晴走雨読

晴耕雨読ではないが、晴れたらランニング、雨が降れば読書、きままな毎日

『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』

2008-04-29 19:26:12 | Weblog
 『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(若松孝二監督 若松プロダクション・スコーレ株式会社製作 2007年作品)

 狸小路「シアターキノ」にて。パイプ椅子まで並べて超満員、その頃、札幌大谷会館や喫茶店でのいわゆる自主上映の雰囲気もちょっとして。もちろん団塊の世代と思わしき方々もいたが、比較的若い方もたくさんいた。

 3時間余りの長い作品だが、全く時間の長さを感じさせず、観客も身じろぎひとつしない集中力を持って観ていた。

 今年は、1967.10.9にチェ・ゲバラが虐殺されて40周年だが、映画は、ゲバラを象徴とする60年代後半の大衆運動の高揚期から、1972年は、急速に運動は退潮期を迎え、先鋭化していった時期を史実に忠実に描いている。

 私が、この映画から感じたのは、このブログで何回も書いているが、主観と客観の転倒である。日共をはじめとするこの国の左翼に巣食う深刻な病理である。情勢分析が極めて主観主義的なのである。

 自分たちが正しいと認識していることが、他者にとっても正しいかどうか。望んでいるかどうか。世界を資本主義(悪)と社会主義(正義)の2極構造でしか捉えられていなかった認識が、作品中にも出てくるが、ニクソン訪中を聞いて木っ端微塵に砕けてしまう。

 エネルギーのベクトルが内向き。権力と闘うことに費やすべきエネルギーを、「総括」という名の粛清に注いでしまった。これも、スターリン以来、左翼の伝統的な病理である。映画は、森恒夫、永田洋子のリーダーとしての個人的な資質の問題として描いている面が強いが、これも運動においては、より先鋭的で過激な意見に対して、慎重論を唱えることが日和見に映る場面が往々にしてある。

 山荘内で、16歳の少年が最後に叫んだ「僕達には、勇気がなかったからだ。」という言葉は、革命を遂行する勇気ではなく、組織に異議を唱える勇気である。

 それにしても、同志殺しの過程は、息が詰まるような閉塞感と絶望感、人間の持つ怖さをよくもここまで描いたという感慨を持った。



 昨夜は、会社で10年位前に一緒に仕事をした方たちとの飲み会。この映画を観たのはその前日。その衝撃が大きくて、飲み会の最中も映画のことをどこかで考えていた。中々、言葉にすることが難しい作品であった。会社もエネルギーを内向きに費やしていることが多いなあ。
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『なつかしの給食』

2008-04-27 21:22:58 | Weblog
①『なつかしの給食 昭和30・40年代人気献立50品完全再現レシピ付き』(アスペクト編集部・編 アスペクト 1997年刊)
②『なつかしの給食 献立表 昭和20~60年代全国の献立表29献立秘話+アンケート大公開』(1998年刊)
③『なつかしの給食 おかわり 昭和50・60人気献立50品完全再現レシピ付き』(1998年刊)の3部作を図書館から借りて読み始めたら、「はまり」ました。



 私の場合、小学生だったのは、昭和36年4月から昭和42年3月でしたが、忘れてしまったと思っていた記憶が、封印されていただけだったのです。この本を手にした時から40数年前の事が、昨日のことのように蘇ってきました。

 給食で食べたあの独特の不自然な取り合わせのメニュー、切れ味の感じられない味、ペットよりも粗末なデザインのアルマイト食器とその消毒の臭い、楽しかった思い出は少なく、何となく給食にまつわる嫌な記憶を思い出しました。



 昭和30年代の給食の特徴は、コッペパンと鯨肉と脱脂粉乳でした。

 給食のコッペパンは奇妙なパンでした。市販のパンとは全く違うものでした。残して家に帰ってから食べようとすると、どうしてあんなに硬くなってしまうのでしょうか。翌日には、完全に固体でした。
 また、嫌だったのは、パンを入れた皿に残っている水がパンに滲みて、ふやけてしまった時です。パンのその部分が気持ち悪くて食べられませんでした。

