ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

日本経済復活のシナリオ5~宍戸駿太郎氏

2010-10-16 13:35:11 | 経済
◆ケインズ派からみた構造改革

 「次に、経済理論の主流派から見た構造改革について述べたい」
(註 宍戸氏が言う「経済理論の主流派」とは、広く解せばケインズ派、狭く解せば新ケインズ派を意味する)
 「冷戦が崩壊して、脱冷戦時代となり、アメリカは軍需の低迷から産業の低迷が起こった。クリントン政権は、IT中心のインフラを増やすこととIT産業に対する助成を与えて、民間の設備投資を刺激した。それが新しい有効需要を形成し、軍需生産に変わる大きな梃子になった。レーガンとブッシュ父の共和党政権で相当な財政赤字があったが、クリントン政権は需要の拡大に成功し、経済成長以上に伸びるものが出てきた。それは、税収入である。経済成長が例えば5% で伸びていくと、税収は7%~8 %、場合によっては10% 以上の勢いで伸びる。これが税の自然増収である。このため経済成長によって税金が増え、財政は赤字から黒字へと転換した」
 「このやり方は、実は日本でも十分にやれたものである。需要を大幅に喚起すれば、税金が自然に入ってくる。今の財政赤字は長期不況による需要不足と税収不足のために起こっているわけだから、なんらかの形で有効需要を急速に喚起すればよいのである。設備投資でも住宅投資でもいいが、政府が一番作りやすいのは公共投資である。
 実質GDPで4ないし5%増は日本経済の正常な成長スピードであり、4~5%で経済成長すると、大体物価が1~2%上昇する。名目成長率は4プラス1で5%、5プラス2だったら7%。これくらいで名目GNPが上昇すれば、会社でいうと売上が伸びる。売上が伸びれば、それに応じて所得が一段と伸びる。収入以上のスピードで伸びてくるのが、政府の税収入である。
 税の自然増収のメカニズムは、簡単である。所得が増えると、税収入が一層上昇するように、所得税の累進課税構造がある。また経済が成長すると、会社の利益が増えるから、法人税と事業税が入ってくる。この所得税の累進構造と企業の所得構造を考えると、高度経済成長の路線に日本経済が復帰すれば、税収入はいとも簡単に増えてくる。特別な税率引き上げによる増税をしなくてもよいわけである。
 この自然増収のメカニズムを身を持って示したのが、クリントン政権だった。日本は大いに学べばよかったのである。公共投資は割合に削りやすいので、過去十数年間でどんどん減ってきた。これはアメリカとは全然、逆の経済運営だった」
 「構造改革は、景気が回復する過程で行えば、抵抗も少なくなる。日本の政治家にも、構造改革と景気振興は『車の両輪』でやるべきだという有力政治家(例えば平沼赳夫氏)もいる。しかし、マスコミも含めて、構造改革一本槍の単線路線が多数である。
 小泉内閣は残りの時間が少なくなってきたから(註 平成18年現在)、準備不足で国民的議論の少ないまま、あわてて構造改革をやってしまおうとする。そのときにいろいろな社会的な摩擦を生じる。景気が回復していれば、雇用機会はどんどん出てくるから、国の公務員や地方自治体の公務員が過剰であれば、数パーセント削っても、民間の企業で雇う機会はいくらでも生まれてくる。ところがデフレがまだ残っている状況でこれを強行すると、社会的抵抗が大きく、所得格差も大きくなる。それは、わかりきったことである。
 構造改革は、完全雇用を保ちながら、計画的に5年あるいは10年かけて、じっくりやればよい。この考え方が、『完全雇用下における構造改革』である。完全雇用で景気が割合に回復をして、インフレ気味になってきた時に、構造改革を行うことによって、社会的コストを下げるのである。
