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Cowley (tr.), "Grasshopper"

エイブラハム・カウリー(1618-1667) (翻案)
「キリギリス」

幸せな虫よ、何が
幸せという点で、君に比べられよう?
神々が飲むような
高貴な朝露のワインが与えられている君に!
「自然」はいつも君に仕え、
君の緑のグラスを満たす、
君がどこへ行こうと、
「自然」は、まさに君のガニメデ。
飲み、踊り、歌う--
地上で一番幸せな王より幸せな君!
見わたす野原のすべて、
すべての草木は君のもの。
夏に育つもの、
朝露で豊かに実るものすべてが君のもの。
人は君のために植え、耕す。
まるで人は農夫で、地主は君だ!
君は何も考えずに楽しみ、
君の贅沢のために苦しむ人もいない。
羊飼いは君の歌を楽しく聴く、
彼の歌より上手だから。
農夫も君の歌を聴いて喜ぶ、
豊かな実りを告げるから!
アポローンが君を愛し、君に歌を吹き込む。
彼こそ君の父だ。
地上の生きもので君だけだ、
命と楽しみの長さが同じなのは。
幸せな虫、幸せな君は
年をとらず、冬を知らない。
心ゆくまで飲み、踊り、歌ったあと、
花や緑の葉に包まれて、
(感覚の満足を求め、しかも賢い、
まさに快楽主義者である君よ!)
夏の宴に満たされ、飽きて、
君はひとり、覚めない眠りに入るのだ。

* * *
Abraham Cowley (tr.)
"The Grasshopper"

Happy insect, what can be,
In happiness, compar'd to thee?
Fed with nourishment divine,
The dewy morning's gentle wine!
Nature waits upon thee still,
And thy verdant cup does fill,
'Tis fill'd, wherever thou dost tread,
Nature's self's thy Ganymed.
Thou dost drink, and dance, and sing;
Happier than the happiest king!
All the fields, which thou dost see,
All the plants, belong to thee,
All that summer hours produce,
Fertile made with early juice.
Man for thee does sow and plow;
Farmer he, and landlord thou!
Thou dost innocently joy;
Nor does thy luxury destroy;
The shepherd gladly heareth thee,
More harmonious than he.
Thee, country hinds with gladness hear,
Prophet of the ripen'd year!
Thee, Phoebus loves, and does inspire;
Phoebus is himself thy sire.
To thee, of all things upon earth,
Life is no longer than thy mirth.
Happy insect, happy thou
Dost neither age nor winter know.
But, when thou'st drunk, and danc'd, and sung
Thy fill, the flowery leaves among,
(Voluptuous, and wise, with all,
Epicurean animal!)
Sated with thy summer feast,
Thou retir'st to endless rest.

* * *
古代ギリシャの詩人アナクレオンの(作とされていた)
作品からの翻案。

* * *


By Quartl
http://commons.wikimedia.org/wiki/
File:Grash%C3%BCpfer2.jpg

英語のgrasshopperには、バッタ、イナゴ、キリギリスなど、
いろいろな虫が含まれる。草(grass)のところにいて
跳ねるもの(hopper)は、みなgrasshopper.

* * *
4 gentle
高貴な家の生まれの (OED 1)。神々のための(divine)
ワインだからgentle.

8 Ganymed
ガニメデ(ギリシャ神話)。神々のグラスにワインを
注ぐ美しい少年給仕。


http://www.vroma.org/images/mcmanus_
images/paula_chabot/zeus_ganymede.jpg
右がガニメデ、左はゼウス。

17 innocent
悪いことをしない(OED 1)、子どもや世間知らずな人の
ように純粋無垢で無知な(OED 3a)。

17-18
たとえば、貴族が何も考えずに楽しく贅沢に
暮らす裏で、近隣の農夫たちが彼らに尽くして苦労したり、
死んだりしているのに対して、キリギリスが何も考えずに
豪奢な暮らしをしても、そのために苦しむ人はいない、
ということ。(たぶん。)

19-20
古代ギリシャ以来、羊飼いとは牧歌(pastoral)の歌い手。
その歌よりも、キリギリスの歌のほうがきれい、ということ。

23-24 Phoebus
太陽神アポローンのこと。Phoebusとはギリシャ語/ラテン語で
「輝いている」の意。アポローンは詩と音楽の神でもあるから
歌うキリギリスの「父」。

31 with all
= withal(加えて、同時に--OED 1, 1b)

* * *
「アリとキリギリス」の物語を、視点を変えて描き直した作品。
道徳的にはどうかと思うが、いろいろなことを想起させる。
たとえば--

1
享楽や生のはかなさ--
夏はあっという間に終わり、キリギリスもあっという間に
死んでいく。

2
小さな虫が王より幸せ、という極端な逆説--
ひねりつぶされて死ぬような虫と人間、どっちが幸せ?

