晴走雨読

晴耕雨読ではないが、晴れたらランニング、雨が降れば読書、きままな毎日

『二十世紀から何を学ぶべきか(上)』

2009-04-29 19:53:11 | Weblog
 昨日までの低温が嘘のような暖かさ、朝からじっとしておられず5月5日のハーフマラソンを目標に練習。あと1週間しかないあせりがあるが、少しづつ作るしかない。きっと明日は、ひどい筋肉痛だろう。



 『二十世紀から何を学ぶべきか(上) 1900年への旅 欧州と出会った若き日本』(寺島実郎著 新潮選書 2007年刊)

 『1900年への旅―あるいは、道に迷わば年輪を見よ』(寺島実郎著 新潮社 2000年刊)を加筆・修正して再出版したため、現代の記述に部分的に古い事象がある。

 本書の舞台は、1900年の欧州各都市である。夏目漱石、森鴎外、南方熊楠をはじめとした多くの明治の日本人が、パリ、ロンドン、ウィーン、ローマ、マドリッド、ハーグ、サンクト・ペテルブルグ、ベルリンに学んだ姿を紹介する。

 著者の一貫した主張は、この国は米国一辺倒の外交でいいのか、という提起である。1900年当時この国が、近代的な国家の形態を整備するにあたり、いかに欧州の影響を受けたかという事実を強調する。

 本書には、歴史的な経過と著者の持論の間に論理のスリカエが存在する。現在において、この国の米国追従を批判するのは意味あることであるが、現在の事実としてこの国が大きく影響を受けているのは米国である。(第2次世界大戦後のパックス・アメリカーナの時代)
 しかし、1900年の時点で欧州をモデルにしたというのは、当時の米国は今だ発展途上であって、米国に学ぶということにならなかったためである。(パックス・ブリタニカの時代)やはり当時は、世界全体が欧州の影響を受けていたのである。

 著者の、明治の人間の気概には学ぶべき姿勢がある。いつの時代にも一面的な価値観は大きな過ちに通ずると主張していることには同意する。しかし、著者は、この国の米国一辺倒の姿勢を批判するが、決して「反米」とはならない。また、国益を訴えるが国家の存在という前提は疑わない。そこに、著者のスタンスがあり、私から見ると限界がある。





 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寺島実郎が語ったこと

2009-04-26 16:20:36 | Weblog
 スポーツ新聞の芸能記事に久々に拓郎の話題が。『吉田拓郎(63)の約6年ぶりとなるオリジナルアルバム「午前中に…」が、27日付オリコンアルバムランキングで初登場6位を記録した。63歳1カ月での初登場トップ10入りは、小田和正(61)が持つ60歳4カ月を上回る史上最年長の大記録。』と。

 「ガンバラナイけどいいでしょう」というような肩の力を抜いた曲が多いアルバムになっているが、拓郎自身の中では曲にメッセージを込め、懐メロ歌手ではなく現役の歌い手として闘っていることが伝わる。

 売り上げについては、エイベックスに移籍した効果も多々あるのでしょうが。



 予想通り今日は朝から雨、否、「外は白い雪の夜」!



 寺島実郎氏がフォーラムin札幌時計台で語ったことから2つ。

 (第1点)これから半年位の間に、オバマを擁した米国発グリーン・ニューディール戦略がかつてのIT革命に相当するようなパラダイム転換かどうかがはっきりする。

 再生可能エネルギーのエネルギー供給に占める割合は、太陽光0.1%、風力0.4%、バイオマス5.0%であり、小規模分散型エネルギーであるという弱点を持っているが、EV(電気自動車)、RE(再生可能エネルギー)、ITと相関した時、パラダイム転換の予感がする。

 ネットワークを支えるスマート・グリッド(次世代双方向送電網)、グーグルが参入した事実。

 米国が、オバマを使って新しい物語を作り出す可能性がある。

 (第2点)北朝鮮からの脅威をことさら煽り、この国も核武装すべきだと、中川昭一アル中元大臣らが勇ましい事を言っているが、国際社会でのこの国の立ち位置を示す。

 IAEAの核査察予算の30%が日本を対象として使っている事実。北朝鮮もさることながら、泊村、六ヶ所村・・と国際社会は日本の核装備を疑っている。もし、本気で核武装などに進み出せば、国際的には、北朝鮮、イラン化への道を辿ることになる。

