*大橋秀和脚本・演出 公式サイトはこちら 下北沢「劇」小劇場 28日で終了(1,2)
前回から少しあいだがあいてしまったが、これで3度めのガラス玉遊戯となった。最新作の舞台は、保険金不払い問題などで業績が落ち込んでいる生命保険会社の営業所である。生保レディーたちの話題の中心は「占い」だ。生保レディーのひとり日下(龍田知美)の占いがとにかくよく当たると評判がよいばかりか、彼女の営業成績も急上昇を続けているというのだ。日下に占いをねだるもの、醒めた目で傍観するものもいる。売上不振に悩む営業所に新しい上司海老名(宮崎雄真)が訪れ、営業員に一冊の名簿をわたす。他社の顧客リストで、これをみながら自社の商品に契約転換するよう、かたっぱしからアプローチせよというのである。どんなルートで入手した名簿なのか、ルール違反にならないのかと不安にかられたり、疑問を口にする営業員たちを、海老名は巧みに誘導して丸めこみ、業務を遂行させようとする。
これまでの作品は基本的にひとつの場所をリアルに設定し、さまざまな背景をもつ登場人物を丁寧に描きわけ、台詞ひとつひとつからふたりの人物の対話を、複数の人物による議論を誠実に積み重ねてゆく堅実な作風が印象に残った。しかしそこが同時に演劇をしっかりみたという確実な手ごたえにはあと少し及ばないところでもあり、よくできたテレビドラマ風にこじんまりとまとまっていて、なぜこの内容を、作り手も生でみるほうも生の一回勝負である演劇を手段にしたのかがわかりかねるところがあったのだ。
こうなってみると前作『沈み愛』を見のがしたのが残念でならないが、作者の大橋秀和に大きな転換期が訪れているのではないか。少なくとも筆者はこれまでみたふたつの舞台とは違う、作者の新しい面をみた。たとえば本作にヒール的な役割で登場する上司の海老名、気弱な顧客の太田(林剛央)である。どちらも登場してほんの二言三言台詞を言うだけで「こういう人はいるなぁ」と納得させてしまう強烈な現実味があるのだ。それは往々にして平凡な人物に落ち着いてしまうこともあるのだが、この舞台ならではの重要な役割を果たしている。
前者はいかにも百戦錬磨の営業指導者らしい自信に満ち、くだらないギャグや自虐ネタで部下たちから陰口を言われながら、おそらく彼自身はそんなことはじゅうぶん承知の上で自己演出しているのであろう、いつのまにか彼女たちが自信を失くしているところ、悩む心のすきに入り込んでいるのである。終幕に部下を罵倒する場面ですら、彼はここで本性をあらわしたわけではなく、生保レディーたちが束になって歯向かおうとびくともしない、いわば「実社会の壁」であることを感じさせる。
宮崎雄真はオクムラ宅公演『かもめ』の売れっ子作家や、日本のラジオ公演『パイ・ソーセージ・ワイン』(屋代秀樹 作・演出)でのゲイ役の印象が強く、今回のようにスーツ姿のつとめ人をみるのははじめてだったが、「いかにも現実にいそうな人」に収まらない造形をみせていた。
林剛央もミナモザやシンクロ少女における地味だが手堅い演技は今回も同じであるが、会社の方針と自分の良心のあいだで揺れ動く生保レディ桐子(齋藤友映)の心象を照射する役割をしっかりと果たしている。
先日みたモナカ興業の『旅程』を思い出す。ここにも正義感が裏目にでて仕事に失敗する女性が登場する。舞台の作り方は大きく異なるが、『旅程』と今回の『星読み騙り』を同時期にみることができたのは幸運であった。「がらだま通信」において作者の大橋は、「具体的な日常の風景を題材にすることが多いが、美術や空間演出はどんどん抽象度を上げている」と語っている。具体と抽象のバランスをどうとるかは舞台つくりのむずかしさでもあり、醍醐味でもあるだろう。両者を楽しみつつ、独自の劇世界を構築することを期待している。この記事では作者の新しい面をじゅうぶんに記したとは言えないのが残念。課題にさせてください。
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