3
他人の苦労や不幸の上に成り立つ享楽と、そうでないもの--
貴族的な視点の是非。

* * *
このような「カルペ・ディエム」の(「今を楽しもう」、という)主題を
扱う作品が17世紀前半から半ばにかけて多く書かれたのは、
同時代のラディカルなキリスト教思想--いつか実現するはずの
(この世の王たちではなく)キリストによる支配(千年王国)や、
その先の天国を(必要以上に)強調する、いわゆる「千年王国
思想」--に対する反動。

カルペ・ディエムの主題を扱う詩を書いたのがいわゆる王党派
ばかりであるのは、この千年王国思想が、1640年代の内乱において、
議会軍の原動力(の一部)となっていたから。今の幸せと将来の幸せ、
どちらをとるかという思想的・政治的対立。

つまり、カルペ・ディエム系の作品に見られる退廃性・不道徳性は、
思想的・政治的なポーズ、あるいはそこから派生した悪のりと
とらえなくてはならない。

(加えて、第三の極を提示しているのがヘンリー・ヴォーンの諸作品。
将来でもなく、今でもなく、過去に幸せを見ている、求めている。
ラディカルで、一部暴力的な千年王国思想を支持しないと同時に、
これ見よがしに不道徳をひけらかす王党派詩人に与することも
できない、という。)

このあたりの文学史は、完全に書き直すことが必要。

他にも--

1.
「形而上詩人」と「王党派詩人」という対立は存在しなかった。
「形而上詩人」の独特な作風は、16世紀後半に流行した
スタイル(恋愛ソネットなどの純愛のレトリック)に対する
反動と見るべき。17世紀前半の詩人たちにほぼ共通して
見られるものにすぎない。

2.
同じく、純愛ソネットに対立するかたちであらわれたのが、
16世紀末から17世紀はじめにかけての、「カルペ・ディエム」
の流行、いわばその第一陣(ジョンソンなど)。ここにおける
対立は、詩作のモデルの違いから--ルネサンス・イタリア
(ペトラルカ)か、あるいは、古代ローマ(ホラティウスたち)か。

(ただ、この頃からすでに千年王国思想は広まりつつあったので、
そちらに対する抵抗、より広い意味で最初期ピューリタニズムに対する
抵抗、という意味あいもあったかも。この頃のピューリタニズムと
千年王国思想との関係については、まだよく知らないが。)

* * *
カウリーは、15歳のときに最初の詩集を出版し、
天才少年詩人として一世を風靡した詩人。
(そのなかの一篇は10歳のときの作。)

10年ほど年長だったミルトンは、カウリーの早熟ぶりを
みてかなり焦ったとか。

また、ミルトンは、イギリスの詩人として、スペンサー、
シェイクスピアと並べてカウリーを評価していたとか。
Samuel Johnson, Johnson's Lives of the Poets,
1890, p. 161--http://books.google.com/books?id=
dpELAAAAIAAJ&oe=UTF-8
(ミルトンの死語、三番目の妻が話したことだったはず。)

内乱のあった1640年代には、カウリーは、フランスに
戻っていたヘンリエッタ・マライア(チャールズ一世の妻)に
仕え、王党派の使者として飛びまわったり、暗号で手紙を
書いたりした。また50年代後半には、植物学や医学を
学び、博士号をとったりもした(DNB)。

* * *
英文テクストは、Abraham Cowley, Select Works of
Mr. A. Cowley
, ed. R. Hurd, 2 vols. (1772) より。
<http://books.google.co.jp/books?
id=nrU1AAAAMAAJ&amp;amp;amp;amp;amp;amp;amp;
amp;amp;amp;amp;amp;amp;amp;amp;amp;
amp;amp;dq=cowley+abraham&amp;amp;amp;amp;amp;
amp;amp;amp;amp;amp;amp;amp;amp;amp;
amp;amp;amp;amp;source=gbs_navlinks_s>

* * *
次のページには、"Cowley" は "Cooley" と発音されるとある。
http://www.luminarium.org/sevenlit/cowley/cowleybio.htm

OEDのエントリー "Cowley Father" なども参照のこと。

* * *
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