 鯨肉も多用されていました。豚肉といっても脂身ばかりだったので、それよりはマシでしたが、竜田揚げにしても、煮込みにしても、独特の臭いがありました。

 脱脂粉乳なる米帝の放出品は、現在の脱脂粉乳である雪印スキムミルクとは似ても似つかぬ味と臭いでした。それでも、何とか飲みやすくしようとしたのか、泥のようなコーヒー粉末もどきを入れたこともありましたが、かえって不味いものでした。特に高学年になって、本物の牛乳(丹頂牛乳というメーカーでした。)が出るようになってからは、飲めなくなる生徒が増えたような気がします。



 色々と給食では難儀を重ねましたが、最上級生の6年生になると、何とか少し逞しくなり、何たって我が家の教えが「早飯、早糞」、飯を食うのと糞をするのが遅いのは軍隊では使い物にならないというものでしたから、クラスで密かに流行った早食い競争では、常にベスト3に入っていました。従がって、昼休みの時間が最も長かったのを覚えています。 

 あの頃の学校の給食時間では、あちらこちらで教師による拷問が行なわれていました。掃除の時間まで泣いていた子もいました。そんなになるとますます冷えて食べることができないのに。あれは、教育だったのでしょうか。

 本書に所収されている読者アンケートの感想に共感を覚えます。
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伊達ハーフマラソン参戦 余話

2008-04-25 19:43:36 | Weblog
 伊達市内を散策しました。街並みが「武家屋敷」をコンセプトにして整備されていました。白壁と瓦屋根、魚屋さんも、食べ物屋、病院・・これは「北海道銀行」です。

 北海道の湘南と称していて、道内で一番気候が温暖な所として売り出しています。道外からのIターンも結構いるそうです。室蘭とは生活圏が分かれているためでしょうか、小さな街ですが、ひととおりのものが揃っているようで、暮らしやすそうな街でした。



 「宮尾登美子文学記念館」に寄りました。伊達市と宮尾さんの接点を案内の方に訊ねると、「平家物語」の執筆のため4年間程、東京の方では、来客が多く、執筆に集中できないため、伊達市の郊外に宮尾さんが別荘を建て暮らしたことから、縁ができたとのことでした。

 記念館には、宮尾さんの軌跡がまとまられていました。かつては、保母さん(保育士)をしていたことや、私は宮尾作品を読んだことはありませんが、映画「蔵」の原作者が宮尾さんであったことなど再認識しました。

 そして、今、NHK大河ドラマ『篤姫』が宮尾さんの原作で放映されています。



 

 





 
 
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手打ちそば きたわせ

2008-04-22 20:09:08 | Weblog
 「伊達ハーフマラソン」参戦記その2

 あまりにも過酷なマラソンの後は、何も食べることのできない時もありますが、ハーフ位ならゴール後は腹ペコ状態です。今回も、ゴール地点で、とりあえず出店の、給食センターの方々が作ってくれたと思われる「ほたてのテンプラ入りうどん」を半杯、それから駅への道の途中で上手そうな店が無いかを物色。

 偶然ありました。手打ち蕎麦「きたわせ」、伊達市の有形文化財指定第1号の土蔵造りで、昔は醸造所だったとか。入店の歳は靴を脱ぎました。注文は、シンプルにザル蕎麦、これがなかなか美味い。コクのあるタレ、噛んでいると甘みが感じられる麺、「当り」☆☆☆でした。
 


 

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春一番 伊達ハーフマラソン

2008-04-21 20:02:17 | Weblog
 「第21回 春一番 伊達ハーフマラソン」参戦記



 例年は、GWに行なわれる豊平川マラソンをシーズンの皮切りにしていましたが、今年は、会社の同僚に誘われて、初めて「伊達ハーフ」に挑戦しました。
 プログラムに載っている昨年の写真のランナー達は、雨の中、長袖シャツにスパッツ姿で、寒そうに走っています。おそらく、気温は10℃以下でしょう
 ところが今年は、最高気温18℃、もちろんランニングシャツ、パンツでも汗が噴き出すほど日差しも強く、暑い位のコンディションでした。



