私の母校である岩手県立花巻北高等学校は
何度も、何度も、何度も書いているが
令和のこの時代にもいまだにバンカラの校風を標榜している。
もちろん私の頃もそうだったのだが
今のように応援団幹部だけが「特殊な制服」を着て
バンカラスタイルを継承している
特別な存在だったわけではなかった。
私の頃は一般生徒も足駄(高下駄)を履き、腰手拭いに
ボロボロに敗れた白線1本の学帽をかぶっていた。
応援団幹部だけ特別視される今の風潮に
少々違和感を抱かないわけではないが、それもまた時代。
スマホを持ちながらバンカラは似合わないのだろう。
それよりも、実はもっと違和感を感じることがある。
今のバンカラ後輩たちは「押忍!」と言い
ことさら「漢(おとこ)」の世界を強調している。
どうやら昔の「花の応援団(わかる人にはわかる)」の世界を
普段の生活から意識しているらしいのだ。
この辺の哲学からして違うんだなぁ。
我々の時代、バンカラは旧制高校の世界への憧れからだった。
自主、自由を愛し、理系も文系も思索に興じ
学校の勉強とは別に、自ら哲学を学んだ者たち。
太鼓を打ち鳴らし、ストームに狂乱し、
馬鹿馬鹿しいことにも夢中で取り組むノリの良さ。
多少周囲に迷惑をかけても、泰然自若とした肝の座り方。
(世間の許容も懐が深い時代でもあった)
そんなことに憧れ、弊衣破帽に本を抱えて歩いたものだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/cf/b21cee206a1cb1e9f5f91a8960e61342.jpg)
本書は私の、ある意味バイブル。
旧制高校の生活を回顧したノンフィクションだ。
そこにはのちに真のエリートとして大成した方々の
旧制高校生時代の姿がルポしてある。
この精神が身についているなら、
実は殊更姿形ばかりバンカラにしなくてもいいとすら思う。
要は、受け継いで欲しいのは精神だからだ。
スタイルはそれを体現しているに過ぎないと思う。
戦前の学制は
小学校(6年)→旧制中学校(5年)→旧制高校(3年)→大学(3年)
(女学校 4年) →高等師範学校(2年)
→高等専門学校(4年)
→実業学校(3年)
→高等科(2年)→師範学校(4年)
という形となっている。
小学校は基礎教育、中学校(女学校)は知識教育、
そして高等学校で人間形成を図りつつリベラルアーツに触れ
大学で高等専門教育を受けるという役割がしっかりできていた。
だから、破天荒をやってもそこにはちゃんと理念があり
本質を理解した上でブレイクスルーもできたのだろう。
現代はどうか。
小学校→中学校→高校(実業系もあり)→大学or専門学校と
進路も直線的で、より実務に特化しつつある。
大学の教養課程が昔の高等学校や予科に通じるのだが
今や教養課程そのものの存在意義も曖昧となり
(私の年代だと高校の延長線や復習に過ぎなかった)
人間形成すべき課程がなくなってしまった。
私は戦前回帰や明治回帰には生理的にも反対するものだが
学制だけは当時のシステムを大いに評価している。
そういう道を辿った人は
少なくとも公文書改竄や答弁ごまかしなどという姑息なことは
おそらく恥ずかしくてできないだろうと思うのだ。