 
 寺島氏の言説からは、米国民主党への期待、この国の資本の代弁者として国際社会での生き残り戦略をいかにするかという焦燥感が感じられた。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

寺島実郎 フォーラムin札幌時計台

2009-04-25 20:16:56 | Weblog
 明日は大荒れとの天気予報が出ているため、今日は力一杯の走り込み。久々に白石サイクリングロード、エルフィンロードを走るが、20km過ぎから両足のふくらはぎに痙攣が発生。

 止まって、ストレッチ。再び走ろうとすると痙攣。最後は、徒歩。走り込み不足が露呈。5月5日のハーフマラソンは大丈夫なのかな。トホホ!



 4月23日フォーラムin札幌時計台第17回のゲストは寺島実郎 

 サンデーモーニングをはじめ、マスコミにも露出し超売れっ子のため会場も満員状態。今回の講演でも、アメリカ一辺倒のこの国の姿勢に警鐘を鳴らし、会場の共感を得ていた。

 果たして、彼の正体は? 寺島実郎=CIA説は無理があるかな。自己紹介では、早稲田の学生時代は、全共闘や革マルからは「右翼秩序派」と呼ばれていたとのこと。何と懐かしい言葉だろうか、要するに「民青」じゃろうが。

 その後、三井物産に入り、若い頃は、イラン革命で瓦解した三井石油化学プロジェクト(IJPC)にかかわったり、米国民主党に影響力のあるブルッキングス研究所に出向した経験を持つ。現在は、三井物産戦略研究所、同じく三井住友系のシンクタンク日本総合研究所の会長にある。

 これらからは、氏の反米的な言説とは逆に米国一辺倒の経歴であることがわかる。氏の言説の中心には、経済指標と共に、新技術の方向が国の方向性を定めるというリアリズムがある。

 この国の資本がこれまでの自動車、家電中心の産業による輸出主導型経済に行き詰まりを感じ、新たな方向性を模索しているその考えを代弁したイデオローグなのであろう。

 米国という国は想像以上に懐の大きい国なのであろう。もう一つの行き方を提言する寺島氏を許容し、役割を与える、そこに米国としての保険をかける、それ位のことをやってしまう国なのである。

 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

千秋庵 不買宣言

2009-04-24 22:18:15 | Weblog
 中央区南2西4「海老天分店」の天丼です。半年に一度くらい食べたくなります。薄野にある「海老天本店」には行くことがありません。「ハゲ天」はゴマ油の臭いがきつい感じですが、「海老天分店」はくどさがありません。

 分店では、カレー天丼も美味しいです。どうして天麩羅専門店の天麩羅はあんなにカリッと揚がるのでしょうか。



 しんぶん赤旗日曜版に入ってくる日共地区後援会のチラシから引用します。

 千秋庵のホワイトデーのクッキーの箱に「Sweet White Day!」の文字と共に、自衛官姿の熊のイラスト、それに「あなたを海賊から守ります」の文字。

 さらに、箱の中には、「インド洋から日本への航路は石油をはじめ各種の貿易品を運ぶ最重要なルートです。そのためにも安全を図ることは平和の維持のためにも大切なことでございましょう」という菓子店のロゴの入ったメッセージカードが添えられていたとのこと。

 ネットで検索して見たが、今のところこれに関する情報は見当たらず。

 千秋庵自らの発案からのものか、自衛隊の宣伝活動の一環か、謎です。一企業として、こんなに露骨にやる意味がわかりません。

 このことを持って、私は千秋庵不買宣言をしますと粋がってみようと思ったのですが、以前から千秋庵のお菓子はあまり美味しいとは感じていなく、ずっと食べていないことに気付きました。

 

