風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「白砂」

2016-01-27 | 読書

ミステリーは基本的にあまり読まない。
トリックやシチュエーション作りに重きを置くためか
人物描写がステレオタイプになったり、
脇役などが薄っぺらく感じたりすることが多いから。
たぶんフォーカスをぶらさないように
わざとそう書いているんだろうけど。

しかし本書作者の本は
以前読んだ「エンドロール」もそうだったけれど
登場人物ひとりひとりの人生が垣間見えるほど描ききっている。
直接登場する人物ばかりでは無く
例えば主人公(というかストーリーの進行役)目黒警部の
奥様のお父さんのように
会話や説明の中だけに登場する人たちまで。
だからひとりひとりの人生が物語となって多層を形成する。
誰が主人公か時々わからなくなるほどに。

社会は単純にはできていない。
自分の周囲の人たちとそれ以外の不特定多数とか
男と女とか、若者と年寄りとか、日本人と外国人とか、
体制と反体制とか、右翼と左翼とか、善と悪とか・・・
そんな分け方は意味のないものだと思うのだ。
構成するひとりひとりの
複雑で長い人生と様々な感情が集まり
多様な価値観の元、社会は成り立っている。
殺されて当然という人間も現実世界にはいないし
仮面ライダーのショッカーのような
何の感情も無く悪を働く人間もいるわけが無い。
白馬に乗った王子様のような男もいないし
エロ動画に出てくるような従順だけの女もいない。
殺人を犯してしまった人たちも
本書の犯人のようにほんの少しのボタンのかけ違いや
(程度の差はあれど)自分の都合で思い込みが強くなった時
ふと魔が差した場合が多いのだろう。

道ですれ違う人にもひとりひとりに大切な人生がある。
年寄りにも若い頃の甘酸っぱい思い出がある。
そういうことを考えると
本作は単なるミステリーじゃなくて
社会派小説とも言えるんじゃないかな。
そしてその目はとても暖かい。
心に闇や苦しみを抱えてる人たちを見る目が
本書によってもう少し暖かいものに変わってくれるといいけど。

「白砂」鏑木蓮:著 双葉文庫
コメント
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