 コースは、初参加の大会の楽しみならではのものなのですが、全く未知の世界が続き、先々がどうなるのか大変興味深いものでした。

 伊達歴史の杜をスタート、一旦海岸側に向かってから、長流川沿いの旧国鉄胆振線跡地のサイクリングロードを北上、遠くに見えていた昭和新山と有珠山の麓に向かいます。その後、11kmから12km付近でかなり急な上り坂が続き、トンネルの中も上ります。13km位からは、アップダウンを繰り返しながらも基本的には下り坂でスタート地点に戻ります。

 さて結果は、最低の目標タイムは辛うじてクリアーできたが、満足からは程遠いものでした。それは、距離については、何とか走れるスタミナはそれなりにあるが、スピード走が全くできない状態だからです。走り込み不足と腰痛と加齢が原因であることは明白ですが、なかなかこの状態から脱出できない日々を送っています。

 42.195kmのフルマラソンの場合、40kmではなく42kmであること、それに195mのおまけが付いている、その距離の微妙さが最後に結構効いてくることがあります。目標タイムをその分だけオーバーしてしまいがちなのです。
 ハーフマラソンの21.0975kmも、20kmではなく21kmと97.5mを走らなくてはならないこのお釣りの部分が微妙なのです。

 マラソンに参加するため、知らない街を訪れ、美味いものに巡り会い、街並みを楽しんでいます。昨年は指宿、小樽に初参戦、今年は伊達と・・。
 次なる目標は、5月5日アコムプレゼンツ日刊スポーツ豊平川マラソン。
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『ジャガイモの世界史』

2008-04-19 20:23:10 | Weblog
 『ジャガイモの世界史 歴史を動かした「貧者のパン」』(伊藤章治著 中公新書 2008年刊)

 南米を原産地とするジャガイモは、飢餓に襲われた人類を世界中で救ってきた。痩せた土地でも、寒冷地でも収穫できる栄養価が高い穀物である。
 筆者は、国内の各地を訪ね、また歴史を調べ、南米や欧州における歴史上のジャガイモを調べ上げている。

 今後、この国が再度飢えに見舞われ、その時ジャガイモが救世主になることはないのだろうか。そこで、最近何かと話題になることの多い、この国の食い物の現状を考えてみた。

 2006年、食料の国内自給率は、39%(エネルギー換算)、これは、国家の安全保障上問題はないのか。将来もこのまま輸入を続けることができる保障はあるのだろうか。

 予想(私の謀略説も否定されていない。)通りであるが、未だ原因のわからない中国製冷凍餃子への農薬混入事件。加工食品、輸入食品に依存した食生活の安全性に問題はないのか。

 今回の餃子事件が生協の扱う商品で発生したという事をどう捉えたらいいのか。「安心・安全」の生協が、既にその理念を変質させ、大手流通業界の競争の中で、価格競争をだけを追求した結果ではないか。

 重油価格の高騰によるバイオ燃料生産の急増、サブプライムローン危機による国際投機資本の穀物商品市場への流入による、穀物価格の急騰は、生活を直撃しているだけでなく途上国の飢餓人口をますます増大させている。

 特に、バイオ燃料のために食料飢餓が増えるという構図はナンセンスである。どちらが大切なことかは自明であるから。

 このように様々な食い物をめぐる問題の解決を、ひとり学校教育に求め、「食育」「食育」と叫んでいる姿もまたナンセンスである。食い物は、歴史的な慣習、地理的な条件、文化や宗教的な違い、家庭環境・・・極めて多様な私的領域に属する事項であると思う。私は、そこに公権力が介入することの危機を感じる。これも、健康増進法成立以降、タバコなど個人の嗜好への介入と同種のものである。
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喫茶 光

2008-04-17 20:43:53 | Weblog
 小樽散策 第2回 「あまとう」でお茶をと思ったら休業でした。それで、向かいの喫茶「光」へ。歴史を感じさせる外観。薄暗く煙草臭い店内。ケーキにコーヒーのセットを注文。

 カップルが「光」でお茶を飲むと別れると言われているのですか。中島公園のボートも一緒に乗ると別れると聞いたことがあります。



 美術館と文学館が一緒の建物に行きました。元は銀行として使っていたと聞きましたが、何か学校の跡のような構造でした。

 文学館には、小樽と関わりのあった小説家の遺したものが展示されていました。さすがに歴史のある街です、多くの文学者を輩出しています。石川啄木、小林多喜二、伊藤整、小熊秀雄、山中恒、石原慎太郎をはじめ、有名、無名のたくさんの人たちです。

