真夜中のドロップアウトカウボーイズ@別館
ピンク映画は観ただけ全部感想を書く、ひたすらに虚空を撃ち続ける無為。
 



 「不倫、変態、悶々弔問」(2019/制作:Blue Forest Film/提供:オーピー映画/監督:竹洞哲也/脚本:当方ボーカル/撮影監督:創優和/録音:山口勉/編集:三田たけし/音楽:與語一平/整音:吉方淳二/助監督:江尻大/監督助手:山田理穂/撮影助手:宮原かおり/スチール:富山龍太郎/仕上げ:東映ラボ・テック/制作協力:可仁正光/出演:高瀬智香・涼城りおな・彩奈リナ・森羅万象・ケイチャン・小林節彦・櫻井拓也)。如何にも可児正光の誤字か変名臭い可仁正光が、本篇クレジットに於いても確かに可仁正光。
 線香のCMみたいな白い雲の浮かんだ青い空に、上中下各句ひとつづつ入るタイトル・イン。開巻もとい開口一番、「人は皆何時か死ぬ、こればかりは」云々と割と実も蓋もない森羅万象のモノローグが起動し、喪服を着装する主演女優、といふほどでもない高瀬智香の背中。結論を一部先走ると、余程初心でなければサルでも判る森羅万象の重低音に対し、ビリング頭の初御目見えにしては個別的具体性を排したカットに一種の明示を酌み取るべきなのか、今作の主役はだとしたらせめてトメに据ゑてあげればよかつた森羅万象で、女優部の番手に限りなく意味はない。とまれ飯塚みのる(森羅)が、突き出た捩子にズボンの裾を引つ掛け転倒、頓死する。プロレスラーの名前をミキシングなりアレンジしたと思しき、男衆各々の固有名詞については面倒臭いので等閑視して済ますのと、予め存在しない筈の、みのるの妻に関しては一切語られず。ところがみのるは体が動かせないだけで意識は普段通りにあり、聴覚始め五感も恐らく生きてゐる―寧ろそんなに死んでねえ―中、声しか聞かせないバカ息子(EJDではない、気がする)が、勝手に忖度した親爺の意向を方便にへべれけに飲み倒す通夜。みのるの枕元に現れた息子嫁の麻耶(高瀬)は、寝落ちた配偶者が確実に当分起きては来ないのを見越し、浮気相手でしかも思くそ平服の松田勇(ケイチャン)を大胆にも連れ込んだ挙句、その場でオッ始めてみせる。忘れてゐたのがケイチャン(ex.けーすけ)は師匠である大御大の映画にはその晩年レギュラー格でよく出てゐたが、竹洞組は前作前々作の二部作が初陣。抽斗もしくはメソッド的には、奇声を発しての顔芸を温存しこそすれ、特にも何も何時もと殆ど全く変らない。麻耶の裸を拝みたい頑強な一心で、みのるは閉ぢられてゐた両目のうち左目を僅かに抉じ開けるミラクルに成功する。ものの、漸く開けた視界は当然の如く白一面。みのるの顔を覆つてゐたうちおほひで、松田が事後のチンコを拭いて無造作にまた元の場所に戻す。それ、汚れのみならず匂ひも激越に際立つだろ。仏を小便小僧程度にも思はない松田の不埒な行ひが、ある意味一番面白い。
 配役残り、棘の生えたチョーカーを巻いた首から髑髏のネックレスを提げた涼城りおなは、麻耶の娘で大学生の晴夜、オカルト女子。生死体(なましたい)に興奮した晴夜が、彼氏・高木賢介(櫻井)とのセックロスを振り返りつつワンマンショーに耽るのが、流石のみのるも孫に妄想を膨らませる予知はない二番手唯一戦。みのるとは多分中学の後輩以来といふ、半世紀に近い仲の旧友・最上彰役の小林節彦が松岡邦彦のデジエク二本を除くと、今回以前のピンクが矢張り竹洞哲也の2015年第一作「誘惑遊女の貝遊び」(脚本:小松公典=当方ボーカル/撮影:ザオパン・ツェン=早坂伸/主演:かすみ果穂)まで、意外と大きく遡る。そして圧倒的な素材でビリングを爆砕する彩奈リナが、みのるが結構本気で狙つてゐた、最上共々馴染の店「六本木」のママ・檜美都子。田舎のラブホには海外の都市名がつけられ、飲み屋には日本の地名が。春夜の回想中高木が垂れる、薀蓄が地味に活きるのは手数の割に数少ない妙手。
 死んだ男のモノローグで火蓋を切る、竹洞哲也2019年第五作。女の裸もおちおち落ち着いて愛でてゐられないほど、森羅万象がのべつまくなく無駄口を叩き続ける高瀬智香パートに放り投げかけた匙は、涼城りおなと彩奈リナの濡れ場に際しては概ね沈黙を守つてゐて呉れて辛うじて回避、それなら高瀬智香の時も黙れ。全体ピンクの本義を何と弁へてゐるのか、竹洞哲也と小松公典は泉下の小林悟と関根和美に改めて説教して貰へばいい。春夜が使ふ“マシマシ”に対し、みのるが“ラーメンにトッピングする時みたいに”とか途方もなく冗長にツッコミ損ねる―“二郎みたいに”の一言でいいぢやねえか―小事故に目を瞑るか耳を塞げば、ネタ自体の精度は必ずしも低くなく。尤も、三本柱が順々に登場する各篇を通して、みのるが溜め込んだレイジが遂に爆発。森羅万象が見事な発声で吠える「ふざけるなー!」でみのるを轟然と蘇生させておきながら、結局蛇に描いた足気味なエピローグは、何がどうなりも何をどうしもせず、漫然とか鬱屈と尺を持て余す。トラックを分けた場合森羅万象の音声ファイルばかり徒に膨らませた行き先は、母娘の口癖がみのるにも感染るのが精々関の山。大きな展開がうねるなりそれらしき主題が起動するでなく、七十分も要るのかなといふ脊髄で折り返した生温かい疑問を拭ひ難い、粒の小さな印象が何はともあれ最も強い。とはいへ、もしくは兎に角。いい意味でヤバい乳尻と、悪い意味でヤバくない腰周り。馬面も絶妙にエロく映る彩奈リナが、『走れメロス』ばりの爆走を―みのるのイマジンの中で―繰り広げる小林節彦をも押し退け、詰みかけた映画をサルベージしてのける孤軍奮闘にして一騎当千の救世主。最上が連れて来た美都子が上着を脱ぐとノーブラで、大ぶりのお乳首様をチョコンとされてゐる御姿だけで既に神々しい。オッパイは、エモーション。その真理の放つ眩く甘美な光芒の下では、万事は取るに足らぬ些事と化すであらう。現状彩奈リナがピンクに継戦してゐる形跡は窺へないが、幸なことに引退もしてゐない。早く清水大敬のところに連れて行くか、実用性に徹する条件で山内大輔。あるいは旦々舎と歴史的手打ち、セメントマッチもカシアス・クレイ、もといアリなんだぜ。


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