 ついに500回達成!にしては、ちょいとしょぼい内容でした。3年1ヶ月続いていることに「自分で自分を誉めてやろう」と思います。
 「継続は力なり」「努力すれば必ず報われる」どこかの進学塾のスローガンみたいです。


 
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

デコポン

2009-04-19 20:24:54 | Weblog
 友人のお世話で、和歌山県田辺市からもぎたて完熟の葉付きデコポンが届きました。見た目も立派ですが、スーパーで売っていた九州産のデコポンと比べ、味も濃く酸味もあり大変美味です。



 続「子ども学序説」

 当ブログとリンクしている「Retriever Legend's blog」の本日の記述で、私が3月1日から15日まで5回にわたって連載した「子ども学序説」へ寄せられたコメントの展開について触れられていますので、少し考えて見たいと思います。

 私自身は、黒ヘルさん、革共同さんからのコメントに対する答えを模索中で、現在『ユートピアだより』(W.モリス)を読んでいます。モリスは、マルクスとほぼ同時期の人物で「ユートピアだより」は、1890年に出版された書物ですが、100年以上未来となる2003年の世界を創造しています。

 途中までしか読んでいませんが、2003年の世界は、既に商品経済が止揚されて貨幣もありません。そして、全ての労働が「ピクニック」のように「楽しいもの」となっています。労働の報酬は、生きることそのものなのです。

 革共同さんが『労働本来の喜び』と書き、黒ヘル氏が『労働本来の苦痛』と捉えるそこの差異には、人間本質の問題があると考えます。

 マルクスの僚友エンゲルスは、科学的社会主義を主張し、モリスのような言説を空想的社会主義として切って捨てるでしょうが、マルクスは、未来社会について多くを語っておらず、また語っていることはかなり「空想的」です。(「ゴータ綱領批判」)

 社会の維持のためには、労働過程はどのような社会形態にあっても絶対的に必要であるという前提で、空想という思考の先に「来るべき社会」を想像できれば、現在の社会では、労働は疎外され、苦痛に満ちたものとして感ぜられるでしょう。しかし、空想的「ユートピア社会」では、労働は人間としての自己実現であり、喜びとなる期待があります。

 逆に、空想的な展望を持ち得ない場合、苦痛に満ちた労働が永遠に続くと感ぜられ、一日も早く労働を否定したいと思うことでしょう。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

朝日ジャーナル復刊

2009-04-18 20:01:56 | Weblog
 2ヶ月通った歯医者さんとも今日でお別れ、ようやく何とか抜かずに残した奥歯が使えるようになりました。帰路、買ったのが、吉田拓郎の15日発売のニューアルバム『午前中に・・・』と今回だけ復刊された『朝日ジャーナル』。

 自分でもなんて’70年代オヤジ(ジジイか?)なんだろうと思ってしまう。



 エイベックスに移籍した拓郎、スローテンポの曲が続く。もう肩に力を入れなくていいよ、ゆっくりでいいんだよ、今の心情とメッセージが聞こえてくる。

 曲名は、「ガンバラナイけどいいでしょう」「歩こうね」「フキの唄」「真夜中のタクシー」「季節の花」「今は恋とは言わない」「ウィンブルドンの夢」「早送りのビデオ」「Fの気持ち」「あなたを送る日」の全10曲。

 ジャケット写真のネクタイと同じものを絶対探そうと思う。白いワイシャツに黒と灰色の斜めの縞模様。


 
 右手に「ジャーナル」、左手に「マガジン」だったっけ。『週刊朝日』の緊急増刊として1992年5月から休刊していた『朝日ジャーナル』が復刊。表紙には、創刊50年 怒りの復活 崩壊寸前の「日本型社会システム」 いま問われているのは、私たちの「知性」、そして「感性」―とある。