 それは、小樽という街が、ものを感じたり、考えたり、表現したりするには良い環境だからではないかと思います。

 
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『グローバル化と日本の課題』

2008-04-14 21:11:19 | Weblog
 春の小樽散策、初めて『なると』に行きました。若鶏定食、大きすぎて完食できませんでした。この店のメニューには寿司とラーメンが共存し、古い作りの店内には、寿司屋のカウンター席と、椅子席に挟まれた畳敷きの奇妙な小上がりが中央にありました。

 となりに座った地元のお客さんが、同僚と思える先輩に、昔、親から「この若鶏定食を全部食べることができたら、小学校卒業だ。」と言われたと話していました。 



 『グローバル化と日本の課題』(高橋伸彰著 岩波書店 2005年刊)

 3月の時計台フォーラムで講演を聞いた高橋氏の著書である。この著書から、高橋氏がケインズ経済学に立脚していることがわかる。新自由主義が跋扈する情況の中、ケインズ経済学者をして反体制的な物言いにならざるを得ない現在の情勢を憂うる。

 氏は、豊かになるためには、経済成長が必要という従来からの常識的な前提を疑う。「成長」は、貧困に苦しんでいた時代や現在も苦しんでいる国にとっては、重要な課題である。しかし、経済のグローバル化、先進国における効率優先による経済格差が拡大する状況では、むしろ「分配」政策が重要であるという。

 氏は、価値観の転換を主張する。「生産」よりも「分配」、「効率」よりも「公正」、「成長」よりも「環境」、「競争」よりも「協力」、「私的な利益」よりも「社会的なサービス」に重点を置くべきと。

 このように、氏は「成長政策」から「分配政策」への転換を説くのであるが、先日の講演では、分配政策の限界のような言葉も聞かれた。この悩めるケインジアンの思考の先に、資本主義社会、福祉国家体制のオルタナティブを構想できる可能性があると感じた。
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新入社員諸君へ

2008-04-13 19:33:57 | Weblog
 4月は、会社の人事異動、それに伴う歓送迎会という恒例行事が続きます。金曜日の夜にもありました。人員削減中のわが社にも、何人かの新入社員が入ってきました。人を覚えて、仕事を覚えて、アパート暮らしを始め、学生時代より規則正しい生活のリズムが必要とされます。自分の経験からも、彼らは、新しい環境の中でさぞかし緊張した日々を送っていると思います。様々な場面で自分をどのように処したらいいのか、とまどう事も多いでしょう。

 ここ数年の新入社員と話して感じることがあります。彼らは、おしなべて巧くまとまっています。最初から社会人化していると言っても良いかも知れません。自己紹介も内容が的確で上手いです。仕事にも前向きで意欲があります。宴席でも、そんなに羽目をはずしません。上座とか下座とかいう常識も強いです。粒が揃っていて、さすが人事当局は見る目があると思います。

 数少ない経験ですが、社員(臨時)の採用に関わったことがありますが、私の場合、自分の選考に全く自信がありません。何を考えているのかわからないような魅力を持っている人材を求めたいのですが、結局、多少の事でもメゲナイ強さを持っているかどうかを判断基準にしています。気合を入れてくる相手を、短時間の面接で見抜くことはかなり困難なことです。

 自分が、新人の頃はどうだったのでしょうか。30年近く経ってしまうと、その頃の初々しい気持ちも忘れてしまって、組織のコマとして動いていることに気付きます。相変わらずなのは、「それなりに」とか、「とりあえず」という気分を今も持ち合わせていることくらいです。

 今の新人の世代に少しだけ伝えたいことは、「もう少し、世の中を舐めてもいいのだよ」ということです。



 昨日は、コンサドーレ札幌が、過去一度も勝った事の無いあのジュビロ磐田に勝利し、気分爽快の一日でしたが、本日は、今ひとつランニングの調子があがりませんでした。

 来週の伊達ハーフは、ぶっつけ本番でいくしかなくなりました。
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ダライ・ラマ14世の来日

