晴走雨読

晴耕雨読ではないが、晴れたらランニング、雨が降れば読書、きままな毎日

5.3 憲法記念日

2013-05-04 17:21:22 | Weblog

 近鉄京都駅ホテルを利用しました。近鉄線の線路の上に細長い形の建物であり、眼下にはJR線が24時間見る事ができます。全てが合理的に設計されていて料金も比較的リーズナブルで鉄道ファンには垂涎のホテルだと思いました。

 

 憲法記念日                             

 アベが戦後レジームの転換などとほざいて、憲法改訂にのめり込んでいる。北海道の方言に「いいふりこき」という言葉があるが、「アベ、調子こくなよ!」と言ってやりたい。私は今、憲法を改訂しなければならない必要性、緊急性は全く無いと考える。改憲派は、制定後60年余りが経過して、時代にそぐわなくなっていると言うが、現実にはこれまでも事案ごとに憲法解釈と齟齬があるような法律を定め施行してきている。例えば、過去に自衛隊に対して違憲判決も出ているが、現実には自衛隊法で法的に認知されている。

 改憲派のねらいは、9条であろう。この国の起点は、先の戦争における犠牲と反省の上にあり、その精神を明文化しているのが今の憲法である。9条改訂の先には、自衛隊の国軍化があり、教育問題から入って徴兵制に繋げていく意図が見える。

 国に召集され、戦場へ送り込まれ、人間を殺戮することを命じられ、敵の弾に斃れていく。しかし、このリアリティを持ち合わせているのは、仕方が無いことだが、80歳代半ば以降の人だけになってしまった。生活の場から死が排除されてから久しい。報道においても、写真、映像ともに死体を伝えることは無い。惨たらしい死、夥しい死体は、言葉で伝えられても、あえてリアリティを感じないように加工されている。

 憲法改訂には、国会議員の2/3を必要とするが、戦場に送られる可能性の少ない特権階級と、私たち庶民の感覚は隔たりがあるはずである。私たちは何のために戦う必要があるというのか。社民や日共議員とて特権としては同じである。アリバイ的に憲法改訂反対を掲げていれば許されるということではないのだから。

 また、ここにきて左翼、護憲派のこれまでの理論的な怠慢が露わになっている。「9条を護れ!」という以上の主張が無いのである。日米安保と沖縄と朝鮮半島の犠牲の上に乗った平和がこれまで偶然にも辛うじて維持されてきた現実に対して、その犠牲をどう取り除こうとか、別の方法を提示することを何一つできてこなかったのである。

 私は、この国は、世界中から何を言われようが、貿易立国、商人国家として生きていくしかないと思っている。米国の影に隠れてでも、虚勢を張らず、無用なケンカをせず、かっこ悪くても腰を屈めて、頭を低くして、「ボチボチでっせ!」と言いながら、商売に徹して行くほかない。吉本隆明ではないが、「一番立派な生き方は、生まれて大人になって、子どもを産んで、普通に老いて死んでいく」何よりも皆がそれをまっとうできる国が一番なのではないか。

 調子こいているアベの暴走は、前回(従軍慰安婦問題)と同じく米国からストップがかかる可能性があると思う。米国の了解なき原発の売り込みは、核拡散、すなわち潜在的核兵器保有につながるため、ここから米国によるアベ降しが始まるのではないか。

 

コメント
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