 売れています!売り切れの書店もあり、店頭に残った最後の1冊を購入。

 注目の巻頭論文は、作家?見田宗介「現代社会はどこに向かうか 世界の有限という真実<持続する現在>の生へ」。見田氏は、社会学者でしょう。

 NHKの世論調査をもとに、日本社会の意識変化を35年間のデータを使って分析している。見事な社会学の論文であるが、社会学の学問としてのいい加減さが露呈している。社会を様々に素描するが、結局それがどうしたってことなのということに答えることができない。あえて、資本主義社会の歴史性には触れないで、危機、危機と言っているだけ。

 昔も私は、「朝日ジャーナル」や「マガジン」の読者ではありませんでした。右手に、「現代の眼」、左手に「情況」だったっけ。

 一番印象に残ったワンフレーズ
   「君には君の 僕には僕の 越えられないものがある」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『唯物論哲学入門』 その2

2009-04-17 20:55:05 | Weblog
 「O-style Ice Cream milca」(サンピアザ地下1階)で一休みです。アイスコーヒーが美味い季節になります。



 「第2講」は、疎外論です。思想・イデオロギーの面で現れるのが神、政治の領域で現れるのが国家、経済的には資本です。疎外の克服=諸矛盾の解消、すなわち「革命」です。

 1970年代は、『初期マルクス研究』(マルクーゼ)などの代表される疎外論の最盛期でした。疎外という論理は、躍動的な展開をするため物事の矛盾を一気に理解できるような気分になったものです。今から思うと、議論が乱暴でちょっと騙されたような気もします。

 当時、『資本論の世界』(岩波新書)で疎外論の流行に眉をひそめていたのは内田義彦でした。氏は、後期マルクスすなわち経済学研究の重要性を強調しました。

 ここらが、自分の哲学的志向か、経済学的志向かの分岐点だったと思います。



 定額給付金の使途を考えています。ペシャワールの会へのカンパですか。それもGoodですが、自分らしくないような気がします。コンサの応援ユニフォームを新調する。コンサ愛ですが・・。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『唯物論哲学入門』 その1

2009-04-15 20:54:27 | Weblog
 『改訂新版 唯物論哲学入門』(森信成著 新泉社 1972年初版 2004年改訂新版)                  

 漫画家の青木雄二氏(2003年逝去)は、「現在の日本の大衆の中に蔓延している『無力感』を克服し、はっきりとした『世界観を得たい人』にとって、『最良の一冊』である。」と本書を評価している。

 本書は、著者の森氏が1971年7月に亡くなった直前の1971年5~6月にかけて開講された「大阪労働講座」での講演記録であり、口語体のため内容に比べて大変読みやすい。

 「第1講」では、唯物論と観念論の区別を説きます。観念論の本質は非合理主義であり、唯物論の科学的見地の重要性を示します。

 約40年前の文章ですが、私の学生時代と同時代であり、「フォイエルバッハ論」(フリードリッヒ・エンゲルス著)などを輪読したことが思い出されます。ソ連・東欧型社会主義が崩壊した現在から見ると本書の時代的な制約は免れず非常に教条的な理論に感じますが、当時は「ここら」が入り口だったと思います。

 従って、私の脳髄の中心部は、1970年代(史)的唯物論が大きなスペースを占め、その後様々な事象によって上書きされていますが、本質的なところはあまり進化していないように感じます。

 しかし、「ようやく物事がわかるようになるのは、60歳を過ぎてからだ。」という文書を先日どこかで読み、これからなのだなあという気持ちになっています。



 定額給付金の申請をしました。12,000円で俺の心が買われてたまるかという気持ちと、そんな硬いこと言わずにもらえるものはもらって美味いものでも食べようという気持ちの狭間で揺れ動いています。

 このこと自体が既に、現世のご利益を追求して止まないナンミョーホーレンゲー教の呪縛に罹っているのでしょう。さて、使途を如何にすべきか?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ざざむし