2008-04-10 20:10:44 | Weblog
 今年オリンピックを開催する中国にとって、チベット問題は喉に刺さった棘になっている。聖火リレーは、チベット問題のプロパガンダの場と化している。

 どこの国でも、民族問題はデリケートで難しい問題である。この国においても、アイヌなどの少数民族や在日の問題は根深い問題である。

 1959年のチベット民衆の蜂起、ダライ・ラマ14世のインド亡命以来の問題であるが、これまでの共産党政権は少数民族の文化や宗教などへの介入を比較的慎重にしてきたはずである。その代表は、胡耀邦、趙紫陽であるが、いずれも小平に解任されている。

 小平に重用されたのが現在に指導者である胡錦濤である。彼の経済優先主義により鉄道を開通させ、漢民族のチベットへの移住が進んでいる。また、中国政府にとっては、資源としてのレアメタルも魅力である。チベット民族の危機感はここから発している。このままでは、経済的に圧され、文化や宗教まで変えられてしまうという危機感である。

 大事なものは、経済的な豊かさか、それとも民族の尊厳か。二者択一の問題ではない。自立と共存、バランスの問題である。

 ただ、根源的には、以前にも述べたが、中国が現在の経済優先路線をとっている限り、中国共産党政権には正当性が無い。平等や公平を棄てた共産党にアイデンティティは無い。

 ダライ・ラマ14世は、純粋な宗教家というより、なかなかの策士に見える。

 



 

 
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北海道議会は八百長 第3回

2008-04-07 20:40:42 | Weblog
 フォーラム in 札幌時計台(2008.4.4)、「民主主義の可能性」のテーマで、慶応大学 片山善博教授(前鳥取県知事)の講演 第3回

 片山氏は、かつて、政府の地方分権改革推進委員会で、自治体の議会運営について、首長と議会が答弁調整を事前に行う「八百長議会」が横行していると指摘したうえで、「一番ひどいのは北海道議会だ。答弁を決め、再質問も決め、すり合わせをしてから議会を開く」と道議会の答弁調整を名指しで批判した人だ。

 今回の講演で、片山氏は、「議会はセリ」であるべきと語った。議会は、公開の場において真剣勝負で価格競争をしている市場のセリのようであるべき。議会は、役人が答弁調整などを裏でこそこそとやるようなものではなく、議員と首長という政治家同士が真剣勝負をする場である。その結果に従がって、役人は仕事をすればいいのである。

 また、首長は、メンツにこだわるべきでなく、提案した内容よりも住民にとって議員の考えの方が良ければ素直に修正すればいいのである。場合によっては否決されても構わないという気構えを持つべき。
 
 さらに、住民の意思は、選挙の時にだけ反映されるのではなく、住民投票などを仕組みに取り入れることで、自治体に及ぶようにできる。現状は、日常的に住民の力が自治体に及んでいない。

 今回の講演で配布された『改革は誰にでもできる』〈自治体改革の検証〉Part3鳥取県知事片山善博著(北海道大学大学院法学研究科附属高等法政教育研究センター編 2005年刊)では、改革のキーワードは、「情報公開」である。

 全てを明らかにすることによって、「変わった」実例が紹介されている。
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夕張から地方自治を考える 第2回

2008-04-06 17:05:31 | Weblog
 最高気温14℃、GWより暖かな日だったのでは無いだろうか。本日は、真駒内公園で友人と一緒に走りこみ。公園内の周回道路の山側は未だ雪が解けていなく道幅が狭い。しかし、多くの人が、散歩やウォーキング、ランニングを行なっていた。



 フォーラム in 札幌時計台(2008.4.4)、「民主主義の可能性」のテーマで、慶応大学 片山善博教授(前鳥取県知事)の講演 第2回

 夕張から地方自治を考える

 夕張市には、600億円の借金がある。この600億円の借金の内、半分の約300億円が国の許可を得た正式な借金である。10年債の場合、元利償還は毎年30数億円になる。それに対し、夕張市の収入は、市税と地方交付税交付金を合わせて40億円位である。家計に例えると、月収40万円の家庭で、月30数万円のローンを返すようなものだ。

