吉本隆明という「共同幻想」/呉智英著(筑摩書房)
書名でも分かる通り吉本隆明に対する批判の書である。吉本は既に故人だが(今は吉本ばななの父としても著名かもしれない)、僕よりちょっと先輩たちに大変人気の高かった左翼的な言論人である。本書は吉本批判であるが、吉本解説としても非常に優れており、これを読んだ方が、吉本の著書を読むよりも、数段彼の思想を理解することが出来るようになっている。もっとも理解できたことで、さらに吉本にガッカリさせられることになる訳であるが。
もちろんこの本を手に取った僕自身も、吉本は一応は読んだ覚えがある。「共同幻想論」と「マチウ書試論」である。共同幻想論は10代の終わりくらいに読んだ。たぶん格好をつけたかったのだろうと思う。同じ時期にニューアカの浅田彰も読んだ気がする。理解したかは別にして、時々友人とそういう話題で議論したものである(馬鹿だった)。後に最近のことだが、マチウ書試論を読んだ。これは誰かが褒めていたからで、改めて挑んだ、という感じだった。これが今回の呉智英の本を手に取るきっかけにもなったように思う。正直言って、かなり違和感があったのである。もっと正直にいうと、さっぱり内容が分からなかった。そういえば、と思うと、共同幻想論だってどんな内容だったかさっぱり思い出せない。若くてまだ力のある時期に読んだにもかかわらず覚えていないのだから、たぶん理解できていなかったのだろうと思われる。それで何か解説でも欲しくなったという事だろうと思う。
読んで溜飲が下がる思いがするのは、僕が理解できなかったことが、どうも正解であるらしいことが分かったからである。吉本の書く日本語がそもそもおかしかったという事も良く分かったし、その上で内容もたいしたことでは無かったと分かったからである。そういうものに格闘した時間が惜しいとも思うが、まあ、もう仕方がない。さらに批判の内容自体が大変に面白いのである。左翼の大衆思想というものが、改めて分かるというのも収穫だった。政治というものの考え方も、ずいぶんとすっきりする。どちらかに偏るような良いとか悪いという事では無くて、人間が間違いやすい生き物であることもよく理解できる。そうして、大局的な考え方の素地を養うのに、大変に良い本だと思う。
帯にも書いてあるが、吉本隆明をまったく知らない人でも読んでいいと思う。批判や批評の方法という事も理解できるだろうし、何より読み物として面白い。吉本が生きている時にこれを読んだら、面白かっただろうな、と意地悪くも思う。いや、故人だからこそ、彼は救われたのかもしれない。