風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

「光」

2014-01-19 | 読書
 俺はまちがってはいない。
 まちがわず、
 自分自身と大切なひととを生きのびさせた。
 これからも生きる。
 暴力を振るったことなど一度もない顔をして。
 妻子を愛し、堅実に働き、いつか呼吸が止まる日まで、
 秘密のすべてを胸に抱いて。

 殺して生きる。
 だれもがやっていることだ。
 殺す相手が牛や豚や鶏や虫ではなくひとだからといって、
 ちがいがあると考えるほうがおかしい。
 罪を生じさせるのは常に人間の意識だ。
 罪の有無を忖度することなく、
 津波という暴力もまた、
 突然降りかかり、すべてを砕いていった。
 信之は知っている。
 罪などどこにもない。
 あるのは理不尽と暴力だけだ。

この作品が生まれたのは2006年とのこと。
大震災の5年前だ。
すでにこのような作品があったことに驚愕。
震災前に読んでいたら
「こんなことあるわけない」と思ってたんだろうな。

登場人物それぞれの視点から
章を変えながら進んでいく物語ではあるけれど、
そして津波や殺人、虐待など、
いくつかの暴力が描かれているけれど、
実は本当の主人公は唯一視点の描かれていない人間であり、
物語の中心はその人物による静かな暴力なんじゃないかと
最後まで読んで感じた。
なぜかというと
帯で暴力がテーマと書いてあるものの
本当の暴力はこんなもんじゃないと読了後感じたのだが、
(村上龍さんや花村萬月さんの一部作品の方が
 本作よりもっと暴力を描いているから
 「やっぱり女性が描く暴力はこのぐらいかな」
 などと思ったりもしたのだ)
もう一度頭の中で物語全体を反芻してみたとき
すーっと背筋が寒くなったのは
視点が描かれていない登場人物の行為だったから。
これこそ本当の暴力だ。
本当に恐ろしい暴力は体に痛い思いをするものより
いつの間にか静かに近寄ってきて
心を痛めつけるものなのかも知れない。

初めて読んだ作家。
またひとり、追いかける対象が増えた。

「光」三浦しをん:著 集英社文庫
コメント
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