大みそかになってようやく寒さが和らいだので、午後から雪上ランニング。気温0℃、弱いが太陽が出ると温かみを感じる。10日ほど外で走っていなかったので、身体が重いのと、息が苦しい。この時期で積雪が10cm程度というのはかなり少ない。除雪の出動はこれまで1,2回くらいだと思うが、業者さんは年を越すのが大変ではないかと推察する。
このブログに訪れていただきありがとうございます。皆様にとって2015年はどんな年だったでしょうか。僕は、職場が変わり、体調を崩し、しかしボチボチ何とかの年だったと思います。良いお年をお迎え願います。
『悲素』(帚木蓬生著 新潮社 2015年刊)
大みそかにこんなつまらない読後感を書くとは思わなかった。(結論を先に書くと、☆ゼロの駄本である。)これも僕の2015年を象徴しているのかも知れない。年末休みに普段はあまり読まない小説でも読もうかと思って、27日(日)の朝日新聞、年末恒例の「今年の3冊」から佐倉統氏(科学技術社会論研究者)が推薦していた本書を購入。
氏のコメントを以下引用する。「4人が死亡した和歌山市のヒ素混入カレー事件を題材にした小説だが、事実関係を丹念に再現して、ほとんどノンフィクションのよう。著者の静かな怒りが、底深く流れていく。」とある。
ひとりの学者を主人公にして、医学的な知見を駆使しながら警察と検察の捜査へ協力した状況が坦々と綴られる。500ページを超える大著であるが、僕は350ページを過ぎたあたりから、いつこの小説(といえるものかどうか?)は、期待している転結があるのだろうか。まさかこのまま、警察、検察と大学の組織が一体となってどこまでも容疑者を有罪へと追い詰めたストーリーで終わることはないだろう。そんなバカな・・と。
終盤まで読み進めて行くうちに、先入観を持って読み始めた自分が愚かだったということに気づいた。この事件は、状況証拠も乏しく動機無き無差別殺人として、真相の解明など大変に難しい裁判になっていると報道されていた記憶があったので、てっきり「冤罪」の視点から描かれているのかと思い込んでいたのだ。
しかし、著者は、最後まで、一切の躊躇も無く容疑者による犯罪だと断定し、糾弾する。評者の「著者の静かな怒りが、底深く流れていく。」とは、何のことはない、当時マスコミがこぞって興味本位に扱っていた気分と同様であり、それに著者が現役の医師として医学的な装いを施しただけの凡作である。著者の立ち位置と僕は違う。