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Milton, Paradise Lost (1: 84-124)

ジョン・ミルトン (1608-1674)
『楽園は失われた』 (1: 84-124)
(サタン 「負けるもんか!」)

おまえ、か? フッ、落ちたもんだな。
変わっちまったな・・・・・・。幸せだったよな、あの光の国で、おまえ、
みんなよりもキラキラしてた、輝いてた、よな。
もちろん、みんなキラキラしてた・・・・・・。オレたち、誓ったよな。
ふたりで考えて、心を決めて、希望を抱いて、
危険を冒したよな。あの輝かしくもやばい仕事で、な。
オレたち、いっしょに戦って、そして、今、いっしょにどん底だ、
なかよく破滅だ。なんて深いところによ、
なんて高いところから、落ちたものか・・・・・・。あいつ、思ったより強かったからな、
雷なんか使いやがって。戦うまでは誰も知らなかったよな、
あのひどい武器の破壊力なんてよ。でもな、そんなん知るか、ってもんだ。
あいつが怒って、また攻めて
きたとしても、オレは悔い改めない。オレは変わらない。
見かけは変わっても、輝きをなくしちまっても、オレはオレだ。あの決意、
あいつを見下す気高い心・・・・・そもそもちゃんと認められなかったから、
最強のあいつと戦ったんだろ?
あの誇り高き戦い・・・・・・
他の天使のやつらもたくさんついてきたよな。武器もって、さ。
みんな、あいつの支配よりもオレのほうがいいっていってたぜ?
あいつ、神のくせに全力出して、オレたちも押し返して、
あの天の戦い、いい勝負だったよな。あいつの王座だって、
ぐらついてただろ。勝ち負けなんて関係ないぜ。
負けて全部失ったわけじゃない。心はまだ折れてない。
復讐だぜ。あいつへの憎しみは絶対に消えないし、
オレたち勇敢だから絶対降伏なんてしないよな。ゴメンナサイ、とかいわないよな。
つまりさ、オレたち、負けてない、ってことだ。
あいつがどれだけ怒り狂っても、あいつがどれだけ強くても、
オレを負かす、なんて栄誉はやらん。
頭下げて膝ついて、どうかお許しを、とか
いって一回勝っただけのあいつを神と認めるなんて、
(ついさっきまであいつ、オレにびびって、
国がやべえ、とかいってたんだからな)、そんなの、ダサすぎだろ。
まさに不名誉、恥ずかしいよな。
地獄落ち以下だ。〈運命〉ではじめから決まってるだろ、
オレたち神だから、力は衰えないし、からだも傷つかない、ってさ。オレたちは死なないんだ。
一回やらかしちまった後でも、オレたちの
戦闘能力は落ちてないし、むしろ読みは鋭くなってる。
だからよ、前よりいい結果めざして、やってみようぜ。
武器を使ってもいい、策略を使ってもいい、死ぬまで戦うんだ。
和平なんて無理だ、あいつは最大の敵だから。
今ごろ大喜びで勝利に乾杯してやがって、
天で独裁して、好き放題やってるあいつと戦うんだ。

* * *
John Milton
Paradise Lost (1: 84-124)





* * *
天国での戦いにおいて神(と神の子)に敗れ、地獄に落とされたサタンが、
炎の湖のほとりで、かつての仲間のビエルゼバブ(と思しき堕天使)を見つけ、
話しかける場面。

サタン(悪に走る前の名はルシファー)が堕天使のトップで、
ビエルゼバブがナンバー2。

* * *
以下、訳注と解釈例。

84-92
構文は、次のようなかたち。

If thou beest he . . . (条件節),
if [thou beest] he. . . (条件節のくり返し)
into what Pit fallen? (帰結節)
「もしおまえがわたしの知っている彼なら・・・・・・
なあ、オレたち、どれだけ落ちてきたんだ?」

But O how fall'n! から四行、Myriad though brightまでは
挿入された節。口語的/会話的に、連想が飛んで、大枠の構文からは
独立して発展して、という感じ。

なお、本来、92行目のfall'nの後にピリオドがあるべきだが、
口語的/会話的に話がつづいていることを示すために、
コンマで次の文へとつなげられている。

84 thou
二人称単数の代名詞の主格。話しかけている相手をあらわすもの。
主として自分より地位が低い相手に対して使う。

84 beest
Beの仮定法二人称単数形。Thouに対応してbeが活用している。
If thou beest he = If you should/could be he

