西部劇と懐かしのカントリー&ウェスタン日記

現代とはかけ離れたOld Countryの世界ですがずっと続けていきます。興味のある方は時々のぞいてみて下さい。

西部劇 ー14- (左ききの拳銃)

2008年09月29日 | 西部劇映画
左ききの拳銃 (The Left Handed Gun) 監督: アーサー・ペン  1958年製作  1958(昭和33)年 日本公開
この作品はずいぶん前にビデオとレーザーディスク(LD)で見たのが初めてだった。9月26日にポール・ニューマンが亡くなったことを知って見直してみた。 西部劇で「左ききの」という言葉が出てきたら好きな人は「ビリー・ザ・キッド」の物語だろう・・・・とピン!とくるに違いない。1859年ニューヨーク生まれで、本名 William・H・Bonneyといい1881年に21才で射たれて死ぬまでに21人を倒したというアメリカ西部に轟きわたった伝説と、一枚だけ残されている写真から左ききだった・・・・といわれている。写真は間違って裏焼きされたから「左きき」にみえるのでは、ともいわれているがいずれにしろ”拳銃に生きた”伝説の無法者。

<ストーリー>1880年代のニューメキシコ準州リンカーン郡。平原で行き倒れかけていたビリー(Paul Newman)はイギリス生まれの家畜商ジョン・タンストール(Colin Keith-Johnston)に助けられ、牧童として働くことになった。折りしもリンカーンの町では家畜商どうしの対立があって雲行きが怪しくなっている頃であった。家畜商ヒル・モートン(Bob Anderson)とその息のかかった保安官ブレディ(Robert Foulk)達はタンストールの牛群を町へ入れまいと画策して配下の手下を差し向け、丸腰のタンストールを射殺してしまった。父親とも慕っていたタンストールを殺されたビリーは復讐のために黒幕モートン、保安官ブレディを射殺し他の下手人達も次々と手にかけてゆく。この緊急事態に保安官就任を要請されたパット・ギャレット(John Dehner)は自らの結婚式をビリー一味が起こした先の射殺事件で汚されたこともあって保安官を引き受け、ビリー一味の討伐を始めるのだった。一度は捕まったビリーだったがまんまと脱獄に成功して逃げ延びる・・・・・しかし、執拗に追うパット・ギャレットの追跡隊から逃れて助けを求めて寄った知り合いの鍛冶屋のもとで遂にパットに追いつかれ、相手がパット・ギャレットと知りつつ”キエン エス(誰だ)?”という短い言葉を残して銃弾に倒れるのだった・・・・・というあらすじ。
モノクロ映画ですがそれがかえって雰囲気をよくしており、実話に基づいた展開はなかなか面白くて優れた西部劇だということが解ります。ただ、ビリー役のポール・ニューマンがもう少し若ければ・・・・と思いました(21才にはみえないのが唯一欠点か)。よく知らない俳優が多い中、リタ・ミランというきれいな女優さんが人妻セルサ役で出ていてP.ニューマンとのラブシーンもあって色を添えています。103分モノクロ映画。
LDの解説によると・・・・後年 ”最後の西部劇監督” といわれたサム・ペキンパー監督が「ビリー・ザ・キッド/21才の生涯」(1973年)を撮ることになった時、「左ききの拳銃」を見直してみたそうですが  「素晴しい傑作だ。レジスタンス・ビリーとしての像を私自身があらためて描き直す必要もないだろう。ポール・ニューマンのビリーは映画史に特筆されていい」 ・・・・とコメントを残したそうです。 
今はビデオもLDも全て廃盤になっているのでレンタルヴィデオで見るしかないと思いますがDVDでも出てほしいし、できれば映画館の大きな画面で見てみたい・・・・いくら便利な時代になったといっても過去の作品が映画館の大きなスクリーンで見られないのは何とも残念な気持ちです。他に「太陽の中の対決」という西部劇も私的にはお奨めです。 「左ききの拳銃」を見終わって思わず涙、大好きな俳優さんでした・・・・ポール・ニューマンを偲んで・・・・・
尚、ビリー・ザ・キッドについては伝承風の歌にもなっていて、古いカントリーやフォーク歌手達に歌われていました(映画タイトル部分でギター伴奏で歌われている唄とは別物です)・・・・・・後日採りあげてみたいと思います。
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