風音土香

21世紀初頭、地球の片隅の
ありをりはべり いまそかり

丑年ってどんな年?

2009-01-08 | 風屋日記
新年挨拶に伺ったとあるところから
今年に関する雑学資料をいただいてきた。
十干十二支でいうと「己丑(つちのとうし)」。
「過去の諸問題を整理・解決し、次のステップに向けて動き出す年」
なんだそうだ。

この資料に過去の丑年の出来事や景気が書いてあった。
これが面白い。
前回の丑年である平成9年(1997年)は
消費税が5%になり、サッカーで日本がW杯に初出場が決定、
金融機関の破綻が相次いだ年だったとのこと。
我が家では長男が小4、次男が小2。
私はPTAに忙しく、スポ少の手伝いにも一生懸命だった頃だ。
長男は友好都市交流で初めて家を離れ数日間平塚市にホームステイ。
モグが生まれて我が家へやってきた年でもある。
流行語は「たまごっち」「失楽園」「日本版ビッグ・バン」。
首相は橋本龍太郎氏、GDPは515.2兆円、
日経平均株価は15,259円で為替は129.9円/ドルだったとのこと。

前々回は昭和60年(1985年)、つくば博開催やNTT、JT発足の年。
日航機墜落事件や豊田商事事件などが世間を揺るがせ、
プラザ合意によりバブル時代が始まるきっかけとなった年でもあるが、
私的には何と言っても阪神タイガースが21年ぶりに優勝した年(笑)
当時のスポーツ各紙やグッズ類は今でも大切に持っている。
そしてこの年は私の独身最後の年でもある。
前々年あたりから円高不況と言われ、ようやく就職できたのが前年。
まだ社会の右左もわからず、母ちゃんと付き合い遊んでばかりいたかな。
流行語は「イッキ!!イッキ!!」「トラキチ」「浮沈空母」もこの年?
首相は中曽根康弘氏。レーガン、全斗喚とともにタカ派トリオ。
そしてGDPは323.5兆円、
日経平均株価は13,113円で為替は200.6円/ドルだったとのこと。
円高不況と言っても200円/ドル超(笑)

さてその前は昭和48年(1973年)。
ベトナム戦争がようやく終わったものの金大中氏事件などもあり
まだまだ東西陣営の強面の睨み合いが続いていた頃だ。
オイルショックがあり、トイレットペーパー騒動もこの年。
当時は何が起きているのか、小6だった私にはわからなかったが、
今はよくわかる。当時の日本経済はまだヨチヨチ歩きだったんだね。
天地真理やかぐや姫、ガロ、吉田拓郎が流行ったのもこの頃かな?
流行語は「3分間待つのだぞ」「せまい日本、そんなに急いでどこへ行く」
首相は田中角栄、GDPは112.5兆円、
日経平均株価は4,307円(!)で為替は280円/ドル(!)

面白いと思ったのは、
高度経済成長が終焉した昭和48年から今日まで、
バブル期を除いてそんなに景気が良かった印象はないのに、
GDPは12年毎に見ると確実に約2兆円ずつ増えていってること。
昭和48年~60年は288%、昭和60年~平成9年は159%と伸びている。
為替が変動相場制からバブル期を挟んで円高が進んできた中、
この間工業製品の輸出が主な産業だったことを考えると
日本経済を牽引してきた経営者達の工夫と努力につくづく頭が下がる。
その時々の局面で素早い判断をし、切り抜けてきた世界経済。
東西冷戦を終結させ、少しずつながら対話を進めてきた国際外交。
人間の力はやはり素晴らしいと思う。
経済の地域格差や民族問題、テロ、金融不安と課題は山積だけど、
今年も「牛歩」の如く少しずつでも好転することを期待したい。
コメント (12)
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