まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

滋賀5番「長浜八幡宮」~神仏霊場巡拝の道・41(元日初詣、脇からお参りさせてもらう・・)

2023年01月10日 | 神仏霊場巡拝の道

2022年~2023年の年末年始の神仏霊場めぐりは、京都に続いて滋賀に入り、今回あみだくじではなく「指名」で目的地とした竹生島の宝厳寺を目指す。

大晦日の夜に三井寺参詣、琵琶湖初日の出クルーズで泊まった大津から、竹生島行きの観光船が出る長浜に移動する。竹生島まで行った後、そのまま大阪に移動するので、青春18きっぷの1回分を使用する。

長浜に到着。時刻は11時10分すぎで、長浜港から乗船予定の観光船の出航は12時50分。駅から少し歩くが、1時間半あまりの時間がある。それならば・・ということで、長浜市内にあるもう1ヶ所の神仏霊場の札所である長浜八幡宮に行くことにする。各種案内では駅から徒歩20分とある。

長浜といえば羽柴秀吉が築いた長浜城、そして楽市楽座を取り入れた町づくりで知られている。また、江戸時代からは北国街道の宿場町でもあった。長浜八幡宮はその先にあるので、ともかく歩くことにする。

元日ということで、商店街でも黒壁スクエアのように観光客向けに開けている店があるかと思えば、正月休みで閉まる店もある。そこはそれぞれの店の方針もあるだろうし、別にどうということもないが、普段の賑わいを感じるならば年末年始は避けて、それ以外の日に訪ねるのがよいようだ。

長浜の中心にある寺社で知られているのが長浜別院大通寺で、以前にも参詣したが、浄土真宗の寺院はこの手の札所めぐりには参加していないので、ともかく素通りする。

そのままかつての城下町の風情を残す通りを抜けると、長浜八幡宮の鳥居が見える。食べ物の屋台も並び、また境内には次々とクルマが入って来る。案内では駅から徒歩20分とあったが、商店街をそのまま素通りしたためか、そこまで時間はかからなかった。

長浜八幡宮が開かれたのは平安時代後期で、後三条天皇の勅願により、源義家が石清水八幡宮を勧請したものという。その後兵火により衰退したが、戦国時代に羽柴秀吉が長浜城を築き、城下町を整備したことにともない復興された。これ以降行われるようになったのが長浜曳山祭で、京都の祇園祭、高山の高山祭と並ぶ「日本三大山車祭」の一つである。城下町エリアの一角に、曳山を展示した博物館があり、以前に訪ねたこともある。

ちょうど元日の昼ということで、初詣客の長い列ができている。その行列は拝殿から正面の鳥居を抜け、外の道路へ、さらに歩道を伸びてぐるり回る形で再び境内に続いている。竹生島への観光船までの待ち時間を利用して八幡宮にお参り・・としたかったが、この行列を見る限り、拝殿にたどり着くにはどれだけの時間がかかることだろうか・・。かといって、竹生島に行った後に長浜八幡宮に来るのも時間的にしんどそうだ。

ただ、せっかく長浜の札所を「指名」してやって来たからには長浜八幡宮もお参りしておきたい。そこで・・(他にもそうしている人が何人もいたが)行列には並ばず、拝殿の脇から賽銭箱に賽銭を入れて、そこで拝むことにした。それでいいのかという声も聞こえてきそうだが、神社の場合は般若心経のお勤めもしないので短時間で済む。

おみくじも長い列ができているが、朱印は幸い待つ人もおらず、すぐに直書きの対応をしていただいた。

これで八幡宮を後にして、商店街を抜けて駅に戻る。そして駅の反対側にある長浜港に向かう。途中、旧長浜駅舎のある長浜鉄道スクエアの横を過ぎるが、あいにく年末年始の休館中である。また、向かいの慶雲館は長浜盆梅展のメイン会場であるが、こちらはまだ期間前である。

そして長浜港に到着。この後、観光船にて竹生島まで往復し、戻ってそのまま長浜から新快速に乗ったのだが、往復ともにJR西日本の「駅からはじまる西国三十三所」のデジタルスタンプを長浜駅で取るのをすっかり忘れていた。一番遠い宝厳寺のデジタルスタンプは長浜、彦根、近江今津で取るのだが、それを忘れるとは、ひょっとしたら先ほど、長浜八幡宮で初詣の長い行列に並ばず、脇からちょこっとお参りしたからかな?と後になって思うのであった・・・(まあ、滋賀の札所はまだ多く残っており、彦根なら多賀大社もあるからデジタルスタンプの機会はあるだろうが)。

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