84 fallen
(過去分詞、形容詞)
高い場所から降りて/落ちてきた(天国から地獄へ--OED, "fallen" 1)
高い地位から落ちて/堕ちてきた(天使から堕天使へ--OED, "fallen" 5)。

加えて、受け身の構文(how thou art fallen)でもあるので--
(神に)「落とされた」(過去に落とされた、というだけではなく、
過去に落とされて、現在落ちている状態である、ということ。)

85 Realm[s]
王国(kingdom)(OED 1-2a)。"the Realms of Light" は天国のこと。
「王」国なのは、天国(実際この世すべて)を、
神が王として支配しているから。領域、場所(OED 2b-c)。

86 transcendent
形容詞。他の同種のものより勝る(OED 1)。

87 If he
If [thou beest] he. . . .

86 outshine
動詞。他のものより輝く(OED 1)。輝いているのは、天使だから。
同じ行のtranscendentと不必要に意味が重なっている。が、このように、
特に地位的なことがらについて、他の者と自分(ここでは自分の舎弟的な
ビエルゼバブ)を比べたがり、そして自分(たち)が上にいないと
気がすまないのが、ミルトンの描くサタン。いつでも地位にこだわる。

88 counsel[s]
決意、目的、意図、計画、企画、陰謀(OED 4)。

91 ruin
建物などが、崩れ、倒れること(OED 1a)。
社会的破滅(財産、地位などを失うこと)(OED 6a)。
絶望的にみじめな状態(OED 7)。

91 Pit
地面に掘られた穴(OED 1)。地獄(OED 4)。

91 thou seest
現代英語のyou see--「わかるだろ」、「な?」、「ね?」、
というニュアンスの挿入句--のようなかたちでここに入っている。
散文的に直すと、ここは、次のような間接疑問の構文。
Thou seest into what Pit [and] from what highth
[thou art / we are] fall'n.

92-93
「神は雷をもっていて、だからその分強かった」
=「雷がなければ、オレたちが勝っていたはず」

たとえ神に雷がなくても、本来サタンらは神に敵わないはずなのだが、
その事実を認めようとしていないことをあらわす。そこが、まさにサタン的。

92 the stronger
ここのtheは定冠詞ではなく副詞。次の行のwith his Thunderと
対応して、「だからますます」。

以下の言葉からもわかる通り、サタンにとっては、
強いかどうかがほとんど唯一の価値基準。

93 He
神のこと。サタンは「神」ということばを使わない。
神を唯一絶対的な神と認めていないから。
(表向きに強がっていて。)

93 Thunder
ギリシャ/ローマ神話における最高神ゼウス/ユピテルの武器。
聖書においても神(イエス・キリストではなく、父なる神、主)の武器
(出エジプト記9:23など)。

98 merit
高い評価や褒賞や感謝に値すること(OED 3a)。
称賛や高い評価に対する要求、またこれらを要求する
権利や資格(OED 4a)

99 the mightiest
神のこと。通常、Mightiestと大文字で表記して、
神をあらわす固有名詞とするところだが、そうしていない。
サタンは、神=最強の者、と認めていないから。
たまたま、結果的に、今回はヤツがいちばん強かったが、
次の戦いがあったら違う結果もありうる、というような意識があって。

99 fierce
気高く勇敢な(OED 2, 古語)。誇り高き、傲慢な(OED 3, 古語)。
野獣のように暴力的で激しい(OED 1)。

サタンと神との戦いは、自分を美化したがるサタンの視点から
見れば「気高く勇敢な」もの。しかしキリスト教的な価値観において、
それは、「傲慢な」もの。(「傲慢」prideとは、中世以来の神学に
おける「七つの大罪」のうち、もっとも大きな罪。) さらに、
ゲンコツや、弓や、銃や、せいぜい大砲程度の武器による
人間の戦いにくらべて、神や天使など霊的な存在による戦いは、
はるかに「暴力的で激しい」。

---
キリスト教的道徳における「傲慢」(pride)とは、神によって
与えられているもの(地位、性質、能力、外見など)以上のものを
求める、あるいはそれに値すると考える、人間の心や意識を指す。

「傲慢」から「妬み」(envy)が生まれる--
ホントはオレのほうが高い地位に値するはずなのに、
なんであいつが・・・・・・。

「傲慢」から「怒り」が生まれる--
なぜオレが認められない? なぜオレに地位がない?
金がない?