 英語で言うと、『ハイプレッシャー・エコノミー』の時に、インフレの加熱を起こす傾向が出てくるから、『冷たい空気』を冷却装置から噴きこめばいいのである。冷風とは、構造改革や人員整理であり、外資の誘致であり、あるいは貿易の自由化である。保護貿易をできるだけ撤廃していこうと計画すれば、『高圧と冷風』という組み合わせになる。これに対して、これまで日本でやって来たことは、デフレという低圧経済で冷風を吹きつけるものだから、いろいろと抵抗が起こるのである。
 高圧冷風型の経済政策は、アメリカでは新古典派総合(ネオクラシカル・シンセシス)と呼ばれる考えである。この思想は、完全雇用をめざして市場経済が自由な市場メカニズムの活性化を通じて構造改革を進めていこうとするもので、古典派のミクロ経済学の理論とケインズ型のマクロ経済学の理論を統合した考えである」
 「新古典派総合の考え方により、アメリカでは50数年前に、ケインズ学派が中心になって、雇用法(エンプロイメントアクト)を作り、大統領に対して完全雇用を維持する義務を課した。経済諮問委員会も、この法律によって発足した。雇用法の基礎になったのは、保護貿易やカルテルによって高い製品と高い雇用を維持するのではなく、自由な貿易で自由な市場価格のもとで完全雇用を実現しようとする考え方である。これを新古典派的な総合政策と呼んでいる」
(註 新古典総合は、ポール・サミュエルソンが1955年に提唱した理論。1970年代のスタグフレーションに有効な対策が出せず、様々な立場から批判を浴び、影響力を失った。替わって、ミルトン・フリードマンやロバート・ルーカスらによる新自由主義が、各国の経済政策を主導するようになった)
 「その後、新古典派総合の考え方に、通貨の変動為替レート、自由な資本の移動という考えが入ってきた。外資には『良い外資』と『悪い外資』がある。『悪い外資』は不況を歓迎して、安い資産や株を購入して、景気が回復したときに売り飛ばそうとする。『良い外資』は、長期的な視点を持つ。長期的な視点を持つ外資は、日本にどんどん入ってきても良いし、日本からも外国に出ていく。自由に相互に取り入れをすればよい。
 このような資本の移動と貨幣の自由化を取り入れた新しい意味の新古典派総合が、十分に理論としても政策としても成立する。これがいわゆる『ニューケイジアン』の立場である。この点からみても、日本のデフレ型構造改革は大いに反省と改善の余地があったわけである」
(註 ニューケインジアン[新ケインズ派]の代表格は、グレゴリー・マンキュー。これに対し、サミュエルソンらをオールドケインジアンと呼ぶ。米ソ冷戦の時代は、主にマルクス主義とケインズ主義の対立の時代だったが、冷戦終焉後は、1980年代から顕著になった新自由主義とケインズ主義の対立が中心となっている)

 以上の宍戸氏の発言から、氏は、ケインズの理論を継承し、サミュエルソンらの新古典派総合を修正したニューケインジアンに近い立場であることがわかる。デフレ下で構造改革を強行することに反対し、構造改革と景気振興を「車の両輪」とし、完全雇用を保ちながら、計画的に5年あるいは10年かけてじっくりと「完全雇用下における構造改革」を行うべきというのが、宍戸氏の主張である。
 私見を述べると、宍戸氏の主張は、新自由主義・市場原理主義による構造改革に反対し、ケインズ主義による構造改革を説くものである。雇用に関していえば、新自由主義・市場原理主義による構造改革は、雇用の規制緩和をし、非正規社員を増やすなど企業が人件費を削減できるようにして、サプライサイドを強化する政策を行う。これは需要不足の中で賃金を下げ、消費を縮小させ、景気の後退、税収の減少、財政赤字の拡大等の結果を生む。これに対し、ケインズ主義による構造改革は、デフレ下では、政府が需要を創出して雇用を増やし、完全雇用を目指しつつ、漸進的に経済構造の転換を行う。所得を増やし、消費を拡大し、景気を振興しながら改革を進める路線である。

 次回に続く。