難い。

Jポップの宣伝媒体みたいになっているFM局って、いい加減どうにかなってほしいと思う。

Jポップだって、「いいもの」は絶対、ある(であろう)のにラジオではかからない。

まあいい。

AMラジオは時事問題とかが語られることが多くて、お堅いが、マトモで、いい。

そういえばだいぶ以前に村上春樹が外国住まいのころにエッセイで、

「アメリカでラジオを聴いていて思うのは

ラジオ番組のパーソナリティって”喰えないオッサン”が多いなあ、ということだ。」

というようなことを言っていた。どの本だったか思い出せないので、引用はテキトーだが、

確かそんな内容のことを言っていた。

・・・・・・・さもありなん。

しかし、日本でも考えてみたら、AMラジオのパーソナリティって、

「煮ても焼いても喰えないオッサン」ばかりだ、と思う。

しかし、そういう・・・やっかいなニンゲンの方が絶対面白いのだ。

若い奴なんて経験も蓄積もないし、当たり障りのないことしか言わない。

「喰えないオッサン」は面白い。

僕はMBSラジオの名物、ハマムラジュンは嫌いで、聴かないのだけれど(あれは喰えなさすぎる)、

その前の時間帯にやってる番組のコモリヤスノリというパーソナリティがとても面白い。

まあ、この人も見事に「喰えないオッサン」なのだが、マトモだし、感じがいい。

新聞各紙読み比べ、などということも毎日やってるし、社会意識も高い。リベラルだし。

MBSなんか、聴くのはその朝の番組だけなのだけれど。

でもやっぱ一番いいのはインターFMの「レディ・ステディ・ジョージ」と

同じくインターFMの「バラカン・ビート」と

NHK・FMの「ウィークエンド・サンシャイン」(DJはピーター・バラカン)だ。

そうそう、怒髪天の増子兄ィが東海ラジオでやっている「TSUTAYA LIFESTYLE MUSIC」も最高。

NHK第一ラジオの「すっぴん」では毎週金曜日、作家の高橋源一郎がパーソナリティを勤めているのだ。

それも毎週素晴らしいし、

もう4ヶ月も前になるけれど今年の八月には何と、村上春樹も、一度っきりだったが、

ラジオ番組のパーソナリティをやった。

ラジオってすごい。


そういえば こないだ磔磔で会った時、増子兄ィも言っていたのだけれど

「レディ・ステディ・ジョージ」は微妙に、選曲の趣味が変わりつつあって少し哀しい。

以前は90年代グランジ系とかシューゲイザー系とかが圧倒的に多かったのだけれど

最近はヒップホップも時々かかる。

むむむ。

せっかくラジコ・プレミアムで、すがりつくようにして聴いているのだから

ジョージ・ウィリアムズには頑張って踏ん張って欲しい。

あ、増子兄ィ、次に会ったときには

「レディ・ステディ・ジョージ」の特製ステッカー、よろしく頼むね~!




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