晴走雨読

晴耕雨読ではないが、晴れたらランニング、雨が降れば読書、きままな毎日

与那覇潤 『平成史 1989-2019 昨日の世界のすべて』

2022-01-29 14:46:40 | Weblog

以下、3つの件から、批判することを批判されて方針転換した立憲民主党を取り巻く潮目が変わったことが読み取れる。①立民の政治資金1500万円がリベラル系ネットメディアCLPへ提供されていた問題。②立民の菅直人元首相が日本維新の会について「弁舌の巧みさではヒットラーを思い起こす」と投稿した問題。③ネットフリックスで配信されているドラマ『新聞記者』(原作:東京新聞・望月衣塑子記者)が制作過程で迷走を重ね、同作のプロデューサーが経緯について森友事件の遺族に謝罪していた問題。

 

『平成史 1989-2019 昨日の世界のすべて』(与那覇潤著 文芸春秋 2021年刊) 

与那覇潤氏の著作については、2021.7.30と8.7に『歴史なき時代に 私たちが失ったもの 取り戻すもの』(朝日新書 2021年刊)をこのブログに書いた。

さて、僕はひとりの人間(天皇)の生命を基準として時代を区分する年号には抵抗がある。従って西暦使用派なので『平成史』という書名はあまり好きではない。ただ、サブタイトルにある1989-2019の30年間は、現在67歳の僕にとっては34歳から64歳までの期間であり、仕事とランニングど真ん中の時間だった。本書を読み進めながら、そう言えば、あの頃こんなことがあった、どんなことを考えていたのかなと思い返すことも多く、楽しい読書時間を持つことができた。

日記や手帳、家計簿やカレンダーでもいい、この間の自分の足跡が残っているものを傍らにおいて読むといい。一生懸命だった自分を思い出す。もっとやれたかも知れない。違う選択があったかも知れない。別の道もあったかも知れない。もしあの時、こっちを選択していたら、今頃はどうなっていたのだろうか。歴史も自分も同じなのだ。

著者が時代描写の対象にした分野は幅広い。政治、経済、社会、外交、思想、哲学、自治、倫理、災害、事件、心理、小説、評論、音楽、アニメ、映画、雑誌、論壇、メディア、コミュニケーション、福祉、医療・・に関する大量の文献や資料を基にしながら、縦横無尽に描き切っている。歴史の本というと硬派なイメージを持つだろうが、そんなことはなかった。日常的な生活に想起した様々な記憶が呼び覚まされる。しかし、その時間は戻せない。

また、この本の性格を規定しているのは、ところどころに挿入されているセンチメンタルなワンフレーズだ。読み手のこころにナイーブに響くのだ。

こんな感じ。(以下、「 」内は引用)

まず、「青天の下の濃霧だ―。決めるのは、過去の声を聴いてから。」で始まる。「『成熟』のモデルを喪った子どもたちの時代としての、『平成』が始まっていたのです。」(1990年)ここでいう喪ったモデルとは、昭和天皇とソ連崩壊による社会主義の死であり、そこが平成のスタートだった。そして、1997年は「澄みわたる空の下で始まった平成ゼロ年代が、垂れ込める暗雲に覆われて終わってゆく。」とまとめる。

「ゼロ年代の後半からは、全世界的な『かつて語られた理念への幻滅』が世相を覆ってゆく。そのなかでいったい、なにに生きるよすがを求めるのか―。」(2004年)「軽やかに冷戦以降を賭けてゆくと思われた子どもたちは、みな傷つき、あるものは社会的に抹殺され、別のものは行きどまりに立ちすくんでいた。」(2006年)かつて語られた理念とは社会主義であり幻滅に終った。そして求め続けた自由も夢に終わり、自由に新が付いた新自由主義は自由とは全く別物だった。そして、2010年は、「空しいな。すべてが。」で終わる。

あの2011年を、「まさか、こんな日本を目にする日が来るとは。」と悲嘆する。「―だけど、いつまで続くかな。」「―『近代』の秋、だな。」(2012年)さらに、「―この国では歴史なんて、どうでもいいんだな。もはや文字どおりの瓦礫、ゴミクズのようなものだ。」(2014年)「―歴史がなくなっても、もう心配しなくていいんだな。人はかつて歴史に託してきたことを、別の形でなんども甦らせては、繰り返してゆくだけだから。」(2017年)おいおい、歴史家が歴史の喪失を嘆いてどうするのだ?と僕はつぶやく。