2009-04-13 19:35:25 | Weblog
 食通でもグルメでもありませんが、珍しいものを食べてみたくなります。

 これは、天竜川で獲れた「ざざむし」の大和煮です。昨年、信州を旅行した際に購入していたのですが、冷蔵庫の奥にしまって忘れていました。賞味期限ギリギリです。

 「ざざむし」とは、ザーザーと音をたてて流れる急流に棲息するトビケラ、カワゲラなどの幼虫です。要するに、川にいる虫です。

 虫の手、足、触覚?胴体からはみ出した部分が喉を通る時、ひっかかるような感じになるが、甘辛い味と虫から出るコクがありなかなか美味。

 辺見庸の「もの食う人々」ではないが、全ては「食べる」という根源的行為から始まる。昔、イナゴやざざむしなどの昆虫類は、貴重なタンパク源だったのだろう。

 お弁当にトッピングしていったら、会社の隣席の方はビックリするだろうか。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ピーベリーコーヒー

2009-04-11 19:58:00 | Weblog
 札幌三越デパート地下2階にキーコーヒーの店があります。わずか、5席ほどの狭いスペースですが、丁寧にコーヒーを落としてくれます。



 昔、ピーベリーコーヒーに凝ったことがあります。

 きっかけは、小林恒人という国労出身の代議士と話しをした時、彼はお酒が呑めないのでその代わりコーヒーが大好きで、その中でもピーベリーという一種の未熟な豆を轢いたコーヒーが一番美味しいと言っていたのです。

 通常のコーヒー豆は平豆(フラットビーン)と呼ばれ、半円形で平らな部分に線が入っています。実の中では、その線を合わせるようにして、仲良く2個一組で入っています。

 丸い実(丸豆)という意味を持つピーベリー。ピーベリーは1個のみで比較的小粒でコロッと丸い形をしています。味が凝縮されていて、たいへんコクがありました。

 1本の木からの収穫量の5%~10%くらいがピーベリーになるようです。1つのコーヒー豆から1粒しか採れない豆であり、手に入りにくい貴重な豆です。甘く、濃厚な味わいです。

 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キーコーヒー

2009-04-05 19:45:32 | Weblog


 このコーヒーカップは岩見沢のこぶ志焼きです。私は、喫茶店を探すとき、木村コーヒー店(キーコーヒー)を選びます。豆は酸味の強いキーコーヒーのキリマンジャロが最高です。今は、趣のある喫茶店が減ってしまいましたが、キリマンジャロからは私の’70年代の味がします。

 北区にあったキーコーヒーの飲める「ナポレオン」という喫茶店がとても居心地が良かったことを思い出します。1974年から1980年頃まで、週に3,4回は通っていて、いつもピラフセットを頼んでいました。この店は、’80年代の早いうちにいつの間にか閉店してしまいました。「喫茶ナポレオン」で検索しても、それらしき情報は得られませんことから、人々の記憶から消えてしまったと思われます。

 木造の細長い建物の2階にあり、ミシミシいう急な階段を上がっていくと、うす暗い室内に入ります。夕方から夜にかけて行くと、知り合いがいるか、本を読んでいると必ず誰かが入ってきました。それから、延々とお喋りをして、誰かの下宿か、寮に行くというパターンの生活でした。

 店には、常時有線放送が流れていて、当時はフォークソングが主流でした。ガロの「学生街の喫茶店」、あべ静江の「コーヒーショップで」、たくろうの「ひらひら」「君が好き」などが流れていました。

 近くに「ポピー」という喫茶店もありましたが、セツルメント関係者が多く集う場所で、ちょっと違和感がありました。でも、そこのおばさんが腹を減らした学生のため、カレーの大盛りを特盛りにしてくれ、随分サービスしてもらいました。

 思えば、田舎から出てきた無知・無学な学生が、そこで友人や仲間と知り合って話しをし、本を読み、音楽を聞きながら、徐々に何かを得ていったのだろうと思います。それから時間だけは過ぎていますが、自分ではあの頃の自分とそれほど変わっていないような気がします。



 今日は走るぞ!と朝から気合が入っていて、20数kmラン、こんなに距離を走ったのは半年振りくらい。スピード走はできませんが、ゆっくり長く走って、心地よい疲労感があります。

 外を走るなんて、ミサイルが飛んでくるかも知れないのに、危ないですよね?