「傲慢」から「怠惰」(sloth)が生まれる--
オレには能力があるはずだから、コツコツとケチな努力なんか
する必要ない。そんなことしなくても、高い地位につけるはず、
なんでも手に入るはず。

「傲慢」から「貪欲」(greed/avarice/covetousness) が
生まれる--
地位をくれ、金をくれ、みんなくれ。

---
103 utmost
最大限の。サタンを倒すために、全力を出して、本当に
懸命になって、神は戦った、ということ。あくまで、これは、
サタンの妄想。実際は、

サタン率いる堕天使軍 VS 善良な天使軍
=引き分け

サタン率いる堕天使軍 VS 神の子
=神の子の完勝、まったくお話にならないくらいの圧勝。
(神自身は戦いに出てきてすらいない。)

これを「惜しい戦いだった」、「ヤツも必死だった」というところが、
サタンの欺瞞。人間くさいところ。

104 Plains
広がる空(OED 1c)。戦場(OED 2)。

105 study
目的達成のために向けられる思考や努力(OED 4a)。
夢想、実のともなわない思考(OED 3b)

110 Glory
栄誉や名声をもたらすもの。自慢の種(OED 3)。

116 by Fate
神ではなく、「運命」が、この世に存在するものすべてを
支配している、というサタンの考えがあらわれている。
(これはあくまで対外的な見解で、心の底ではサタンも、
神の支配を理解し、また認めている。第四巻の独白参照。)

なお、「運命」は、ギリシャ/ローマ神話では女神として
神格化されている。ここの発言においてサタンは異教的
(異教的な運命の神 > キリスト教の神)。

116 Gods
天使たちのこと。その対外的発言において、サタンは、
神と天使たちのあいだの違いを認めない。

117 fail
不足する、なくなる、消える、力を失う、死ぬ(OED I)。

122 grand Foe
Grand=もっとも位の高い、最大の(OED 2-3)。Foe=敵。
普通、「最大の敵」(arch enemy, arch foe) といったら
サタンのこと。(Satanとは、ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語などの
「敵」、「敵対する」ということばから由来。)

* * *
上の英文テクストは、John Milton, Paradise Lost (1674) より。
以下は、Milton Reading Roomのもの。

If thou beest he; But O how fall'n! how chang'd
From him, who in the happy Realms of Light [85]
Cloth'd with transcendent brightness didst out-shine
Myriads though bright: If he Whom mutual league,
United thoughts and counsels, equal hope
And hazard in the Glorious Enterprize,
Joynd with me once, now misery hath joynd [90]
In equal ruin: into what Pit thou seest
From what highth fall'n, so much the stronger prov'd
He with his Thunder: and till then who knew
The force of those dire Arms? yet not for those,
Nor what the Potent Victor in his rage [95]
Can else inflict, do I repent or change,
Though chang'd in outward lustre; that fixt mind
And high disdain, from sence of injur'd merit,
That with the mightiest rais'd me to contend,
And to the fierce contention brought along [100]
Innumerable force of Spirits arm'd
That durst dislike his reign, and me preferring,
His utmost power with adverse power oppos'd
In dubious Battel on the Plains of Heav'n,
And shook his throne. What though the field be lost? [105]
All is not lost; the unconquerable Will,
And study of revenge, immortal hate,
And courage never to submit or yield:
And what is else not to be overcome?
That Glory never shall his wrath or might [110]
Extort from me. To bow and sue for grace
With suppliant knee, and deifie his power,
Who from the terrour of this Arm so late
Doubted his Empire, that were low indeed,
That were an ignominy and shame beneath [115]
This downfall; since by Fate the strength of Gods
And this Empyreal substance cannot fail,
Since through experience of this great event
In Arms not worse, in foresight much advanc't,
We may with more successful hope resolve [120]
To wage by force or guile eternal Warr
Irreconcileable, to our grand Foe,
Who now triumphs, and in th' excess of joy
Sole reigning holds the Tyranny of Heav'n.

http://www.dartmouth.edu/~milton/reading_room/
pl/book_1/index.shtml

* * *
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