子供の運動会を見に行く。
PTAの仕事もあって、来賓の受付をする。なんとなく知っている名前が増えていて、僕もそれなりにPTA活動が長くなったものだと思う。中には意外な人が意外な役職の名前にあがって(誰かは秘密。その上欠席されていた)いたりして、一人で驚きながらチェックしたりした。世の中は狭いものである。
さて、運動会だが、子供が走っているのを見ているだけで、それなりに感動してしまう。自分の息子が走っている姿はもちろん強烈だが、関係のない子供がそれなりに一所懸命になっているという姿がいい。気持ちの弱い子供もいて、最初から負けながら駆けていたのだが、先生の励ましの声で目覚めたようにふっきれて走ったりしている。そういうのが手に取るように分かるし、分からないながらもドラマがあるらしいということも感じ取れる。おそらく今日までにもいろいろとあったのだろう。そういうものが今の一瞬で消費される(あるいは燃焼される)というはかなさが、運動会の醍醐味なのかもしれない。
曇り空だったのにどんどん天気は良くなって、じりじりと気温の上がる太陽が照りつける。土ぼこりが容赦なく舞い、滴る汗が体力を奪う。しかし、子供たちはかえって元気になっていくように見える。暑さを歓迎するというより、暑さに立ち向かう闘志がわきあがるように…。ああ、これが若いという無謀な美しさなのかもしれない。彼らが持っていて、僕には失われたもの。だからこそこんなにはかないのであろう。
個人的には綱引きにも参加する。激しく体力を消耗し、酸素が欠乏して30分くらいめまいが止まらなくなった。握力が回復するまでは1時間あまり。現在は腿と肩などが筋肉痛で動くと痛い。足の裏も痛くなってきており、明日あたりは起きられなくなっているかもしれない。これは人によっては危険な競技だと思った。
来賓の受付のテーブルの脇には、来賓に出すためのお茶の設備が備え付けてあった。係りの子供たちはいるようだが、その子たちだって競技に参加するので常時待機しているわけではない。そういう隙を見て、勝手にお茶を飲みに来る少年たちがいる。おそらく高校生(制服もいるし私服もいる)で、いまどき珍しいヤンキー姿。何人かは近くにいた先生にみとがめられていたようだが、先生がいなくなるとまたやってくる。喉がかわいているのは分かるけど、なんで勝手に(あるいは当然のように)お茶を飲みたいのだろうかと思った。全員がヤンキーで、けばい子供ばかり。彼らは公共に頼るという範囲が広いのかもしれない。結構図々しそうなおばさんが近寄ってきて、勝手に飲んでもいいのだろうかというような事を語りながらも踏みとどまっている様子も見られたように、一線を越えるハードルはそれなりに高い。しかしヤンキー少年はほとんど躊躇なく茶碗を手に取りお茶を飲んで立ち去る。まるで自分の持っている当然の権利のように。ガラの悪いおやじがそれを見てしばらくたちすさんでいたが、やはり手は出さず居なくなった。子供と大人はやはりどこか違うものらしい。それは学校という場所に対する親密さということかもしれないし、単なる社会性の欠如かもしれない。
それにしてもたまに運動会などをみていると、つくづくもう学生(この場合は生徒だが)には戻りたくないものだとは思う。組み体操したり応援合戦したり、もう僕にはごめんである。今は大人になってやらなくていいことを思うと、本当にしあわせだ。子供の運動会は楽しいが、自分が子供にはなりたくないというのは、なんとなく矛盾に感じる人もいるのかもしれないけど、過ぎ去ったものは僕自身の問題なので、時間が逆戻りしないということが大変にいいことだと思うだけである。学校生活で友達とけんかしたり勉強したり、時には恋愛したりするようなことが、もう僕には絶対に無縁だということが、本当にありがたいと思う。運動会はそういう確認の場所にもなっていて、ああそういえば去年もそんな事を感じたなと思いだしたりする。年を取ると忘れっぽくていけないようである。
最後の成績発表で、入賞できなかった組の応援団長が、天を仰いで涙を流していた。残念さと悔しさを噛みしめているようだった。前の方にいる数人の男女がその姿を見て同じように唇をかみしめていた。なるほどこんなふうな感情はあるんだなと、胸をしめつけられるような気がした。他人の評価なんてどうでもいいじゃないか。評価する方だって恐らく流されていただけだ。分からないところに本当の価値はあるのだろう。それがつかめるといいんだけどな、とは思うものの、今は分からなくてもいいのかもしれない。
やっぱり運動会はいい経験ではあるのだろう。そのときしかない個人体験の積み重ねが、妙な空気をつくりだして、大きな流れを形作っていく。予定調和からはみ出したそのような総体こそ、彼らの持つ潜在的な跳躍につながるのであろう。
それにしても彼らは今日はお休みで見ていた親は休みではない。見物者にとっては、運動会は翌日がハードなのであった。