 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『歴史と外交―靖国・アジア・東京裁判』

2009-04-04 19:28:22 | Weblog
 気温が10℃を越え、ようやく今シーズン初めてのランニング日和。当面の目標は、5月5日の「アコムプレゼンツ・日刊スポーツ豊平川マラソン」(ハーフ)と6月7日の「千歳JAL国際マラソン」(ハーフ)にエントリー。4月22日からは、「北海道マラソン」の申し込みが開始されるが、どうしようかな。

 ただ、「豊平川マラソン」は、以前からナイアガラマラソンクラブが7月に開催している大会と紛らわしい名称です。



 「歴史と外交―靖国・アジア・東京裁判」(東郷和彦著 講談社現代新書 2008年刊)                

 先日の『フォーラムin時計台』で講演を聞いた東郷和彦氏の著作をさっそく読む。扱われているテーマは、靖国神社、従軍慰安婦、日韓関係、台湾独立問題、原爆投下、東京裁判で、いずれもこの国の中にあって様々な認識があり、諸外国との関係でも見解の一致を見ていない問題である。

 本書の中で、著者はそれらの諸説を手際よく紹介し、また自身の立場も表明しているが、非常にバランス感覚とれた方であると思う。もちろん責任ある立場で外交を手がけていたのであるから、左翼ではないだろうが、左翼の言説も良くわかっており、かといって国粋主義的右翼では全く無い。

 こういう人物を要職に登用する外務省は中々省庁である。本日(2009.4.4)北朝鮮のロケット発射という問題で、ようやく晴れ舞台に立てると思った矢先に「大誤報」で失態を演じた防衛省とはさすがに格が違う!

 ただ登用されたとはいえ、東郷氏が親子3代にわたる外交官というところがひっかかってしまう。かなり、親の七光り、祖父の七光りの側面があるのではないか。東郷氏個人は、ただ一生懸命国益のために働いたと思っているであろうが、外交官という仕事は世襲制でもあるまいし、こういうのは外交の私物化といってもいいであろう。



 北朝鮮はなぜ本日ロケットを発射しなかったのでしょう。日本側の誤報による混乱に配慮してくれたのでしょうか。どうも、対立しているように見える両国の間で芝居がかったことが行なわれているようで臭う!

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『超恋愛論』

2009-04-02 19:19:25 | Weblog
『超恋愛論』(吉本隆明著 大和書房 2004年刊)

 近くの図書館から借りた。思想界の巨人「吉本隆明」が、俗世界にあふれる恋愛について語った。やはり並みの人では無い。常識を軽々超えてしまう。なるほどと読者をうならせる。2時間で読める。

 こんなくだりが面白い。吉本さんは、婚姻届という国家への届出に意味を認めていなかったのだが、実際は意外な重さで個人にのしかかってくることを実感した。

 ここからが、吉本流。法律(婚姻届)がなぜ人の心に食い込んでくるのか。それは、法律の根っこのところに、広い意味の宗教があるからではないか。最初に宗教が生まれ、その最も強固な部分が法律になり、それから国家が生まれた。国家信仰という根強いものがあるから。

 こんな考えも吉本ならではである。「誰が見てもこの人がいい」というような人は恋愛においてありえない。いわゆる「もてる」「もてない」みたいなものは意味がない。

 「その人にとっていい人」が絶対的に存在するというのが恋愛。金がある、ない、美人、不美人、親が気に入る、気に入らないなんて関係ない。細胞同士、遺伝子同士が呼び合うような感じが本来的な恋愛の感覚である。

 恋愛とは覚せい剤を飲むようなもの、今まで寝ていた神経が起き上がっていきなり自分が活性化する感覚。こんな表現が続きます。

 軽そうだけど、本質に哲学があるので本書は、☆☆☆☆ 4つです。



 当ブログは、4月から4年目に突入です。ご愛読、感謝。本日は、第491本目です。もっともっとスパーク!したいと思っています。


 最近の動きを見ると、なぜか、この国の政府が政権浮揚のため、北朝鮮にミサイル発射を依頼しているように思えます。
 

 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする