昨日までの低温が嘘のような暖かさ、朝からじっとしておられず5月5日のハーフマラソンを目標に練習。あと1週間しかないあせりがあるが、少しづつ作るしかない。きっと明日は、ひどい筋肉痛だろう。
『二十世紀から何を学ぶべきか(上) 1900年への旅 欧州と出会った若き日本』(寺島実郎著 新潮選書 2007年刊)
『1900年への旅―あるいは、道に迷わば年輪を見よ』(寺島実郎著 新潮社 2000年刊)を加筆・修正して再出版したため、現代の記述に部分的に古い事象がある。
本書の舞台は、1900年の欧州各都市である。夏目漱石、森鴎外、南方熊楠をはじめとした多くの明治の日本人が、パリ、ロンドン、ウィーン、ローマ、マドリッド、ハーグ、サンクト・ペテルブルグ、ベルリンに学んだ姿を紹介する。
著者の一貫した主張は、この国は米国一辺倒の外交でいいのか、という提起である。1900年当時この国が、近代的な国家の形態を整備するにあたり、いかに欧州の影響を受けたかという事実を強調する。
本書には、歴史的な経過と著者の持論の間に論理のスリカエが存在する。現在において、この国の米国追従を批判するのは意味あることであるが、現在の事実としてこの国が大きく影響を受けているのは米国である。(第2次世界大戦後のパックス・アメリカーナの時代)
しかし、1900年の時点で欧州をモデルにしたというのは、当時の米国は今だ発展途上であって、米国に学ぶということにならなかったためである。(パックス・ブリタニカの時代)やはり当時は、世界全体が欧州の影響を受けていたのである。
著者の、明治の人間の気概には学ぶべき姿勢がある。いつの時代にも一面的な価値観は大きな過ちに通ずると主張していることには同意する。しかし、著者は、この国の米国一辺倒の姿勢を批判するが、決して「反米」とはならない。また、国益を訴えるが国家の存在という前提は疑わない。そこに、著者のスタンスがあり、私から見ると限界がある。
『二十世紀から何を学ぶべきか(上) 1900年への旅 欧州と出会った若き日本』(寺島実郎著 新潮選書 2007年刊)
『1900年への旅―あるいは、道に迷わば年輪を見よ』(寺島実郎著 新潮社 2000年刊)を加筆・修正して再出版したため、現代の記述に部分的に古い事象がある。
本書の舞台は、1900年の欧州各都市である。夏目漱石、森鴎外、南方熊楠をはじめとした多くの明治の日本人が、パリ、ロンドン、ウィーン、ローマ、マドリッド、ハーグ、サンクト・ペテルブルグ、ベルリンに学んだ姿を紹介する。
著者の一貫した主張は、この国は米国一辺倒の外交でいいのか、という提起である。1900年当時この国が、近代的な国家の形態を整備するにあたり、いかに欧州の影響を受けたかという事実を強調する。
本書には、歴史的な経過と著者の持論の間に論理のスリカエが存在する。現在において、この国の米国追従を批判するのは意味あることであるが、現在の事実としてこの国が大きく影響を受けているのは米国である。(第2次世界大戦後のパックス・アメリカーナの時代)
しかし、1900年の時点で欧州をモデルにしたというのは、当時の米国は今だ発展途上であって、米国に学ぶということにならなかったためである。(パックス・ブリタニカの時代)やはり当時は、世界全体が欧州の影響を受けていたのである。
著者の、明治の人間の気概には学ぶべき姿勢がある。いつの時代にも一面的な価値観は大きな過ちに通ずると主張していることには同意する。しかし、著者は、この国の米国一辺倒の姿勢を批判するが、決して「反米」とはならない。また、国益を訴えるが国家の存在という前提は疑わない。そこに、著者のスタンスがあり、私から見ると限界がある。