「ああ、これが日本だな―。」「―みんな、どっちの時代を生きてきたのかな。」(2018年)そして、2019年の最後に、「別にそれでいい。というよりもそれこそが、平成の模索の果てに私たちが見つけた、ほんとうの成熟のかたちじゃないか。」「喪の作業こそが、新しい再出発の根拠となる基地をつくる。書き手と、なによりも読み手の心のなかに。そのように、私は信じている。」「歴史とはもう、過去から未来への時間軸を越えて人びとに『共有される』ものではない。」と結ぶ。

 

 

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大塚英志 『「暮し」のファシズム 戦争は「新しい生活様式」の顔をしてやってきた』

2022-01-21 15:54:59 | Weblog

新しい年、世の中が凪のようだ。ぽっかりとした何もない空間を漂っているようだ。時間だけが過ぎていく。「尾身クロン」株が蔓延しているのに今一つ危機感もない。政治から責任や批判が消えた。

 

『「暮し」のファシズム 戦争は「新しい生活様式」の顔をしてやってきた』 (大塚英志著 筑摩選書 2121年刊) 

著者が嗅ぎつけた臭いは、1940(昭和15)年、近衛文麿政権が国民を戦争に動員するために大政翼賛会を発足させ、国民に対して「新生活体制」の確立を呼びかけた過去と、現在のコロナ禍のもとで、国や自治体が国民に求めている「新しい生活様式」の醸し出す雰囲気が、酷似しているということだ。

確かに両者で使われている言葉は似ている。知事たちがボードをかざして呼びかける「新しい生活様式」や「新しい日常」、スズキのポン道知事も「新北海道スタイル」のスローガンを掲げている。今の感染症対応をかつての「戦争」になぞらえて「コロナとの戦い」と呼ぶ。「非常時」は「緊急事態宣言」に。戦地で戦う軍人宛に「兵隊さんありがとう」と学校で子どもたちは手紙を書いた。「医療従事者にエールを」と「エッセンシャルワーカーへの感謝」とどこか似る。

「新生活体制」のもとで、国民の「生活」を見直し「日常」を「一新せよ」とのプロパガンダは勇ましい言葉だけではなかった。「パーマネントはやめましょう!」、料亭や映画などの興行対する「時短」要請。子どもたちは小遣いを「節約」して「国債」を買ってお国に協力した。「隣組」を組織して、相互監視体制を築いて異論を封じた。

しかし、以上のことは単なる著者の発想と知識の披露だ。そして、本書は途中から主題がブレる。戦後に雑誌「暮らしの手帖」を創刊した花森安治、太宰治、詩人の尾崎喜八ら文化人の戦争協力の事実を書く。例えば、花森安治については物資が不足していた中で「代用食」の作り方や服の仕立て直しなどの「節約」方法を図解入りの本でPRしたことは戦争協力として指弾されている。

はたして戦時中に戦争協力から免れた人はどれほどいたのか。かの情況の中で生きていくためにどれほどの葛藤があったのだろうか、なかったのだろうか。現在の地点からの批判には、もし自分がその当時の社会の中にあってはどう振る舞うことができただろうかと想像と内省が不可欠だ。そこが本書からは感じられない。

 

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☆☆ 2022 『発見』 ☆☆   

2022-01-09 09:22:18 | Weblog

☆☆ 2022 『発見』 ☆☆

謹賀新年。新しい年が明けて10日ほど経ち、世の中が落ち着いてきたと同時にオミクロンが騒がしくなってきました。今年もヨレヨレと備忘録を続けようと思っています。

2022年のマイテーマは「―☆☆ 『発見』 ☆☆―」としました。あるサークルで毎年の年頭にあたり自分の抱負を発表する場面があり、今年はその会合がオミクロンのため中止になってしまったのですが、僕は今年のテーマを「発見」と決めていました。

日々において「発見」することを心掛け、「発見」なら何でもOKという緩い定義にしました。

これまで知らなかったことを知ること、どうしてこうなるのだろうと疑問を持つこと。本を読み、テレビを視て新たな事実を知ること。ランニングをしながら、自分の体力の限界や余力を感じること。これら新しい気付きによって、今まで以上に自分と向き合えると考えています。

他者との関係も、当たり前のように固定化していると思っている関係を、一度ほぐしてみると新たなことが見つかるように思えます。この場合の他者とは、家族、友人、知人などの人間だけに限らず、動物、植物、気温、湿度、臭い、感触など自分を取り巻くすべてのことがらの中に何かを感じたいと思います。そうすることによって、他者との関係性の中の自分を知ることができると考えています。

その時々でどんな「発見」があるか、とても怖いと同時に楽しみでもあります。想像を超えるような、思ってもみなかった「発見」があるといいのですが。

 

 

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