 残りの300億円の借金は、ヤミ借金である。毎年度4月1日に300億円を一時的に金融機関から借り入れ、3月31日に300億円を返済していたのである。予算に諸収入という項目があり、毎年300億円の収入が計上されているから、誰でもわかることである。

 夕張の例は、借りた自治体、その首長の責任は重い。それだけでなく、議会も、チェック機関としての使命を忘れていた責任は重い。夕張だけでなく、市政をスムーズに進めることが議会の使命と勘違いしている場合が多い。

 金融機関にも責任がある。ここまで貸し込んだだけでなく、倒産が明らかになった後も、職員に対する夏のボーナス払いのためのお金が無いといえば貸し出しを継続していた。国や道庁もここまで財政が悪化しているのに、借金を許可してきた責任がある。市民にも、ちゃんとした首長や議員を選ばなかった責任がある。

 もう一度、地方自治とは、自分たちの事は自分たちで決めること。自治体は、市民によってコントロールされるべき、ということを再確認するべきである。
 当初夕張の財政情況が報道された時、国と道庁が夕張の実態を全く知らなかったように伝えられた。片山氏の説明も、許可の必要な借金についての責任はあるという趣旨で言っていたが、ヤミ借金については誰でもわかるはずと言いながら、責任については、あいまいな言い方であった。

 私は、国や道庁は何年も前から、夕張の実態を掴んでいたに違いないと考える。残る疑問は、なぜ一昨年夏のタイミングで夕張の財政状況がマスコミで取り上げられたのかである。
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道路特定財源 第1回

2008-04-05 19:50:49 | Weblog
 フォーラム in 札幌時計台(2008.4.4)、「民主主義の可能性」のテーマで、慶応大学 片山善博教授(前鳥取県知事)の講演を聞いた。

 4月に入って、暫定税率の期限切れとともに、ガソリン価格が下がっている。
私は、道路特定財源について特に関心もなかったのであるが、片山教授の講演を聞いて、論理の整理ができたことが収穫である。

 道路特定財源の問題については、2つのことが内在している。ひとつは、①税金の使途を道路に限定する特定財源か、使途は何でも良い一般財源かという問題である。二つ目は、②1㍑約25円という暫定税率を維持するか、廃止するかという問題である。

 ①について、一般的に財源に別枠(優先枠)を設けるべきでないという大原則があるという。特定財源の考え方は、ある特定の人(この場合自動車利用者)が負担する税は、それらの人の便益(道路整備)に使うべきとして、税の使途を限定するものである。
 
 現状は、国民のほとんどの人が自動車を使っている。すなわち大衆課税化している。したがって、特定財源の意味は実態として意味を失っている。全国の自治体でほとんどの首長が道路整備を重要と言っているが、それならば一般財源化してもそれを道路に使えば済む話である。

 地方分権、地方自治のためには、財源は自由な方が良い。

 ②について、これも全国の首長たちは、暫定税率が廃止されると道路整備ができないと言っているが、それは自分の自治体のかまどだけを心配しているだけのこと。
  
 税は、大衆が負担しているのだ。市民の家計を考えるべきではないか。公共交通手段が無く、景気回復が遅れていて共稼ぎしなくては家計を維持できない田舎ほど自動車に依存しガソリン税を負担している実態。

 暫定税率の期限切れとともに、自治体から財源に穴が開いてしまって困ったという声が聞こえてきているが、全くナンセンスな話しである。参議院で与野党が逆転していて、暫定税率の維持が容易でないというのはわかっていたはずである。
 道路特定財源を織り込んで予算を組んだ自治体は、リスク意識が欠如している。また、それを追求しない議会も同罪である。

 従がって、片山氏の考えは、暫定税率は廃止し、ガソリン価格を下げ庶民負担を減らす。さらに、道路特定財源は、一般財源化して、それぞれの自治体が必要な施策に使えるようにするというものである。



 ガソリン1㍑1円違って、1回に40㍑給油して40円、2円で80円。暫定税率25円では、1回1,000円か、私はあまり車に乗らないので、月額1,000円位なのだろうが、それども年間1万2千円、結構な額になる。たくさん車を使う人の影響はかなり大きいと思う。

 でも、私の場合、もっとお金の使い道を考えた方がいいと思うことが多いが。

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