PTAの仕事もあって、来賓の受付をする。なんとなく知っている名前が増えていて、僕もそれなりにPTA活動が長くなったものだと思う。中には意外な人が意外な役職の名前にあがって(誰かは秘密。その上欠席されていた)いたりして、一人で驚きながらチェックしたりした。世の中は狭いものである。
さて、運動会だが、子供が走っているのを見ているだけで、それなりに感動してしまう。自分の息子が走っている姿はもちろん強烈だが、関係のない子供がそれなりに一所懸命になっているという姿がいい。気持ちの弱い子供もいて、最初から負けながら駆けていたのだが、先生の励ましの声で目覚めたようにふっきれて走ったりしている。そういうのが手に取るように分かるし、分からないながらもドラマがあるらしいということも感じ取れる。おそらく今日までにもいろいろとあったのだろう。そういうものが今の一瞬で消費される(あるいは燃焼される)というはかなさが、運動会の醍醐味なのかもしれない。
曇り空だったのにどんどん天気は良くなって、じりじりと気温の上がる太陽が照りつける。土ぼこりが容赦なく舞い、滴る汗が体力を奪う。しかし、子供たちはかえって元気になっていくように見える。暑さを歓迎するというより、暑さに立ち向かう闘志がわきあがるように…。ああ、これが若いという無謀な美しさなのかもしれない。彼らが持っていて、僕には失われたもの。だからこそこんなにはかないのであろう。
個人的には綱引きにも参加する。激しく体力を消耗し、酸素が欠乏して30分くらいめまいが止まらなくなった。握力が回復するまでは1時間あまり。現在は腿と肩などが筋肉痛で動くと痛い。足の裏も痛くなってきており、明日あたりは起きられなくなっているかもしれない。これは人によっては危険な競技だと思った。
来賓の受付のテーブルの脇には、来賓に出すためのお茶の設備が備え付けてあった。係りの子供たちはいるようだが、その子たちだって競技に参加するので常時待機しているわけではない。そういう隙を見て、勝手にお茶を飲みに来る少年たちがいる。おそらく高校生(制服もいるし私服もいる)で、いまどき珍しいヤンキー姿。何人かは近くにいた先生にみとがめられていたようだが、先生がいなくなるとまたやってくる。喉がかわいているのは分かるけど、なんで勝手に(あるいは当然のように)お茶を飲みたいのだろうかと思った。全員がヤンキーで、けばい子供ばかり。彼らは公共に頼るという範囲が広いのかもしれない。結構図々しそうなおばさんが近寄ってきて、勝手に飲んでもいいのだろうかというような事を語りながらも踏みとどまっている様子も見られたように、一線を越えるハードルはそれなりに高い。しかしヤンキー少年はほとんど躊躇なく茶碗を手に取りお茶を飲んで立ち去る。まるで自分の持っている当然の権利のように。ガラの悪いおやじがそれを見てしばらくたちすさんでいたが、やはり手は出さず居なくなった。子供と大人はやはりどこか違うものらしい。それは学校という場所に対する親密さということかもしれないし、単なる社会性の欠如かもしれない。
それにしてもたまに運動会などをみていると、つくづくもう学生(この場合は生徒だが)には戻りたくないものだとは思う。組み体操したり応援合戦したり、もう僕にはごめんである。今は大人になってやらなくていいことを思うと、本当にしあわせだ。子供の運動会は楽しいが、自分が子供にはなりたくないというのは、なんとなく矛盾に感じる人もいるのかもしれないけど、過ぎ去ったものは僕自身の問題なので、時間が逆戻りしないということが大変にいいことだと思うだけである。学校生活で友達とけんかしたり勉強したり、時には恋愛したりするようなことが、もう僕には絶対に無縁だということが、本当にありがたいと思う。運動会はそういう確認の場所にもなっていて、ああそういえば去年もそんな事を感じたなと思いだしたりする。年を取ると忘れっぽくていけないようである。
最後の成績発表で、入賞できなかった組の応援団長が、天を仰いで涙を流していた。残念さと悔しさを噛みしめているようだった。前の方にいる数人の男女がその姿を見て同じように唇をかみしめていた。なるほどこんなふうな感情はあるんだなと、胸をしめつけられるような気がした。他人の評価なんてどうでもいいじゃないか。評価する方だって恐らく流されていただけだ。分からないところに本当の価値はあるのだろう。それがつかめるといいんだけどな、とは思うものの、今は分からなくてもいいのかもしれない。
やっぱり運動会はいい経験ではあるのだろう。そのときしかない個人体験の積み重ねが、妙な空気をつくりだして、大きな流れを形作っていく。予定調和からはみ出したそのような総体こそ、彼らの持つ潜在的な跳躍につながるのであろう。
それにしても彼らは今日はお休みで見ていた親は休みではない。見物者にとっては、運動会は翌日がハードなのであった。